僕の彼女は、園芸が好きである。
どれくらい好きかと言えば、就職を機に始めた一人暮らしで、防犯上の理由から反対した僕の意見も聞かず、庭があるからという理由ひとつで1階の部屋を選んだ程。
翔くんのロードだって玄関に入れやすいでしょ、と笑顔で言われれば、それ以上強く反対することも出来ひんかった僕は、ほんまに唯ちゃんに甘い。
それに、透き通るように白い指を真っ黒に汚して楽しそうに土いじりをする唯ちゃんを見るのは、存外嫌いやない。

最初の頃はパンジーとか買ってきて鉢に植え替えたりして飾っとったけど、それだけでは満足できひんかったらしく次は普通に種から花を育て始めた。
そして花を育て始めると、今度は芽が出たりするまでの時間が耐えられなくなり、比較的短期間で育つような野菜を育てるようになった。
今では花も野菜も入り混じり、ちょっとした植物園みたくなっとる。雑多ながらも綺麗に見えるのは、彼女のセンスのおかげなんやろう。

「唯ちゃん、何か羽織りィや。風邪ひくで」
「ちょっとだけだから平気ー」

平気なわけあるかと勝手に彼女のクローゼットを開け、紺色のカーディガンを引っ張り出す。
唯ちゃんは朝起きるとすぐに庭に出て行く。塀が高いとはいえ、女の子がパジャマのまま庭に出るとか正直勘弁してほしい。彼氏の身にもなれや。
それでもへらっとした笑顔で「おはよーう」とか草花に話し掛けてる彼女を見ると、やっぱり強く物を言えへんのや。阿呆らし。
カーディガンを持って庭に続くガラスの引き戸をからから開けると同時、「あぁっ!」と唯ちゃんが叫ぶ。

「どないしたん、朝早いからご近所に声響くで」
「翔くんっ、見て見てっ!」
「……ボクの話聞いてはる?」
「ほらっ、咲いたよっ!」

どうやら僕の言葉が微塵も届いていないらしい唯ちゃんが興奮気味にひとつの植木鉢を持って駆け寄ってきた。
僕の目の前に植木鉢を差し出して見せる彼女の肩にカーディガンを被せながら、綺麗に咲いている二輪の赤い花を見遣る。

「薔薇や」
「そう、やっと咲いたよー」
「前に一回失敗したやつやんなぁ?」
「うん。今回は綺麗に咲いてよかったぁ」
「綺麗やな」
「でしょ!」

僕のありきたりな感想にもふわっとした笑顔を見せる。相当嬉しいのか、鼻歌まで唄いよる。
前も一度薔薇を育てとったけど、なんや虫が付いたとかで駄目になってしまったらしい。
駄目になった薔薇を見て落ち込んだのも束の間、翌日には図鑑と睨めっこしてえらく必死に薔薇について勉強しよったのを憶えとる。それが報われたんならええ事や。
「綺麗だねぇ」と阿呆みたいな顔して薔薇に話し掛ける唯ちゃんに溜息を吐き、台所へ向かい温かい飲み物を準備しようとお湯を沸かす。
やかんがシュンシュン音を立て始めた頃、やっと唯ちゃんが部屋に戻ってきた。僕の隣に立ち、流し台で手を洗う。

「ひぃっ、水冷たっ」
「ココアいれたるから、ちゃんと洗い」

お揃いのマグカップに粉末ココアを入れ沸騰したお湯を注ぐと、手を洗い終わった唯ちゃんが待ちわびている。
そんな彼女を横目にスプーンでココアをくるくる掻き混ぜ、そのままマグカップふたつとも持って部屋へ向かう。

「あ、あれ?持つよー、ちょうだい!」
「カーディガンもちゃんと着られん子にはあげへんよ」

僕がさっき肩に被せたままの状態になっているカーディガンを指摘すると、慌てて袖を通す。
先にベッドに腰掛けその様子を眺める。たまに、ほんまに彼女は社会人なのかと疑いたくなる。「出来た」と両腕を広げて見せる姿なんか、子どもにしか見えへん。
マグカップを差し出すと、すぐに僕のもとに駆け寄り笑顔で受け取る。ああ、子どもちゃうな、子犬やな、と心の中で訂正した。

