『{勝負…!}』

まるで戦国武将のようなことを呟きながら、教室の扉をあけた。ざわめきが嘘のように静まり返ったクラスの視線が一気にこちらを向く。うわぁ、こっち見んな…。そんなことを思いつつも表情には出さないように気をつけて、教卓の横に立つ。先生がカツカツと黒板に私の名前を書いた。

「転校生の名無之権兵衛さんや。」

そう言われてぺこりと頭を下げる。
視線が痛いなぁ。なるべく目を合わせないように教室の後ろの方へ視線を向けると、頬杖をついたままこちらを見て目を見開く存在。

心臓が止まった、気がした。
いや、確かに呼吸は確かに止まった。一瞬。

『{あきら、くん…?}』

先生の説明する声が遠い。名無之は声が出せんから、お前らいろいろ手助けしてやってな。ざわつく教室など気にならない。先程までの不安も恐怖も飛んでいった。むしろ私の中に広がるのは、ただ一つ。歓喜、だ。
まさか、まさか、まさか!
探そうと思っていた彼がここにいる!
また彼と同じ学校に通える!
また一緒にいられる!
ああ今でも彼はペダルを回しているのだろうか?
ずっと、会いたかった。

「名無之、席は、御堂筋の横やな。
おい、御堂筋ー、手挙げたってや。」

ああ神様、私生きててよかったです。

先生を見てこくりと頷くと、並ぶ机の間をするすると動いて彼の元へ。こちらをじぃと見ている彼は、間違いない。

『{あきらくん}』

嬉しさを隠しきれない、にっこりを通り越したにんまり笑顔を彼に向けると、あきらくんはビクッと肩を揺らし、小声で「…はよ座り」っと呟いた。
あ、やっぱり声…変わってる…かっこいいなぁ…。
かたりと椅子を引いて腰掛けると、クラスメイトの視線が死ぬほど痛かった。やめてこっち見ないで。存在忘れててごめんなさい。
そこから目をそらすように窓際の席に座る存在に視線を向けると、やっぱりこちらをじぃっと見ていた。
首を傾げるとそらされる視線。とりあえず私も先生の方を向くことにしよう。転校して1ヶ月は大人しくしておくんだ。

SHRが終わると、案の定というかクラスメイトがごちゃあっと私のところへ来る。なんでそんなに一気にくるの、恐いわ。ぎゃあぎゃあと喚く声に苦笑いを一つ。
質問の答えを書くために、ノートとシャーペンを用意した。

「なぁなぁ名無之さんってどこから来たん?」

『{千葉。でもその前は京都}』

「えー、京都おったんや!なんで引越ししたん?」

『{家の都合で}』

「へー!そうなんや!」

「ほんならむこうに彼氏とかおるん?」

『{そんなのいないよー}』

「えー!まじか!」

マシンガンのように降りかかる質問に書く手が追いつかない。まいったなぁ…。前に転向したときも同じような目にあったけれど、今回はそれよりちょっと質問が多いかもしれない。早くチャイムならないかなぁ。ノートに文字を書く手が疲れてきたとき、やっとチャイムがなった。物足りなさそうな顔で席へと帰っていくクラスメイト達には悪いが、正直に言えばありがたい。次の休み時間は頑張って逃げよう。
ぐっと決意を固めて教科書を取り出せば、ちらりと隣の席を見る。相変わらずあきらくんはそこで頬杖をついてこちらを見ていた。

『(…めっちゃ見られてる)』

じー…。しばらくお互い無言で見つめあっていると教師が教室へ入ってきたことにより二人の視線がそちらへ向き、授業が始まったことで、もう一度視線が交わることはなかった。授業中何度か隣を盗み見ても、相変わらず大きい瞳が自分の視線とぶつかる事はない。授業は真面目に受けているようだ、昔もそうだったけど。横顔、あんまり変わってないかも。知らず緩んでしまった口元を手で隠しながら、散漫になってしまった集中を立て直し、黒板へと視線を戻した。

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