4連休のためいつもより多めに出た宿題を片付けようとしていたところ、ケータイに彼女からの救難信号が届いた。
溜息を吐きながらも、あまりのタイミングの良さに少し笑えた。誰も居ないから久々に家においでよという誘いに、荷物をまとめてロードで向かうことにする。
ええ天気やな、勉強終わったらまたペダル回すかと考えながら走り、10分もしないうちに唯ちゃんの家に着いた。
彼女の家は玄関が引き戸で、家に誰かが居るときは大抵網戸にしてはる。呼び鈴が壊れとるから、来客に気付きやすいようにそうしとるらしい。
今日も唯ちゃんが居るから網戸になっている。こんにちはと声掛けながらするすると網戸を開けると、見慣れへんものが居った。

「…………猫?」

何も聞いていなかったのもあって、呆気にとられる。えらい小さい。脚短い。三毛猫いうことは、雌やろか。
子猫から視線を外せないままいろいろ考えていると、ぱたぱたスリッパの音を立てて唯ちゃんが玄関へやってきた。

「あーっ、翔くん、網戸閉めて閉めてっ!その子、外出てまうっ!」
「ピギッ……!?」

唯ちゃんの大きい声に驚き、言われたことを理解するより先に網戸をぱしんと勢いよく閉める。その音に驚き、子猫がぴんと尻尾を立てた。

「ちょっと台所行ってたら、部屋出ちゃったみたいで。ほら、おいでー」
「どないしたん、その子ォ……」
「一昨日拾たんよ、裏の駐車場で。ご丁寧に箱に入れて捨てられとってなぁ」
「捨てとる時点で丁寧ちゃうけどな」
「そやな、酷い話や。あ、あがってー。ロード、中に入れてな」

唯ちゃん家の玄関には、ロード用の壁掛けフックがある。僕がここに来るようになって、彼女の親御さんが付けてくれたものや。有り難い。
彼女の胸元に抱かれる子猫を気にしながら、ロードを引っ掛け、部屋に向かう唯ちゃんの後をついていく。

「お茶淹れてくるから、ちょっとこの子見といてな?」
「あー……うん」

部屋に残された一人と一匹。膝の上に置いていかれて、どうしたらええのかわからん。動物嫌いやないけど、飼うたことあらへんし。
機械音みたいな高い声でみぃみぃ鳴く子猫の額を、人差し指で擦るように撫でる。手の甲の骨張った箇所に頭を擦り付けられ、こそばゆい。

「良かったな、唯ちゃんに拾われて。大事にしてくれるで、あの子は」

目下経験中の僕が言うんやから間違いないわ、と呟き、スリッパの音が近付いてきたため口を噤んだ。こんなキモイこと言うとんの聞かれたら堪らん。
口にお菓子の袋をくわえ、マグカップを両手に持った唯ちゃんが足で襖を開ける。女の子とは思えへん。溜息吐きながらお菓子の袋とマグカップをひとつ受け取る。

「行儀悪いで」
「家の中やから許してー」
「だいたいボクゥ、お菓子食べに来たわけちゃうんやけど」
「糖分摂取せんと頭働かへんよ」
「食うだけ食うて働かん子に言われてもな」
「まぁまぁ」

誤魔化すような笑いを浮かべると僕の手から袋を奪い、早速開封する。
クッキーを食べながら、唯ちゃんは「にゃーん」とか言いながら僕の膝上から子猫を抱き上げて頬を寄せる。ほんまの猫撫で声や。

「名前、つけたん?」
「ううん、まだ。昨日は獣医さんとかホームセンターとか行ってバタバタしてたし、落ち着いて考えられんくて」

唯ちゃんの腕の中で子猫はうとうとし始めている。それを眺めながら、ああ、獣医とか久しぶりに聞いたなとどうでもいいことが頭を過る。

「ねぇ、折角やし、一緒に考えよか」
「……ええの、ボクとで。おばちゃんたち、そういうん考えたがるんやないの」
「ええよぉ、昨日ちらっと案出してきたけど、マトモな名前いっこも出てきいひんのやもん。それに、翔くんと考えた方が愛着湧きそうやし」

