「ヅラァ!」

ちょうど良かったアルこっちくるヨロシ、と声がして、志村家の窓から見知った少女に手招きをされた。
年季の入った日本家屋からはほのかに甘い匂いと、なんかこう・・・消し炭と木炭と石炭と、その他この世のありとあらゆる災厄を詰め込んだような匂いがしている。入るな死にたいのか、と脳内で警告音が鳴り響いていたが、リーダーに呼ばれてしまっては入らないワケにはいくまい。

たのもう、と玄関を開ければ匂いは更に強くなった。警告音が最大音量になる台所から白い手が伸びていて、こっちヨと恐ろしいことを言う。

「どうしたリーダー」
「アネゴとワタシからのバレンタインチョコヨ!有難く受け取るヨロシ」

ピンク色の可愛らしいラッピングのそれを手渡されて、やっと今日がバレンタインデーだと気がついた。晴れ晴れとした顔をして、にっこりと笑っているリーダーとお妙殿が微笑ましい。まだ銀ちゃん達にも渡してないアル、ヅラが一番乗りヨ!と弾けるような笑顔を向けてくれるリーダーを見てしまっては、もう中身など何であれ構わないと思う。かたじけない、とはにかんで有難く戴いた。甘いものなど普段は食べないが、やはりこんな日にチョコレートを貰うのは満更悪い気もしない。日頃から付き合いのある気心知れた少女たちなら尚更だ。

「ありがとう。何を作ったんだ?」
「トリュフアル。丸めるのムズカシかったけどキレイに出来たネ!」
「そうね。でもどうしましょ、これ」

手際よく片付けを始めていたお妙殿が眉を寄せて大皿を抱えた。そこに並んでいたのはかろうじて丸い、ような気がする、何やら黒いもの。直感でこれはヤバいと告げているそれは、恐らく先程から漂っているこの匂いの発生源だ。ということは、この袋の中は甘くて美味しいトリュフチョコレートのほう、なのだろうか。
ふと机を見ればラッピングは4つ。新八くんと銀時と、九兵衛殿と・・・近藤か?最後はちょっと怪しいが、バレンタインデーに微笑むであろう男たち(一部女性)の顔が浮かんでは消える。もうラッピングが済んでいるということは、これは失敗作か。

「失敗しちゃって、やっぱり捨てるしかないかしら」
「ふむ・・・お妙殿、ソレ貰っていっても構わないだろうか」
「え?ええ、そうしてくれたら助かります。でもちょっと不格好で恥ずかしいわ」
「大丈夫だ。ちょっと心当たりがあるので配ってこよう」

ざららっ、とトリュフらしからぬ音を立ててそれらは無造作にポリ袋に詰められた。
しゅうしゅうと不思議な音をさせているそれを片手に、バレンタインの礼を言って玄関を出ようとしたら、リーダーが小走りで駆け寄ってくる。

「ヅラ、それドコに配るアルか」
「うん?・・・秘密だ」
「ふうん・・・・・・まあ、ヅラならいっか」

ニヤリ、と邪悪な笑みを浮かべたのに心当たりを悟ったのか、リーダーは一声かけたきりで大人しくお妙殿のころへ戻っていった。うーさむさむっ、と言ってガラリと引き戸が閉まる。
俺ならいい、とはどういう意味だろう。色々と可能性を考えてみるが、割と悲しい可能性がいくつも過ったので素直に俺を信頼して任せてくれているのだと思うことにした。

さて。
どうしようかポストに投げ入れておくのもいいけれど、と考えを巡らせながら通りを歩いていたら、心当たりは向こうからやってきた。俺にわざわざ知らせているのかと笑ってしまうほど、まだまだ開いた距離のまま大声で俺のことを呼んでいる。今日は土方と沖田か。近藤がいれば食べさせ甲斐があったのに残念だと思いながら、遠くから走ってくる黒い影に悪戯心が浮き立つ。

「かーつらァァアアア!!」

ばふん!

