クリスマスと違って、年越しは地味だと神楽がぼやいた。

「地味かな?いつも大掃除で慌ただしくしてるから気にもしなかったけど・・・」
「お正月はいいネ。鏡も開くし獅子舞も舞うヨ。でも年越しは鐘が鳴るだけでつまんない」
「リーダー、あれは除夜の鐘といってな、この日につく鐘には心の汚れや迷いを打ち消す力があると信じられてきたのだ。だからこそ静かな心をもって・・・」

外は小雪がちらついて、窓ガラスに露を付けている。
コタツの一辺を大きな定春が占領しているせいで、また家主が早々に腰まで浸かって寝入ってしまったせいで、3人は小さなコタツの二辺を慎ましく分け合っていた。
新八が淹れてくれた茶に喉を温められながら、桂がせっせとミカンをむいている。むいたそばから神楽がひょいひょいと口に入れていくものだから桂の手はすっかりミカン色で、けれどそれを別段不満とも思わないそぶりでまた新しいミカンに爪を立てた。それを見ながら、新八も何となく山のように積まれたミカンに手を伸ばす。

「ヅラァ、そういう御託はヨロシ。ワタシはもっとどばばばん!と派手なのがイイヨ」
「うむ。異国では花火などを打ち鳴らして賑やかにするところもあるというが」
「それいいアルな!ヅラ、でっかいの作ってヨ」
「しかしリーダー、俺に花火作りの技術は」
「爆弾作れるなら花火もいっしょヨ。この際多少不格好でもいいネ」
「ちょっ、ちょっと神楽ちゃん!?ダメだからね!桂さん!ダメですからね!!」

爆弾魔唆されてはシャレにならない。桂は神楽に押し切られながらもすっかり乗り気で、色は何色にしようかなどと算段に入っている。赤いのがいい、ウサギの形にしてヨ、と神楽はまるでリンゴをむいてもらうように無邪気なリクエストをしながら桂のむいたミカンを躊躇いなく頬張る。
児戯のようなじゃれあい。まさか本当にやるとは思わないけれど、桂は神楽にめっぽう甘くて、この人なら本当にやるかもしれないと新八は内心冷や汗をかいた。しかも新八くんは何色がいいなどと言って巻き込もうとするのだから性質が悪い。なまじ爆弾のような花火ひとつ、簡単に作ってしまいそうなのだからなお悪い。

赤いウサギの花火、周りには金色の花火が散るようにして、横にメガネと木刀の花火も入れてみようか?と話が膨らむだけ膨らんだところで、神楽はコタツの引力に抗えなくなったようで、うとうとした目を閉じると同時に畳に向かって大の字に倒れこんでしまった。
同じくして新八も机に突っ伏すようにして意識を手放した。人の体温とコタツと茶とでゆっくり暖かくなってきた室内は、背中が若干涼しくたって十分に寝てしまう。桂は、神楽の腹の上までコタツ布団を引き上げてやり、また化粧箪笥の中から銀時の羽織を引っ張り出して新八の背にかけてやった。そして寸の間何か考えるそぶりをして、またコタツに戻っていく。

「・・・塩化ストロンチウム・・・」
「・・・オマエ本気で作る気なの」
「なんだ銀時、起きてたのか」

そりゃ耳元であんだけ物騒な話されりゃな、と、銀時は寝返りをうった。

「どうせ起きたら忘れてるっつーの」
「銀時、俺は彼らの望むことはできるだけしてやりたいのだ。無論できぬこともあるが」
「パトロン願望?オマエ自分がパトロンいっぱいつけといて・・・落語じゃねーんだぞ」
「・・・彼らは大きくなった」

健やかな寝息をたてだした神楽を桂はちらりと見やり、むきかけのミカンにまた手を伸ばした。コタツの角の向こう、腕を少し伸ばせば届いてしまう距離で寝ころんでいた銀時の口元に一房持っていけば、銀時はさも当然のように口を開ける。

「銀時、リーダーと新八くんが修行をしたいと言ってきた日のことを憶えているか」
「あ?あーアレだろ、オマエがドラゴンボーズの真似したせいでバレたやつたろ」
「バレたとか言うな。大体お前がツッコミいれなければバレなかった」
「イヤ言ってんじゃねーか」
「あの時お前の隣で闘いたがった2人は強くなった。もう十分にお前を助けてやれる」
「・・・頼んだ覚えはねーけどな」

