「……おはようさん」
「……みどう、くん?」
「ファー、ひっどい声やな、唯ちゃん」

目を覚ますと、みどうくんが居た。
自室の天井と壁を見渡し、風邪をひいて学校を休んでいたことを思い出す。熱に加えて寝起きのせいで頭がぼんやりする。

「お見舞い、来てくれたん」
「学校のプリント持って来ただけや」
「起こしてくれたらよかったのに」
「……何で病人わざわざ起こさなアカンの。阿呆ちゃう」

阿呆ちゃうやろか、ほんまに。
季節の変わり目は、気を付けていなければいけない時なのに。いや、気を付けとったのや、実際。
それがここのところ秋とは思えへんくらい昼夜問わず暑くて、窓を少し開けて寝るのが癖になっていた。
そして昨日に限って天気予報を見てなかったことも災いした。何で深夜から急に冷え込むねん。完全な八つ当たりやけども。

「具合、どうやの」
「ん……、朝よりは楽かな。ずっと寝てたし」

みどうくんが居るのに寝たままというのも落ち着かなくて、のそのそと身体を起こす。
そこでやっと、自分の左手がきつく握られていることに気付いた。みどうくんの手が、あったかい。だいぶ長い時間、起きるのを待っていたらしい。
「みどうくん」と声を掛け、ベッド脇をぽふぽふ叩くと、彼が溜息を吐きながら腰掛ける。マットレスの片側だけが音を立てて沈んだ。
手を握ったまま、額同士をこつんとぶつけられる。目線だけ上げたけれど、いつものごとく視線は絡まない。

「……ほんま、何で風邪なんかひいとるん。気を付けぇ言うたやろ」
「ん、ごめんね」
「唯ちゃん、元気なことくらいしか取り柄無いねんで」
「失礼やな!」
「……せやから、早よ、元気になってや」

私の服の裾を引っ張るように弄りながら、少し掠れた声が言葉を紡ぐ。
私が体調を崩さんように気を付けていた理由が、ここにある。以前私が体調を崩したときに見た、血相変えた彼の表情が忘れられへんのや。
あの時は風邪やなくて、貧血で。健康優良児の私が倒れたものやから、大袈裟に病院に運ばれて、点滴を打たれた。
病室に入ってきたみどうくんはそんな私の姿を見て、貧血の私より青ざめた表情になってしまった。
その理由に思い当たったからこそ、それ以降は体調管理を徹底した。もう二度と、あんな表情はさせたくなかったから。
それなのに、なんてザマやろか。
溜息を吐くと同時に一度咳き込んでしまうと、サイドテーブルに置いてた水をみどうくんが取ってくれた。
飲み終えたカップを戻すと、再度額を合わせられる。

「まだ少し、熱いな」
「夜の分の薬飲んで寝れば大丈夫やよ」

小さく頷いたみどうくんの頬に触れ、彼の顎にガーゼが当ててあることに気付いた。血が薄く滲んできている。

「また、怪我したん」
「……あー、練習のとき、ぶつけたんや」

心底どうでもよさそうに言われ、拍子抜けしてしまう。人差し指で軽く撫でると、みどうくんが目を細める。

「痛い?」
「別に。忘れとったくらいやし。病気やあるまいし、こんなんすぐ治るわ」
「……うちの風邪かて、すぐ治るで」
「……ほやな」

背中の裾を弄られている感覚がして、小さく苦笑する。
私の普段着の数着は、袖や裾が不自然に縒れている。
みどうくんが私を呼ぶとき、構ってほしいとき、気持ちの遣り場が見当たらないとき、私の服を指先で弄るからや。
縒れているのやから処分したってええけど、彼が甘えた証拠みたいに思うと、これがなかなか愛しいのだった。

「……今日、えらい静かやったわ」
「ん?なにが?」
「学校」

そんなに欠席者が多かったんやろうか。けど悲しいことに、京伏に私みたいな馬鹿がいっぱい居るとは思えへん。
首を傾げて彼に話を促すと、私の肩に顔を伏せてぽつぽつ言葉を紡ぎ出す。

「朝練終わっても、連絡来ィひんし。休み時間の度にくぅだらない話しに来る子ォも居らんし」
「……うん」
「弁当のおかず押し付けてくる子も居らんし、部活の後ぼんやりしとったらいつも通り図書室に迎え行ってもうて、えらい恥かいたわ。……何笑とんの」
「ふふ、ごめんごめん」

不謹慎だ、解ってる。けど、たまらなく嬉しい。みどうくんの日常の中に、すっかり溶け込んでしまっている自分が。
むすっとした表情で一度顔を上げたみどうくんがずるずると身体を捩らせ私の胸元に耳を押し当てるように抱きつく。
不安なときや元気がないときに心音を聴きたがるのも、ひとつの癖なのやろうか。手元は相変わらず私の服の裾を弄っている。

「明日は休みやからな。出掛けたりせんと、ゆっくりしとかなあかんよ」
「はぁい」
「ボク、昼過ぎまで部活やから、その後また寄るわ」
「……心配性やなぁ」
「心配されたなかったら、風邪なんかひかんことやな」

その通りすぎて、言葉を返せへん。言葉に詰まった私の様子にみどうくんが満足気にひとつ息を吐いて笑う。

「唯ちゃんは、毎日ボクの傍で元気にへらへら笑て、くだらん話をだらだら聞かせてくれとったらええんよ」

……ちょいちょい引っ掛かる単語があるけれど、みどうくんの声色が優しくて楽しげだから受け入れておく。
未だ私の心音を聴くみどうくんの髪をゆっくり撫でる。男の子にしては伸びた襟足を指先で梳いていると、みどうくんがもぞもぞと身動ぎする。

「ごめん、くすぐったかった?」
「……唯ちゃん、ボクの襟足触るの好きやね」
「そう?」
「こないだも触っとったで」

完全に無意識や。抱きつかれていると手持ち無沙汰なんも理由なのかも知れへんけど、みどうくんとお揃いの癖やなと思い苦笑する。

「ごめんね、気をつけるわ」
「……別に、嫌やないよ」

顔を上げたみどうくんに一度きつく抱きすくめられた後、額と頬に一度ずつ優しく口付けられる。

「早よ治してくれへんと、ちゅーも出来ひんなァ」
「してくれてもええけどね」
「……感染す気ィなん?意地の悪い子やな」
「感染ったら看病したげるから」
「自己管理も出来ひん子に看病なんてされたないわ、阿呆言わんと早よ治し」
「ね、一回だけ」
「……唯ちゃん今最高にキモイで」



弱った私に弱い君を見せて

(元気になったら、寝込んでいたときに見たくだらない夢の話を聞かせてあげるね)


時期的に坊主筋なんですが、そこらへんは軽く流して頂ければ。
「まだボク、捨てれるもんあったわ」と髪を切った彼が、また伸ばしたのには理由があるのかなぁ。
14.11.06

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