土方の声に応えるように沖田のバズーカが鳴った。慣れたものとばかりにひょいっと躱して、一定距離を開けて走っていく。何町も走ったらそのたびに散っていた隊士たちが合流してきて、一部隊くらいの数になっていた。
1匹いたら30匹、っていうけどな。黒いし。
生命力も抜群に強いから、まあ死ぬことはあるまいと振り向き様に先ほどのトリュフのようなものをいくつか投げつけた。食べ物(だったもの)を粗末にしてはいけないからな。できるだけわあわあ叫んでいる、その口元を狙って。
ウッとかぐっ!とか後ろのほうで響いてきて、田中ァァアア!とか佐藤ォォオオ!とか野太い悲鳴が2月の冷たい風に流されていった。次々に倒れていく同僚に怯んだ隊士の足が逃げる俺との距離を開けていく。黒いソレをキャッチして、追いかける足を止めないのはやはり土方と沖田だけだった。

「野郎、生物兵器か!?」
「わかってねーな土方さん。今日はバレンタインデーですぜ・・・ぐっ!」
「総悟!?自分から食う奴があるか馬鹿!!」
「俺もダテに宇宙毒物劇物取扱免許持ってるワケじゃねェんで・・・毒かそうじゃねーかはちょいと舐めりゃわかります。これァ極めたダークマターだが毒じゃねェ・・・ダークマターです」
「ダークマターなんだろーがァァアアア!!」
「毒じゃねェっつってんだろィ。粗末しねーで食いやがれ土方ァァア!!」
「ぐッッッ!」

走りながら、後ろで何やら喚いている。ちょっと振り返って見てみたら沖田が土方の口にトリュフ(だったもの)を突っ込んでいて、土方が膝から崩れ落ちた。
いつも思うが、あの男容赦ない。いくら何でももうちょっとやりようがあるのではないかと、敵ながら心配する。味方だろう貴様ら。土方の逞しい生命力を鍛えているのは、そういう意味では誰よりも沖田なのかもしれないが。
逃亡用の車の近くまで来たし、そろそろ撒くかと距離を開けた。車に飛び移りやすいようにきゅっと止まれば沖田も足を止めた。俺の手の中のトリュフ(過去)に視線をやったままで。

「ポイズンクッキングの才能まであるたァ知りませんでしたねィ」
「なに、作ったのは可憐な美少女だ。むさくるしい貴様らにはいいバレンタインデーになったろうが」
「そいつァお気遣いどうも。でも俺ァ義理チョコ不要論者なんで、本命チョコだけでいーです」
「身の丈に合わん主義はやめることだな。コレで満足しなさい」
「希望は胸いっぱい抱えていたいお年頃なんでさァ。チョコじゃなくてもいいんですぜ、その腕でも足でも首でも」
「ふん、ホワイトデーに3倍返しができるのか?」
「1本につき3本かィ、両手両足揃っていい具合じゃねーか」
「貴様ホワイトデー分かってないだろう」

俺を見つけた党員が車にエンジンをかける。それを横目で確認して、砲丸投げの要領で沖田に向かってポリ袋を投げつけた。随分かさが減って軽くなっていたから届かないかもしれないと思ったそれは、意外にも沖田が手を伸ばして掴んだのでなんとかあちら側に届いたようだ。
沖田が俺に向かって足を踏み込むまでに0.7秒。それだけあれば十分だ。俺は両足を思いきり踏み込んで跳ねあがり、走ってきた車のボンネットに飛び乗った。

「ふははははハッピーバレンタイン!」

沖田が遠くなっていくのを見送り、一仕事終えた気分になっている。いいことをした。お妙殿はトリュフ(過去)を捨てずに済んだし、男所帯はバレンタインデーに美少女の手作りチョコ(過去)をゲットできたし、俺は真選組を撒けた。我ながら近年稀にみるベターマッチングだ。
これで来月はお妙殿のところに礼が来ればよいのだが、そういえば宛先を告げるのを忘れていたな。
沖田に投げつけたアレは、まさか俺からだと思われてはおるまいが。

「・・・義理チョコなんだったらいらねーっつったろィ」

かさ、とピンクのラッピングを開けたらふわっと甘い匂いがして、可愛らしいチョコレートが顔を覗かせた。口に入れれば思わず口角の上がる甘みが口いっぱいに広がっていく。
これと較べれば、確かにアレは失敗作だったな。
宇宙のありとあらゆる毒物劇物が、いま沖田の頭を占めていないことを願う。





【バレンタイン・ボンボン】























































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