銀時の口元にミカンを運ぶ桂の指先は黄色くて、ミカンの皮の香りが染みていた。それで間違ったのだとでもいうように銀時が桂の人差し指に軽く歯を立てれば、こら、と怒ってもいないような桂の声が降ってくる。

「子らの成長は早いものだ。すぐにお前が背負われるようになるぞ」
「そーなったら叩き出すわ。いつまでウチにいる気なんだよ」
「うん。そう遠くもなくあの子らは巣立つだろう」
「・・・ナニ、寂しいの?」
「まあな」

ちら、と見上げた銀時の紅い目に迎えられて、桂は少し困ったように眉を下げて微笑った。
寂しい、なんて、誰よりも思うのは銀時のはずで、その銀時を前にして自分が寂しいなんて言うのは少し気が引ける。そう思っているのだろうなと銀時は桂の表情から予想をつけた。
こいつのこういうところが昔から良く分からない、と銀時は思う。苦しいとか寂しいなんて誰かと比較して感じていいか決まるものじゃなくて、自分がそう感じたかに尽きるものだ。桂は誰かが悲しいとか寂しいとか言うときは受け止めようとする癖に、自分の心の動きばかりそうやって制限しようとする。
口に放られたミカンの筋が銀時の舌に絡んだ。

「そーやって構い倒してっと余計寂しくなるんじゃねーの」
「いいや。一生分愛しきったと思えばこそ、未練なく送り出せるだろう」

そうやって桂は優しげに目を細めた。

「・・・未練ね」

こんな目をする奴だったかと思う。
愛しているとか、お前が大事だなんて、互いに言えるようなタマじゃなかった筈だ。けれど銀時がまだその意地っ張りを通しているうちに、桂は聞けば何の衒いもなく愛しているよとキスをしてくれそうですらある。
未練なく愛しきったと思えるように。一生分愛したことが伝わるように。たとえ明日、もう一生会えなくなっても後悔しないように。
桂がいつからそんな愛し方をしなければならなくなったのか、銀時は知らない。知らないけれど、どうも自分は知っているんじゃないかという気が拭えなくて、銀時は桂に背を向けるようにまた寝返りをうった。

「銀時?いらんのか」
「んー・・・もーいいわ、これ以上食うとオシッコ黄色くなりそうだし」
「もともと黄色いんだからそう変わらんだろ」

ゴミ箱から溢れそうなミカンの皮は、桂がもうひとつ放ったせいでいくつか落ちた。それを拾いなおしている気配を頭の向こうで感じながら、銀時はぼんやりと畳の目を眺めている。
桂はひとつだけミカンを自分で食べたあと、脱いでいた羽織に袖を通した。

「そろそろお暇する。銀時、このまま寝るなよ。子供らもな。風邪をひくぞ」
「ヅラァ」
「ヅラじゃない桂だ」
「その爆弾いつできるって?」
「爆弾じゃない花火だ。そうだな、大晦日には間に合わせんとな」
「じゃァ大晦日に必ず持ってこいよ。んで正月は餅つき手伝え。2月は豆まきの鬼やれよ。桜が咲いたら花見に行くから酒持ってこい。夏はまた花火作れ。秋はたき火するから芋持ってこい。クリスマスはオマエもサンタだかんな。また次の大晦日は・・・」
「銀時、それは」
「できないとは言わさねー」

約束があれば未練もわくだろ。楽しみがあれば会いたくなるだろ。
桂の言いたいことは分からないでもない。けれど桂には未練タラタラでいてほしい。
自分が置いていった癖に、そんなことを望むのだから桂の目を見る度胸などなくて、けれど別れの準備のように口に運ばれる愛情の蜜を食べる気にもなれないまま背を向けた。
桂の愛し方とは違うけれど、これだってひとつの答えのはずだ。
背中越しの気配は一瞬だけ逡巡して、根負けしたようにふっと笑った。

「・・・・・・あいわかった」

・・・ような、泣きそうだったような、背を向けていた銀時にはどちらか区別が付かなかったけれど。

パタン、と襖の閉まる音がした。暖かい部屋から小雪のちらつく外へ、躊躇いなく引き戸を開けて出ていく音も。
きっと大晦日には、綺麗な赤い未練の花が咲くだろう。








【little C's poem】
















































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