はじめくんの自転車の調子が悪くて、学校帰りに一緒に寒咲サイクルへと向かった。
幹ちゃんのお兄さんがいろいろ見てくれて、どうやら小さな部品を数箇所交換しなくてはいけないらしく、一日預けることになってしまった。
テスト期間で今週は部活が無いけど、はじめくんは明日すぐ自転車を受け取りに行くんだろうなと横顔を見ながら考える。

「唯も終わった?」
「あ、うん、終わったよー」

はじめくんの自転車を点検してもらってる間、私は幹ちゃんにママチャリの点検をしてもらっていた。
空気を入れてもらいワイヤーの緩みを調整してもらった自転車を、はじめくんが受け取る。お礼を言うと、静かに頷かれた。
寒咲兄妹にもお礼を言いお店を出ると、綺麗な夕焼け空が広がっていた。両腕を空に向け、大きく伸びをする。

「明日自転車取りに来るのも、一緒に行っていい?」
「いいけど……、むしろ、いいのか」
「ん?」
「勉強時間、減るぞ」
「大丈夫。今更焦っても変わらないし!」
「……威張るなよ」

困ったように笑って、片手で髪をくしゃりと乱された。
手を戻す際に、肩に掛けていた通学鞄を奪われ、そのまま自転車のカゴに乗せる。ああ、こういうところ好きだなぁとしみじみ思う。
お礼を言うと、はじめくんはこくりと頷き、そのまま自転車を押し進める。時折、ブレーキをぎっぎっと握る彼に首を傾げて見せる。

「どうかした?」
「利きが良い。流石だなと思って」
「ああ、幹ちゃんに調整してもらったからね」
「うん、連れて来て良かった」
「はじめくんの自転車も、きっと万全になって返ってくるね」
「勿論」

自転車の話をするはじめくんは、少しだけ言葉数が増える。表情も、よく動く。
私もはじめくんもあまり喋る方ではないから、時々沈黙が生まれてしまう。でもそれはあたたかい沈黙で、全然苦ではない。
だけどこうやってひとつひとつ大切に言葉をこぼすはじめくんとの会話は、やはり沈黙以上にとてもあたたかいのだ。

夕焼け空が、深くなる。オレンジ色が、どんどん赤くなる。ふと彼を見ると、彼の髪に夕焼けが透けて、とても綺麗だった。
真っ直ぐな髪を風が揺らし、明るい髪色のせいかきらきら煌めいているように見える。

「はじめくん、髪伸びたね」
「ん。でも、純太ほどじゃない」
「競ってるの?」
「いや、違うけど。切った方がいいかな」
「んーん。長くても短くても好きだから、はじめくんの好きにしたらいいよ」
「……そうか」

あ、照れた。本当に、わかりにくいようで、わかりやすい。夕焼けの色に染まって、赤らんだ頬がよくわからないのが残念だなと思う。
少し冷たい風が吹く。どこからか金木犀の香りがして、自然と風向きを目で追うと、はじめくんと視線が絡んだ。

「金木犀だな」
「うん、いい香り」

金木犀の香りを浴びながら、足下の白線上をゆるゆると歩く。古い道だから、白線が薄い。
バランスを崩しそうになるのをこらえながら地味に熱中していると、はじめくんが一度吹き出し、声を押し殺して笑った。

「なぁにー?」
「く、っ……小学生が居る、と思っ、て」
「どーこーにー」
「オレの隣に」

そう言ってまたくしゃりと髪を撫でられる。むっと唇を尖らせ、押し退けようと手に触れると、指を絡めて繋がれてしまった。
片手で自転車押すの辛くないかなと思ったけれど、離したくないから言わずにいた。多分、言っても離されないと思うけれど。
はじめくんは、よく私に触れる。少ない言葉数を埋めるように、髪や頬や手のひらに触れるのだ。

「唯の手、冷たい」
「そう?」
「途中のコンビニであったかいの買おう」
「寒くはないよ」
「女の子は身体冷やしちゃ駄目だ」
「……過保護」
「大事だからな」

恥ずかしいことをさらりと言われてしまった。私の「好き」には照れるくせに、自分から言うのはどんな甘い言葉も本当に何の躊躇いも無い。
しばらく歩くと、「ちょっとごめん」と言われ、手を離された。そのままハンドルを持ち、今まで自転車を支えてた方の手を離して軽く動かす。
やっぱり重かったのだろう。ロードならまだしもママチャリだし、カゴには二人分の鞄だって入ってる。

「ねぇ、はじめくん。二人乗りしたい」
「駄目だ」
「即答!?」
「危ないだろ。大事だって言ったばっかりなのに、もう忘れたのか」

忘れてないけども。正確には、忘れられない、だけども。
危ないから駄目だと言われるのもわかる。暗くなってきたし、ここは緩いとはいえ下り坂だし、そもそも二人乗り自体危ないし。
だけどそれでもやっぱり、ちょっと憧れていたりする。いつも、一緒に自転車を走らせて帰っているけれど。
はじめくんの体温を感じながら乗る自転車は、とてもしあわせだろうと思うのだ。

「拗ねた?」
「拗ねてない」
「唇、尖ってるぞ」

困ったように笑いながら、私の唇を指先でふにふにと押し、宥めるように手の甲で頬を撫でる。

「コンビニまで、我慢してくれ」
「え?」
「コンビニから唯の家までなら、乗せていく」
「ほんとっ?」

こくりと頷き、頭をぐりぐり撫でられた。そしてまた、私の手を取り指を絡める。
夕焼け色が滲んだはじめくんの髪は、本当に羨ましいくらい綺麗に揺れる。坂を下るとすぐ左手にコンビニの看板が見えた。
明日はまたこの道を、並んで自転車を走らせることになるんだろうな。過保護なはじめくんが、いつも通り私の少し前を走るのだろう。道によっては、少し後ろを。

コンビニであったかい飲み物を買って身体をあっためたら、家までの短い距離を、今日だけはふたりくっついて帰ろう。
夕暮れの風は少し冷たいだろうけれど、昨日や明日の帰り道より、ずっとずっとあったかいはずだ。

「嬉しそうだな」
「あったかいからね」
「……冷たいけど」
「いや、手の話じゃなくて」



あたたかな夕焼けに似たひと

(ママチャリでも、はじめくんが漕ぐと速いねー)
(怖いか?)
(ううん、抱きつけるから嬉しい)
(……そういうのズルいだろ)
(え、なぁにー、聞こえない)
(何でもないからそれ以上密着するな)
(!?)


単行本表紙記念。2年時の可愛さも、3年の進化っぷりも好きです。
14.10.12

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