ETUのクラブハウスからほど近い、こじんまりとしたレストラン。そこがわたしたちの、いわゆる行きつけのお店だった。わたしたち、といっしょくたにされるのは彼の本意ではないかもしれないけれど、緑川さんが練習を終えるとわたしもそこへ行くし、わたしが席に座っているといつの間にか彼が隣に腰かけていた。かといって特に示し合わせていたわけではない。ましてや恋人同士というわけでもない、ただの顔見知り程度の関係。
もっともわたしはこの人に惹かれてやまないのだけれど、緑川さんが有名なサッカー選手だからだとか、そういう理由で好きになったんじゃないかと思われるのが嫌で、この気持ちはひた隠しにしてきた。彼がわたしのことをどう思っているのかなんて今更怖くて訊けやしない。


「―名前ちゃん?」

今日も隣には緑川さんがいる。しかし気がつけば彼の話を聞きながら呆けていたようで、どうかしたのかと訝しげに顔を覗き込まれていた。

「眠いのか?」
「まさか、まだそんな時間じゃ―」

またそんな冗談を、なんて笑いながらチラリと腕時計を見れば、わたしの予想に反して短針はてっぺんをとうに回っていた。

「もうこんな時間?!」
「やっぱり気づいてなかったのか」

わかっていたのなら時間を知らせてほしかった、なんて思うのは身勝手だろうか。特に予定があるわけではないから急いで帰る必要はない。けれど終電は既に出てしまった。迎えに来てくれるような人もいないし、今夜はタクシーで帰ることになりそうだ。想定外の出費にがっくりと肩を落とした、そんな時。

「俺の部屋に来るか?」

不意に投げかけられたその言葉に、今のは緑川さんが言ったのだろうかと思わず彼の顔を凝視してしまった。まばたきも忘れてじっと固まるわたしに、緑川さんは気まずそうな表情で頬を掻いた。

「もちろんそういう意味でだけど。触るなと言われたらまあ、努力はする」

そうして途端にいたずらっぽく微笑む彼に、もしかしたらという疑念が湧く。それは言い替えれば期待ということになるのだけれど。

「み、緑川さん」
「ん?」

好きですもっとお近づきになりたいあなたの部屋にだって行きたいんです今すぐに!なんて、そんな思いはあるけれど、どうしても怖いと感じてしまう。わたしがいくら緑川さんを好きで、いくらわたしが彼を求めても、本人がどんな気持ちで誘ってくれているのかわたしにはわからないのだから。
そんな迷いが態度に出たのだろうか、緑川さんは困ったように笑った。

「あのな、俺は別にこの店が好きで通い詰めてたわけじゃないんだ」

俺の目当ては君だよ、と爽やかに微笑まれれば、わたしの迷いはいとも簡単に吹き飛ばされる。今は先の発言を聞きつけた耳聡い店員の睨みだって気にならなかった。




故意の行為




終電のこと黙っててごめんな、なんていたずらっぽく微笑む彼はただ一人の男でしかなく。わたしはあなたが好きなのだと口に出さずにはいられなかった。
END
:110505


≪故意の行為≫
なもみ:みやま


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