隠した熱


その日の夜は、とても寒かった。

界境防衛機関『ボーダー』に所属するS級隊員である迅悠一は、ぼんち揚をボリボリと貪りながら夜の巡回任務に勤しんでいる最中だった。
自分の吐き出す二酸化炭素が白く色づいていく様に目を細めつつ、周囲に門が開く様子がないかを探っていく。
どれだけ意識を張り詰めても、ただただ夜の静寂と冷気が感じられるばかりで、不審な感覚はない。

「(今日はなんもなさそうだな)」

すっかり空になったぼんち揚の袋を畳んでポケットに突っ込むと、もう一周見回ってくれば交代の時間になるだろう。そう思いながら警戒区域内にぽつんと残された公園を横切ろうとしたとき、ギィッと金属の軋む音がした。
その音に瞬時に警戒態勢をとると、足音を殺してその音へ近づく。どうやら先程の音はブランコが軋んだ音らしかった。
使われなくなって数年たったさびたブランコに、人影が一つ。一瞬迅の脳内に、ホラー映画のワンシーンが流れるが、
自分の副作用に一瞬自分とその人影が話している映像が映り安堵する。どうやらあの人影は生身の人間で、女の人であるようだ。

「警戒区域には入っちゃいけないって、知らなかった?」

できる限り自然に声をかけたつもりだったのだが、やはりこんな時間にこんな場所でいきなり声をかけられれば驚くだろう。ガシャンっという音を立てて、ブランコに座っていた人影が立ち上がる。
バッと顔をあげてこちらを向いたその顔を見たとき、一瞬時間が止まったような感覚に陥った。

ぼんやりと、月の光に照らされたその顔。大きく見開かれた瞳からは、ぽろぽろと涙がこぼれ続けている。

「…誰…?」

小さくつぶやかれた声は、まるで今自分たちを包んでいる冷たい夜の空気の様だ、と。悪い意味ではなく、いい意味で。
とても綺麗な人だと迅は思った。長い黒髪に、白い肌、薄紅色の唇、泣いていたからか、赤く染まった目元。
自分の中の何かが、カッと熱を帯びる感覚。迅はその感覚を知っていた。よほどの子供でなければ、おそらく誰しもが知っている感覚だろうそれは、初めてあった相手にも関わらず、チリチリと心の中で燻り始めていた。

「…あ、ああ、俺はボーダーの人間だよ。ここらの警備をしてる」

「…そう、ボーダーの人なの…ごめんなさい、勝手に入ってしまって。」

申し訳なさそうに眉を下げる目の前の女性に、ドクリと胸がなる。そんな自分に少し戸惑いながら、迅は相手を怯えさせないようにその顔に笑顔を浮かべた。

「俺は迅悠一、きみは?」

「…名無之権兵衛。もう、帰るから」

邪魔をしてしまってごめんなさい、そう言って帰ろうとする権兵衛の腕を咄嗟に掴む。
怪訝そうな顔でこちらをみてくるその瞳に、くらりと熱い目眩を覚えながら、迅は必死に考えていた。
どうしたらこの人ともっと話せるのだろう、この人のことが知りたい。この人が、欲しい。
あって数分の相手に抱くには、些か過激なことを思いながらも、それを表に出さないように笑顔を作る。


「実力派エリートは、泣いてる女性を放っておけないんだ」


その時の迅にはもう既に、
目の前の存在を手に入れた先の映像がしっかりと見えていた。





隠した
(早くキミを愛したい)

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夜道の散歩には気をつけて、
狼さんに食べられてしまいますよ。

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