期末試験も終わった今週末。珍しく実家に帰ってくるっていうから楽しみにしていたというのに、帰ってきて早々、靖友は熱を出してしまったらしい。
「かぜひいた」というひらがな5文字のメールから察するに、わりと重症なのだろう。
靖友の家に電話を入れるとおばちゃんが出たので、今から看病に押し掛けてもいいかと訊ねると、有り難がられてしまった。
ちょうどこれからパートに出掛けるらしい。家には靖友しか居ないので、鍵は開けておいてくれるという。
「念のためマスクして来なさいね」と忠告を受け、途中のコンビニでマスクと、ついでにゼリーとヨーグルトとのど飴を買い込んだ。

「お邪魔しまーす」

靖友が居ない時はこの家には来ないから、何だかすごく久々だ。靖友の部屋に向かい小さく扉を叩く。当然、返事は無い。

「入りますよー」

ベッド脇まで静かに歩み寄ると、靖友は少し苦しそうな寝息をたてていた。
汗で肌にはりついた髪を指先で払ってあげると、額に貼られた冷えピタが熱を含んでいることに気付く。だいぶ高熱のようだ。
取り替えてあげようと冷えピタを剥がし終えたところで、靖友が小さく声を漏らして身動ぎをした。ゆっくりと瞼を開け、小さな黒目が私を捉える。

「…………何で居ンのォ」
「おはよ。ごめんね、起こしちゃって」
「いや、別にいいけど……」

新しい冷えピタを貼るために額の汗をタオルで拭いていると、靖友がもぞもぞと毛布から腕を出してきた。
そのまま私の手首を掴み、手の甲を自分の右頬に触れさせる。色白の頬が赤く火照っていて、とても熱い。

「手、冷た……」
「さっき来たばっかりだからね。外、だいぶ寒かったし」
「あっそ……」
「ほら、冷えピタ貼るから離して」
「……ん。ポカリ、取って」

差し出したポカリを受け取ると枕に肘をつき少し身体を起こして半分ほど飲みすすめた。
手を解放された私は、その間に靖友の額に冷えピタを貼る。冷たさに片目を細めた靖友が可愛らしく見えて、思わず頬が緩んだ。

「氷枕は要らない?暖房上げなくていい?あ、お腹空いてない?」
「……ンな一気に訊くなヨ」
「……そうだね、ごめん。一個ずつ訊き直しましょうか」
「全部ノーだからいい」

ぽふんと枕に後頭部を預け、少し私の方に顔を向けた靖友が、徐に腕を伸ばし私の頬から唇までを指でなぞった。

「病人のトコ来るのに、マスクもして来ねェとかバカかよ」

あぁそうだすっかり忘れていた。足元に放置していたコンビニ袋をがさがさ音を立てて漁り、買ってきたマスクを取り出す。

「じゃーん!準備してきた!」
「へぇ、唯にしては上出来」
「まぁ、ここ来る前に電話でおばちゃんに言われたから買ったんだけど」
「前言撤回していーい?」
「だめー。靖友もマスクする?」
「鼻が詰まってて苦しいからちょっと勘弁して。悪ィ」

眉尻下げて謝られたけれど、別に気にすることは無い。病人の元に訪ねてくる時点で、感染る覚悟はしている。
マスクをした私の頭をがしがしと乱雑に撫で、ゴムを掛けた耳をやわらかく撫でられる。くすぐったい。

「しっかしマジで冷たいネ。暖房の温度上げたらァ?」
「いいよ、じきにあったまるよ」
「……手ェ貸せ」
「なぁに、あっためてくれるの?」
「ちょーどイイからな」

確かに、私の手を温めるのに、彼の熱すぎる手はちょうど良かった。
汗ばんだ手に指を絡めながら、相変わらず骨張った手だなとぼんやり考える。小さく咳払いした靖友が、きゅ、と指先に力を込めた。

「あー……、ごめんネ、今日」
「気にしなくていいよ、風邪なんだし」
「楽しみにしてたんじゃねェの、買い物」
「そりゃ楽しみだったけど。でも今日しか行けないわけじゃないしさ。それに……、ちょっと、こうなる予感はしてた」
「…………あっそ」

靖友は、昔からよく風邪をひく。体質的なことも勿論あるのだろうけど、それ以上に、精神的なものが大きいと私は思っている。
部活の試合後、合宿後、テスト明け。何かがんばった後には、必ずこうして体調を崩す。
彼はいつだって真っ直ぐで、何かに集中している時は、糸を張り詰めているような感じがする。
その糸を張り詰める必要がなくなった時、彼の場合は糸が緩むのではなく、切れるのだ。だからこうしてわかりやすく身体に表れる。
受験前最後の期末試験が終わったばかりの週末、靖友が体調を崩す予感はしていた。一番安心できる実家に帰ってくるなら、尚更だ。

「どうだったの、期末」
「んー、そこそこ出来たンじゃねェかな」
「そっか、良かったね」

空いている方の手で靖友のさらさらの髪を撫でると、気持ちよさそうに目を閉じた。
こういう靖友を見るのは、いつ以来だろう。鋭い目つきで睨むことも、乱雑な口調で怒鳴ることもしない彼を、一体どれくらいの人が知ってるだろう。

「……いつまで撫でてんのォ?」

暫く髪を弄るように撫でていると、いつの間にか目を開けた靖友に、しかめっ面で見つめられていた。

「いいじゃない、滅多にあることじゃないし」
「別に駄目ってンじゃねーケド」
「風邪ひきさんはね、黙って甘えてればいいんですよ」
「いやオレ甘えてねェし。おまえが勝手に甘やかしてるだけだかんね、コレ」
「……本当だ」

靖友の言葉に納得すると、呆れたように溜息を吐かれる。

「だいッたい、甘えるとかガラじゃねェだろ。それに今まで散々オレに甘やかされた唯が、オレに甘えられる側になるとか無理無理」
「そんなの甘えられてみなきゃわかんないよ」
「やァだよ。いざ甘えて、やっぱ無理とか言われたら、いくら何でも傷付く」

それはちょっと私の愛をナメすぎではないだろうかと叱りたくなったけど、言葉を飲み込む。
だって彼の言っていることはつまり、私に嫌われたくないから甘えないってことだ。それって嬉しすぎる告白じゃなかろうか。
そんな彼の、今の精一杯の甘えが、もう充分に温まった私の手のひらをきつく握って離さないこの指先なのだとしたら。

「可愛いねぇ、靖友くん」
「……何いきなり。バッカじゃねェの、唯チャァン」
「こっちの台詞だよ、おバカさん」
「アァ!?」



どんな君だって好きなんだから

(弱さも甘えも我儘も、抱きしめさせてほしいだけだよ)


きっと付き合い始めの頃はヒロインとのデートの後も熱を出してた荒北さん。
14.12.18

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