子猫は唯ちゃんに人差し指で撫でられ、まだ下手なりにくぷくぷと喉を鳴らす。ひとしきり喉を鳴らすと落ち着いたのか、眠りについたようやった。
そんな子猫を見て幸せそうに笑う唯ちゃんを見て、先程の言葉も相俟ってたまらなくなり、彼女の背後からゆるく抱きしめる。

「ふふ、寝てもうたね」
「そやね、猫はよう寝る言うもんな」
「まさに寝子やなぁ」
「……それ名前にするとか言わんよな」
「まさか」

それから到底名前にする気のない名前を指折り呟きながら、唯ちゃんが僕に体重を預けてくる。体育座りをした彼女の膝に手を乗せ、すっぽりと腕の中に彼女をおさめる。
僕が唯ちゃんの頭に顎を乗せると、指折りをやめた彼女の右手が、僕の手に重ねられた。

「翔、ってええ名前やねぇ」
「……ほやね、ボクも気に入っとるよ」
「うん、漢字の意味も、翔くんにぴったり」
「唯ちゃんの名前も、かいらしゅうて、ええ名前や」
「ふふ、ありがとう」

ゆるくウェーブの掛かった髪が、ふわふわと揺れる。唯ちゃんの少し高めの体温が、低体温の僕には心地ええ。
髪を掻き分け首筋に頬を寄せると、くすぐったそうに身を捩る。そのまま唇を這わせ耳元まで移動すると、ちょっとした悪戯心で彼女の名前を呼んでみる。

「――――唯」

一瞬、彼女の肩がぴくりと揺れ、「は」やら「え」やら短い音を発した後、かぁっと耳まで赤く染まった。なかなか面白い。

「ななな何やの、いきなり!」
「動揺しすぎちゃうん。名前呼んだだけやよ」
「だ、だって今、呼び、呼び捨、て」
「キミィも呼んだらァ?さっきみたく、翔、って」
「さ、さっきのは、呼んだわけやなくてっ……」
「唯ちゃんほどやないけどォ、それでもボク、ちょっとドキッとしたんやよ?」

そう言って、まるで果実のように赤く色付いた耳朶を唇で挟み舌でつつくように刺激してやる。肩が跳ねると同時、彼女の口から「ひぅ」と甲高い声が漏れた。

「ほんま弱いなぁ、耳」
「……自分かて弱いくせに」
「何か言うたァ?」
「いいえ、何にも!」

耳に息を吹きかけると「ひぃっ」と色気の欠片も無い声を出された。
振り返った唯ちゃんにやわらかい手付きながら勢い良く胸元に子猫を押し付けられ、思わず両手で受け取ってしまった。子猫は変わらずよう眠っとる。

「お茶淹れ直してくるっ」
「うわー、逃げよったでこの子ォ」
「やかましっ、このままやと勉強できひんくなるやろっ」
「そんなこと考えよったん?えっちやなぁ」
「どっちがやの!」

テーブルの上のマグカップをひったくるように両手に持ち、再び足で襖をぱしんと開け放つ。そのまま閉めもせず行ってもうた。なんて子や、躾したらなあかん。
僕の手の中ですやすや眠る子猫を近くにあったブランケットの上に乗せる。身体を撫でてやると、小さく伸びをして寝返りをうった。

唯ちゃんが戻ってきたら、宿題に取り掛かろう。明日も休みやし、今日は8割方終わらせとけば大丈夫なはず。そのあと、ゆっくり名前考えたろ。
女の子やし、かいらしい名前がええな。季節物を取り入れてもええし、裏の駐車場は綺麗な花がようけ咲いとるから、花の名前とかどうやろ。
僕と彼女の名前からもじるのもアリやなと思い立ち、やっぱりナシやなとひとり首を振る。気が早い。何よりキモすぎる。提案できる気しいひん。阿呆か僕は。

「案外、手間取るかも知らんね……」

鞄から参考書の類を取り出しながら、宿題より難しそうや、と苦笑した。



きっと優しい名がよく似合う

(愛しげに名前を呼ばれるしあわせを、キミにも教えたげるわ)


身体の大きな子は、小動物と絡ませたくなります。
14.09.29

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