硝子細工にくちづけ


※当真さん入隊理由他色々捏造



気が向いたんで、昔のことでも思い出そうと思う。
俺の幼馴染兼彼女は、俗に言うところの天才ってやつだった。
だったというのは、天才と呼ばれた頃より劣っているから、というわけではない。彼女の頭の回転は相変わらず早いし運動神経だってすこぶる良い。それでも彼女のことを、もう誰も天才とは呼ばない。
それは何故か。俺の彼女は、容姿端麗、文武両道、才色兼備、そんな言葉が連なるようなそんな存在だった。俺みたいな奴には似合わないくらい、綺麗な存在。キラキラ光る長い髪も、澄んだ目も、何もかもが人を惹き付けてやまない。
そんな彼女は才能にも容姿にも恵まれていたが、恵まれすぎたそれは周りの期待や羨望や嫉妬、そうした色々なものを集めて、少しずつあいつをぐしゃぐしゃに押しつぶして壊していった。

そして、その日は突然訪れた。

四年ほど前、まだ俺達が中学二年生だったころ、近界民と呼ばれるそいつらは三門市をめちゃめちゃにして、沢山の市民が死んだ。瓦礫で押しつぶされたり、胸に穴を開けられたり、混乱の中逃げる車に轢かれたり。理由は色々。
市内は混乱を極めたが、突如現れたボーダーと呼ばれる組織により、徐々にその事態は収束していく。連日ニュースで報道された死者の数も、負傷者の数も、街の崩壊具合も、その時の俺にはどうでも良かった。
ただただ、解決しない問題に頭を悩ませて、不甲斐なさに苛立って、不安にまた苛立って、苛立って、そればっかりだったのを覚えてる。

ただ一つの事実が、どうしようもなく俺の中をぐるぐる巡る

幼馴染みの権兵衛が、死のうとした。
襲い来るトリオン兵の群れを眺めながら、そこから逃げる素振りも怯える素振りもなく。ただただ薄く笑みを浮かべながら、迫る化け物から目を逸らしもせずに、まるで終わる事を喜ぶかのように、自分の命の終わりを受け入れようとしていたのだ。
どれだけ叫んでも、名前を呼んでも、あいつが俺の方を向くことはなかった。頭の中に最悪な映像が浮かんだとき、持ちうるすべての体力と反射神経を使い、あいつの手を掴んで逃げ出す。背後から少しずつ迫ってくる白い化物に、なりふりなんて構っていられなかった俺の手を少し握り返して、権兵衛は言った。


「いいよ、勇くん。私をおいていって」

「ふざけんな!無理いうんじゃねーよ!」

「無理じゃあないよ、その手を離せばいいんだ」

「んなことしたら、お前死ぬだろっ!」

「うん、そうだね。」


『でも、それでいいんだ。』そう言って笑ったあいつの笑顔は、ぞっとするほど空っぽで。思わずその手を離しそうになったけど、それでも権兵衛の言葉を無視してひたすら走った。途中でボーダーの人間に助けられ、なんとか命は守れたものの、権兵衛の心は壊れたまま、直ることはないまま、時間だけが過ぎていく。
あいつの両親は死んだらしい。トリオン兵に胸をえぐられた亡骸が、かつて権兵衛の家だった瓦礫の山の近くに転がっていたそうだ。それを聞いても、あいつは「そう…」っとだけ言って空っぽの笑顔を浮かべているだけ。
周りの人間は薄情だと言うが、勝手なことを言うなと思う。権兵衛をこんな風にしたのは両親や周囲の人間が勝手に積み上げた期待だ。小さい体に岩をいくつも乗せられて、それでも今まで必死に歩いてきたのに。

