鳴子章吉という男は、とても可愛い。
本人を前にして言うと不貞腐れるのであまり言わないようにしているけれど、すごくすごく可愛いのだ。

「新名サーン、お昼行きましょー」

教室で金城くんと迅くんと喋っていると、いつものように鳴子くんが迎えに来た。
両手いっぱいに抱えた購買のパンや牛乳も、最初こそ驚いたものの、今は見慣れたものだ。

「おーおー、毎日3年の教室までご苦労なこったな」
「うっさいわオッサン。新名サン返してもらうで」
「別に借りてねぇよ」
「はいはい、鳴子くん行くよー」

迅くんたちに手を振り、鳴子くんの背中をぐいぐい押して教室を後にする。迅くんとの小競り合いが始まると長いのだ。
教室中の注目を浴びるのも恥ずかしいし、早々と撤退させたほうが賢明である。

「今日、どこで食べよっか」
「天気ええし、部室の裏んとこ行きましょか」
「そうだね、あったかいし」

階段を下りて昇降口から外へ向かうと、やっぱりみんな似たような考えなのか、外でお弁当を食べてる生徒がいつもより多い。

「何話してたん、オッサンたちと」
「あぁ、私今日の放課後、二者面談があってね。迅くんが昨日だったから、話聞いてたの」
「ふーん……、大変やなぁ、3年生は」

自転車競技部の部室裏にあるベンチに腰掛けると、鳴子くんが早速ビリッと音を立ててパンの袋を開ける。
私も倣って、膝の上でお弁当を広げた。メニューはいつも似たようなものばかりだけど、毎日きちんと自分で作る。というのも、

「唐揚げ、もーらいっ!」
「あっ」

コレ。
鳴子くんが私のお弁当のおかずを指でつまんで横取りするためだ。
勿論これはもう恒例のやりとりで、だからこそ私は自分でお弁当を作るし、彼と食べるようになってからお弁当箱も少し大きめのに変えたのだけど。
美味しそうに食べてもらえると、嬉しい。何よりその表情が、とても可愛くて好きだ。
ハムスターみたいに口の中にパンを詰め込んで流し込むように牛乳を飲むと、鳴子くんが私の顔を覗き込んでくる。

「二者面談って、時間掛かるんか?」
「んー、私はもう学校も決めてるし、そんなに掛からないと思うよ」
「せやったら、ちょっとだけ待っとってもろてエエですか?今日部活早よ終わるから、一緒帰りましょ」
「本当?じゃあどっか寄り道しよっか」
「こないだワイの用事に付き合うてもろたから、今日は新名サンの行きたいとこ付き合うで」
「やった、放課後までに考えとくね」

こないだは鳴子くんの自転車用の靴がぼろぼろになったから、サイクルショップに一緒に行ったのだ。
見慣れないものが沢山あって、私の目に留まったものひとつひとつをゆっくり説明してくれる鳴子くんは、とても楽しそうで可愛かったなと思い出す。

「でも珍しいね、部活が早く終わるの」
「あー、週末にな、レースあんねん。それの調整で、今日は早く上がれるんや」
「あ、なんかさっき金城くんが言ってたな。鳴子くんと迅くんが走るんでしょ?」
「そや。打ち負かしたんねん、あのオッサン」
「オッサン言わないの」

レース関連の話になると、目がギラギラする鳴子くん。この時ばかりは、すごく格好良いなと思う。男の子だなぁと思うのだ。
そんな鳴子くんを宥めながら小さく笑うと、彼は私のお弁当箱から玉子焼きをさらっていき、唇を尖らせて見せる。

「新名サンって、何でオッサンのこと名前で呼ぶん」
「何でって……、自然に?」
「金城さんは名前ちゃうやん」
「あー、金城くんとは今年初めて同じクラスになったからなぁ。迅くんは1年から一緒だけど、名前で呼び始めたのは2年になってからだったし」
「……ワイは、そないに待たれへんで」

食べ終わったパンの袋を何度も手の中でがさがさ鳴らす音に、鳴子くんの拗ねた声が重なる。……ああもう、なんて可愛いんだろう。

「ヤキモチだ」
「……うっさい」
「顔も耳も真っ赤ですよー」
「っ、いっちばん好きな相手が、いっちばん勝ちたい相手と仲良うしとったら、そら妬くやろ!」
「ちょっ、声、おっきい!」

勢い余って立ち上がった鳴子くんの腕を掴み、慌てて周囲を見渡す。教室で注目を浴びるより恥ずかしい。誰も居ない部室裏でよかった。
はっと我に返った鳴子くんがぺたんとベンチに座る。顔はまだ赤いままだ。今日は制服の下に着てるシャツも赤いから、なんかもう全部赤い。可愛い。

「ね、鳴子くん」
「……なんでしょーか」
「何て呼ばれたい?」
「そんなん、別に……」
「じゃあ、章ちゃんって呼んでいい?」
「……お好きにドーゾ」

ふいと目を逸らして、また新たにパンの袋を開ける。何個目だそれは。
はふりと溜息を吐いた章ちゃんが、目の前の花壇を見つめながらゆっくりと呟く。

「大阪では、みんな章ちゃん呼びやったなぁ」
「そうなの?」
「ん。でもこっち来てからみんな苗字でしか呼ばへんから、……新名サンが最初やで」

もしかして、それも含めて名前で呼んで欲しかったのだろうか。

「ほんっと可愛いねぇ」
「……いっつも言うとるけど、それ褒めてへんからな」
「確かに褒め言葉とは思ってないけど……、でも私、章ちゃんにしか言わないよ」
「尚更おかしいやろ!」
「可愛いを、ひっくり返してみたらわかるよ」

私の言葉にきょとんとした表情を浮かべ、指先をくるくる動かしている。ひっくり返しているのだろうか。可愛い。

「可愛いをひっくり返したら、可愛くない、ちゃうん?」
「違う、意味じゃなくて、漢字をひっくり返すの」
「……ますますわからへん」
「ああ、バカだもんねぇ、章ちゃん……」
「んぁっ!?関西人にバカ言うたらアカン!」
「ほら章ちゃん、カニさんウインナーだよー」
「話逸ら、〜〜……っ!」

ピックにさしたウインナーを口元に差し出すと、一瞬躊躇った後、口を開けてくれた。やっぱり、可愛らしい真っ赤な顔をして。

放課後は、スーパーに付き合ってもらおうかな。
雑貨屋さんにも寄って、章ちゃん専用の大きめのお弁当箱も一緒に買って。
自転車が好きで、友達思いで、負けん気が強くて、ヤキモチ焼きで、敬語が抜けきらない可愛い彼氏に、毎日愛情たっぷりのお弁当を作ってあげよう。



可愛いをひっくり返して

(可愛い君は、愛す可き君。つまりは、ただ愛しいってこと)


男前さに隠れ切れてない可愛さがたまらないっていう話。
14.11.13

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