シャツを引っ張る感覚がしたので、振り返ってみるとフェンス越しに彼女が座りこんでいた。彼女とは年齢的にも離れているはずなのに、考えていることがよくわからない。何を考えているかわからない瞳で俺を見上げて問うてきた。

「骨を折るってどんな感じ?」
「なんだ、折ったこと無いのか?」
「うん」
「そうだな…このスポーツ紙だと、階段から落ちたような感じらしいぞ」

手元の新聞を指差して見せてやる。今季絶望と言う字をスポーツ紙は『階段から落ちた』と比喩表現をしていて、オブラートに包んだこの言葉は悩んだ末に書いたものだろう。書かれた本人としては座布団を一枚やりたい気持ちだ。
俺はそんなことはないが、と続けようとしたが彼女の姿は目を離したすきに消えていた。一体何だったのか、よくわからない。いつもの事だったので特に気にも止めず、練習へと視線を戻した。



帰り際、医務室に用事があり訪ねると、丸い椅子にちょこんと座る彼女の姿が。近づくと、さっき見た姿とは打って変わって痣だらけになっていて、ちょうど湿布を貼られていた。

「どうしたんだ」
「…」
「この子、階段の下で倒れてたのよ」

湿布を貼りながら呆れ声をかけられているのに、黙ったままうつむく。

「倒れてたって…大丈夫なんですか」
「一応、明日病院に行ってもらうわ…あぁ書類、今取ってくるわね」

女医が書類を取りに行ったので彼女の隣の椅子へ腰掛けて顔を覗く。前髪をよけて表情を見ると悪戯をして怒られた子供の様に歪めていた。

「どうしたんだ」

髪の毛を耳にかけてやり頭を撫でてやると、彼女はようやく喋り出した。

「だって、ドリさんが」
「俺が?」
「 ふつうに、してる、から 痛いとか、つらいとか、言わな、い、から ドリさんの気持ち、知り た、かったんだもん、」

言葉と涙がボロボロと零れて、儚げに落下していく。遠回りではあるけれど、彼女なりに理解しようとしていたらしい。恐らく階段の下で倒れていたというのは、階段から落ちると言った俺のせいだ。

「馬鹿だな」

「俺はいいんだよ」

彼女の頭を引き寄せて、目を瞑る。

「ありがとな、」

静かに泣いていた彼女が封を切ったように泣き出した。不謹慎だが泣き声が心地よくて、柔らかな気持ちが押し寄せた。




階段から落ちる




≪階段から落ちる≫
葬送:五十嵐さま


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