足に力を入れたら、ぎっ、と軋む音がして、古い木の梯子は降りかかるように傾いた。
おっと、と重心をかけたらゆっくりと逆向きにカーブして、ガコン!と屋根瓦にぶつかる。ちらちらと昨夜の小雪の名残が舞い落ちる。
屋根の上の気配が振り向いた。


「寒ぃ」

足袋が踏む屋根瓦の固さから冷たさも伝わるようだ。夜明けを控えて、水深を浅くしたような東雲の空。火星、金星、あるいは名もない星々のきらめきが砂糖のようにじわりと溶けていく。
夜明けに取り残されたような真夜中色の髪を靡かせて、振り向いた根雪の頬は、空に染まって青白く浮かんだ。

「銀時か」
「見張り、交代」

そう言って腰を下ろしたのに、隣の気配は動かない。
ただ、銀時のために羽織っていた藍の外套を脱いでその肩にかけてくれた。
ざぁ、と風が屋根の小雪をさらっていく。
くぁ、と隣の男が小さな欠伸をする。

「おいヅラ、交代っつってんだろ。どけよ」
「いるぶんにはいいだろう。夜が長くて飽きていたんだ、朝日くらい見ておこうと思って」
「寝れる時間惜しんでわざわざ太陽見る気が知れねー」
「どうせ今からじゃロクに寝られもせんさ」

わざとらしく眉をしかめて嫌そうな顔をしておきながら、銀時は桂を抱き寄せて肩にかけられた外套を半分かけてやった。桂は驚いたような顔もせず、唇の端だけで少し笑って、二人分の暖かさにくるまっている。
静寂が沈んでいく。
眼下で、薄く幕を下ろしたような粉雪が風に流されて揺蕩う。まるで白い砂漠の真ん中に二人、ぽっかりと取り残されたようだ。
もう何百年も前に、世界は滅びて、白い砂に流されてしまったのを見ているようだ。

「ん?寒いか」
「んー・・・」

すり、と桂の肩に頬を寄せたら、外套を銀時に寄せるように近づいてくれた。

(いっそ本当に、)

世界が終わってしまった後だったら。
銀時は額の触れそうな距離の桂に、そのまま唇を寄せた。
水を掬って飲むような柔らかなキス。桂が目を閉じた。
明けの空から光が差して、砂漠は白金のきらめきに踊る。氷の礫がプリズムを散らし、ここは紛うかたなき天国だった。
羽根の降るような口づけの間、ひた隠しにするように二人とも声をころしている。
少しでも声を出したら、薄氷を破るようにどろりとしたものに押しつぶされてしまいそうだ。
その薄い硝子の向こうは、赤黒い肉塊の転がる岩場だ。昨日までそこにいた、そしてまた今日もそうなるであろう場所だ。どくどくと鮮血を噴き出して、今まさに息絶えようとしている敵の頭を踏みつけて次の敵の内臓を抉った。足元で惨たらしく転がる肢体。
今日、銀時がこうならないとは限らない。明日、桂がこうならない保証もない。

(何してんだろ)

身体はぼろぼろで、とにかく睡眠を欲していて、気を抜いたら死んでしまう。守りたいものは仲間の命で、自分の命で、欲しいものは武器で食糧で寝床だ。
こんなときにこんなことをしたって、何ひとつ手に入らない。
死地の絶壁に立たされて、女を抱くならまだしも。同じようにボロきれのようになった桂と、なぜ、ただ羽の触れ合うようなキスばかりしているのだろう。これ以上なく、不毛で、不合理だ。
ただ、その答えを教えてもらうように、ぼろぼろどうしで触れ合っている。くちびるの奥に、さまよう言葉で生かされているというように。

明けの空は雪の荒野に金色の霞をかけて、幻の砂漠を見せる。
ヒュゥと風が鳴いたのが歌声に聞こえた。
縋るように、探すように、羽をふるわせるようなキスをして。優しいだけの、他に何も残らないように。
息づかいさえひそめたまま、何百年も前に終わった世界に取り残されて、黄金の雪の砂漠に二人して寄り添っている。頬を寄せた銀時の口元で、桂が少しだけ微笑んでいる。
昇る朝日に照らされて、青い影がふたつ伸びた。

(いっそ本当に、)

世界が終ってしまったあとだったら。
このキスのあとに、言える言葉があるのだろうか。









【ラストハネムーン】







































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