「今日はね、ミニトマトも色付いてたよ」
「ふぅん。何でそれは見せに来んかったん」
「見たかった?」
「別にィ」
「ふふ、あとで一緒に採ろうね」
「気ィ向いたらな」

花が綺麗に咲いていたり野菜が実っていたりした朝は、唯ちゃんはとにかくご機嫌さんや。
今日はお休みやし、またお昼に庭いじりをするんやろうな。僕はそれまでペダル回して、そのあと唯ちゃんが言ったように一緒にトマトの収穫でもしよかと考える。
唯ちゃんは脚をぱたぱたさせて鼻歌まじりにココアを飲みすすめる。

「そない嬉しいの、薔薇咲いたん」
「嬉しいよー、だって難しいんだよ育てるの。ちょっと待ってね」

サイドテーブルにマグカップを置くと、本棚から図鑑と園芸誌を持ってきて再びベッドに腰掛けた。
膝上でぱらぱら捲られる本を一緒に覗き込む。薔薇が載っているページで手を止めると、僕の方に少し傾けて見せる。

「ほら、見て見て!病気になりやすいって書いてあるでしょ」
「ふぅん、枯れるか腐れるかしかないわけとちゃうんやね」

虫がつきやすいとも書いてあって、ああ前回はこれで失敗したんやなと納得する。本には難易度も示してあって、星5個中4個が色付いていた。

「もう少し花が咲いたら、お部屋にも飾ろうねー」
「ほやな」
「本当は花束にすると綺麗なんだろうけど、量無いし、一輪挿ししか出来ないなぁ」
「ええんちゃう、綺麗や思うで」

ふにゃりと笑う唯ちゃんの頭をぐりぐり撫でながら本に目を通す。普段見慣れんものを見るのは案外楽しい。それが好きな子の好きなものなら尚更。
本には育て方以外にも花の由来とかアレンジメントの仕方や花言葉なんかも載っとる。
赤い薔薇の花言葉は、永遠の愛情やとか熱烈な恋とか、気恥ずかしい言葉が並んでいた。ドラマとかでよく見る赤い薔薇の花束は、そういうことか。

「……唯ちゃんも、赤い薔薇の花束とか憧れるん?」
「んー?まぁ貰ったら嬉しいだろうけど、恥ずかしいよねぇ」
「貰う方も恥ずかしいんか」
「なかなか恥ずかしいと思うよー、花言葉も相俟って、照れくさいというか。ピンクとかだとまだ可愛くていいかもね」

ピンクの薔薇の欄を見ると、愛を持つとか温かい心とか書いてある。まぁ確かにこっちの方が唯ちゃんには似合うかも知らんな、色合い的にも。
唯ちゃんの膝上から本を奪い、自分の膝上でページを捲る。彼女は彼女で別の花図鑑に夢中や。もう何度も読んだやろうに。
薔薇のページは思ったより多く、僕があんまり見たことない色も載っとる。白や紫、オレンジに黄色……。これは、ええかも。

「……唯ちゃんには、黄色やな」
「黄色い薔薇?」
「そや。花束あげる機会があったら、黄色い薔薇の花束にしたるわ」
「黄色もいいねぇ、可愛いし。黄色いのって、花言葉何だっけ」
「知らんでええ」
「え、気になるよ!見せて!」
「あかん。見たら今日採るトマト全部ボクが食うてまうよ」
「嫌がらせが地味!そしてそれ私の本!」


唯ちゃんのことは好きやし、この想いも関係もずっと続けばええと思っとるけど、正直言って、愛とか永遠とか、まだようわからん。
せやけど、そんな僕でも、この花言葉を持つ花なら唯ちゃんに贈れる。贈りたいと思う。
唯ちゃんは僕の黄色い女の子やから、きっと黄色い花束を抱える姿も、それはそれは、僕をふわっとした気持ちにさせてくれるに違いない。



黄色い薔薇を君に捧ぐ

(「何をしても可愛らしい」なんて、直接は絶対言えへんからな)


ちなみに京伏カラー(紫)の薔薇は、「王座」「誇り」という花言葉だそうで、テンション激上がり。
14.10.06

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