冬の澄んだ空気が好きだ。冷たさにぴりっと痛む肌の感覚も嫌いじゃない。それから何か特別香るわけではないが、このにおいが好きなのだ。具体的に何のにおいかと聞かれても"冬のにおい"としか俺には表現できないけれど。



机に突っ伏した格好のまま顔だけを横に向ければ、少し開けられた窓から雲一つ無い空が見えている。はああ、深く息を吐けば目の前が白く染まった。そのまま目をつむると、耳に入ってくるのは、寒いねというクラスメイトたちの会話。寒いね〜。うん寒いね。それにしても寒いよね。みーんな同じような話をしていて思わず吹き出してしまった。寒いの、俺は嫌いじゃないけどなあ。そう一人ごちると、ふわり、冬のにおいに混じってあいつの香水の匂いがした。


「おはよ仲沢、何独り言言ってんの」
「んーはよォ…みんな寒いの嫌いなんだって。でも俺は好きって話」
「ふうん。ねえ、これあげる」
「うわ、どうでもよさげだね…。わーやった誕生日プレゼント!」


がばり、体を起こして受け取ったのは、ちょうどノートと同じくらいの大きさの紙袋。けっこう膨らんでるけど何が入ってるんだろう!なに?なに?目で問う俺に彼女は少し考えるそぶりを見せて口を開いた。


「……ああ…忘れてた。ごめん違う」
「え?」


その表情は困ったような顔。俺が不思議に思うのと同時に、彼女は表情を一変させる。


「お菓子やるから悪戯させろってことだよ」
「はあ!?…そのイベントは一週間前に終わったと思うんだけど」
「うん、昨日思い出してさ」
「そもそも間違ってる!お菓子やるから悪戯させろなんて聞いたことないし!」
「元気だね」


まさかの切り返しになんだかどうでもよくなって再び机にべたりと張り付くと、そこはとても冷たくて思わずぶるりと震えた。彼女が笑ったのが空気でわかる。


「寒いねー」
「……寒いね」
「なに、すねてるの?」
「拗ねてない」
「ふうん」
「…何だよォ」
「仲沢は可愛いなあって」
「うれしくないし」


そんな仲沢にはいいものあげようね。そう言われ机のうえ(そして俺の目の前)に、おばけカボチャの玩具がひとつ乗せられた。にんまり悪い顔で笑うそいつはなんだか俺を馬鹿にしているような気がしてならない。む。カボチャには負けんぞ。


「昨日見かけてさ、可愛いからつい買っちゃった」
「安くなってたんだろー」
「あたり。中にお菓子が入ってるんだって。一緒にたべよう」
「後で悪戯しないなら」


隣の席の椅子に座っている彼女のひざ小僧を見つめながらそう言えば、小さな舌打ちが返ってきた。残念でした。


「女子って大変だねェ脚寒そう」
「仲沢おっさんみたいだよ。そろそろタイツ履くべきかな、やっぱ」
「うんーでもそのままのが可愛いとおもう。膝とか」
「ちょ、膝って…膝フェチ?」
「膝フェチ」
「言い切りおった!」


けらけらと笑う彼女につられて、ゆるゆる笑う。へんたい、なんて聞こえたのは気のせいだということにしてあげよう。誕生日を忘れられていたというのに、今はなんだか気分が良いから。寒いのに暖かくて幸せだなあなんて思っていると隣からくしゃみが聞こえた。窓からは冷たい風が吹き込んでいる。


「あー明日からタイツ履いてこよ」
「大丈夫?膝かけ代わりに上着貸そっか?」
「ありがとー。でも仲沢寒くない?」
「さむい。けどセーターあるから平気、だけど心が寒い」
「膝が見えなくなるから?」
「ばか」


ブレザーを脱いで膝にかけてやると、彼女がくすりと笑う。「うれしい」彼女の口から零れ落ちた一言の破壊力っていったらもうこれ以上ない、きっと。


「仲沢さん仲沢さん、お誕生日おめでとう」
「……ありがと。あのさァ言うの遅くない?」
「そ?あとねその袋の中にマフラーはいってるから今日からぬくぬくだよ」
「……ああもう」



それは。冬のにおいが好きだ、とか、冬のにおいについてとかそんなことよりもずっと簡単だけどすごく大切なことなのかもしれない。



ばかばかしいものがえらい






20101107 shio