そしてその事実は、俺を深く責めた。幼馴染の俺と権兵衛は小さい頃から良くつるんで遊んでいた。小学校の中学年にもなるとからかわれる事も幾度かあったが、それでも俺たちはお互いから離れようとはしなかった。冷やかしにはそれ相応の皮肉を返す。そうして俺たちは相変わらず仲良くやっていっていた、のに。
誰より傍で見ていたのに、権兵衛が周囲の期待によって少しずつ壊れていくことに気付きもせず、いつも通り呑気に過ごしていた自分。気付けなかった不甲斐なさにも、何もはなさなかった権兵衛にも、ただひたすら苛立つ。
それでも、ずっとつかず離れずの距離にいた幼馴染を放り出せるわけもなく、毎日毎日色んなことを話しかけて、いろんなところに連れていって、その傍らでボーダーに志願したりしていた。

ボーダーに入ろうと思ったきっかけも、やはり幼馴染で。もう二度と権兵衛がトリオン兵に殺されそうになることなどないようにと、自分の手で守れるようにと、戦うことを決めた。強くなればいい。そしたら守ってやれる。トリオン兵からも、周りのうるさい奴らからも、あいつにちょっかいをかける奴らからも。

そうして日々を過ごすこと、2年。
俺はA級に昇格した。No.1狙撃手としての確固たる地位を実力でもぎ取り、その高揚した気分のまま、いつものように権兵衛の部屋へ行き、今日あったことを話す。俺の話すことを聞きながら、相槌をうつその声が、少しいつもと違うような気がしたが、特に気にすることもなくうんうんと頷くその頭に手を置いて撫でる。すると、いつもはた話を聞いているだけの権兵衛が、俺の手をとり、細い指の並んだ両手でぎゅうと握った。いつもと違うその行為に少し驚きながらも、できるだけ優しく声をかけてみる。


「どうしたよ」
「勇くんは、前に進んでいるんだね」
「まー…そうなんのか?」
「うん、そうだよ」
「まぁこんだけやってて前進ないのもつれぇしな。」
「そうだね。ねぇ、勇くん。」
「ん?」
「私は、重くはないだろうか」

相変わらずその顔に浮かんでいるのは空っぽの笑顔だったけれど、その声には確かに色があった。悲しそうな、寂しそうな、本当に淡い色だったが、それでも長年一緒にいた存在だ。わからないわけが無い。俺の手を握るその小さな手をつかみ、ぐいっと引き寄せる。そのままキツく抱きしめると、以前よりずっと頼りなくなった身体が震えていることに気付く。その小さな背中をさすりながら、権兵衛の頭に自分の頬を引っつけた。

「権兵衛軽いし、重くもなんともねーよ」
「今は、そうだろう。けれどいつかきっと重くなるよ」
「んじゃあ、自分で歩け」
「…え」
「歩けるまでは俺が連れてく」
「…つまり、歩けるようになったら勇くんは離れてしまうのか」
「ちげぇよ。歩けるようになったら一緒に歩くだけだろ」

「前みたいに」そう言って少し身体を離して権兵衛の顔を見ると、そこには昔のようにはまだまだ遠くても、それでも少しだけ空っぽがなくなった笑顔で、泣きながら笑っていた。
その涙も笑顔もとても綺麗で、思わずその目もとに唇を寄せると、次から次へと溢れてくる雫。

「ちゃんとそばで見ててくれるんだね」
「今までと変わんねーだろ」
「そうだね、そうだったね」
「止まんねえな、涙」
「勇くんが泣かせたんだ」
「俺のせいかよ」
「勇くんのおかげ、だよ」

そう言って権兵衛は俺の肩に額を押し付け、小さな声でこう言った。

『勇くんとなら、また、歩ける気がするんだ』


硝子細工にくちづけ

(壊れた私を優しく包む、この腕があるなら)




(変わらないといいつつも、権兵衛に対して
昔とは異なる感情を抱いているのだと告白したとき、
あいつはまた、一つ色を取り戻して泣き笑った。)

(そうして一つずつ、壊れたものを直していく)

(この役目は、ずっと俺だけのもんでいい)


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アトガキ
なんか無性に書きたくなったお話。
この後権兵衛ちゃんはボーダーに入るとか入らないとか。そこで色んな人に懐かれますきっと。一度空っぽになったからいろんな人の感情とかを受け止めるスペースが出来たんですねきっと。

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