これは恋ではないかもしれない。
けれど愛ではあるだろう。


【CAN’T BE LOVEを歌う男】


「坂本、帰ってたのか」
「おおヅラじゃながか!いやー今日はまっことツイちょるぜよ!」

燃料補給がてら船員に暫し休息をとらせ、オネーチャンと遊び、おりょうちゃんにフられ、銀時に絡み、久々の地球を満喫していた。地球に来たからといって住所不定のこの男とは滅多に会えたためしがないのだが、今日の運勢は上々らしい。
パチンコ屋の前を歩いていたらゆるキャラのような着ぐるみが寄ってきて袖を引いたのだ。パチンコはやらないと言ったら知っていると応えて、カポッと脱いだ着ぐるみの首からラッキーの象徴が綺麗な顔を覗かせた。
久々じゃあ今夜は呑むじゃろ?と慣れた様子で誘いをかけたら見慣れた微笑でああと言ってくれた。見慣れた、といってもそんなにずっと一緒にいたわけではないのだが、この難しい顔を笑顔に変えてみせるのは自分の得意としていた大事な役割だったので、よく憶えている。
急いで馴染みの店に予約の電話をかけて、桂のバイトが終わるまで散歩をして待っていた。

今夜は銀時に声をかけなかった。勿論会えば飲みたい相手であることには違いないのだが、何しろ彼はこちらが桂と仲良くするとすぐにつまらぬ牽制をかけようとするし、彼は会おうと思えば会える距離にいるのだから今日くらいは自分が桂を独占してもバチは当たらないだろうと思ったのだ。だって一応固定の住所のある彼を訪ねてヅラはと聞いても、さあとしか返ってきたためしがないのだが、最近コイツは桂の電話番号を知っていることを知ったので。家移りに伴ってコロコロ変わる電話番号を、いちいち教えてもらえるほど近所にいない自分を知ってか知らずか、それはもう、バチ当たりは銀時のほうだ。
同じ地球(ほし)ば生まれるだけでミラクル・ロマンスというろう、同じ江戸でしょっちゅう会えるらぁスーパーミラクルじゃいうにそげなことをしゆう。月に代わってお仕置きじゃ。

時間になったので席で待っていたら、ほどなくして菅笠を目深に被って僧侶の変装をした桂が現れた。

「おおー・・・懐かしいのお」
「待たせたな」

橋の袂で僧侶の変装をしている桂を見とめて、声をかけた日を思い出していた。
桂は江戸に入ったばかりだという。気を張って、僧侶にあるまじき眼光をしていた。
こちらを見て驚いたように目を見張り、懐かしいなという割に緊張の解けない顔はそのまま自分が去っていくまで変わらなかった。あのとき、大義のためとはいえあの戦場に桂を残してきたことを少しだけ後悔した。
だから蓮蓬を地球に送り届けたとき、一体を桂のもとに連れて行ったのだ。まさかあんなことになるとは、あのときは思っていなかったが。

「どうした」
「いやあ、・・・酒でえいがか」
「ああ」

菅笠を脱いで髪を解いた桂は同じ僧侶の恰好をしているのに、今日のほうが似あっている気がした。たぶん、あのぴりぴりした雰囲気が消えているからだ。木蓮のような柔らかなクリーム色の肌に、薄紅色の唇がふっくらと弧を描く。

「エリザベスは今日はおらんがか」
「ああ。花金だからな、ナースのカノジョとデートだ」
「アッハッハーやるのう!先を越されちょるぜよヅラァ」
「ふん。お前もだろう」
「ワシゃ花金にヅラとデートじゃき、リア充じゃあ」
「何だと!じゃあ俺だってリア充ではないか」

真っ白で大きなそれを見たとき、桂は珍しくぽっかりと口を開けたままにしていた。
プレゼントじゃと言って胴体部分に巻き付けていた黄色いリボンを解いたとき、桂は戸惑ったような目をして、坂本。困る。と言ったのだ。

『困る。こんな・・・生き物ではないか』
『これで意外と走れる奴じゃき心配せんでええ。口はきけんが文字ば教えりゃ会話もできるろう』
『そうではなくて』
『ヅラ、これはきっとおまんに必要じゃ』
『・・・これがか』
『そうじゃ。・・・すまんかった、泣かせに来るのが遅うなった』

桂は見開いていた目を一瞬だけくしゃっとさせて、それからぼろぼろ泣き出した。
腕にしがみつくようにして声をあげて泣く桂を胸に押し付けて、頭を抱え込んで髪を梳いてやった。戦争に出ていたときから桂は冷静に隊をまとめ上げていて、人前で泣き顔など見せなかったが、自分の前でだけはよく泣いた。気心の知れた幼馴染たちの前でそれをしなかったのは長い付き合いゆえの気恥ずかしさか、桂が彼らの精神状態を気に掛ける側だったからかは知れない。楽天的な自分ならまだ余裕があるとふんだのか、とにかくあの頃から自分の隠れた役目は桂を泣かせて、そのあと笑わせることだった。
子供のように桂は泣いて、その間も蓮蓬は静かにそれを見つめていた。

暫くして、やっと泣き止んだ桂は自分の差し出した水を飲んで、それからやっと蓮蓬に目を向けた。白い体は桂が落ち着くだろうと思って。顔はカワイイもの好きの桂好みだと思って。べらべら喋れない寡黙さは、今の桂にはそのほうが泣きやすいだろうと思って。
あの頃のように、傍で泣かせてはやれないから。

『坂本』
『なんじゃ』
『・・・この生き物・・・よく見るとけっこうカワイイな』
『じゃろ?』

にかっと笑った自分の顔を見て、桂もあの頃のように泣き腫らした顔で微笑んだ。
そのときの微笑みで、いま桂は向かいで酒を飲んでいる。やはり、あの時の選択は間違っていなかった。きっとそれは桂がエリザベスと名付けた白い生き物のおかげだけではないだろうが、その一助になったのならそれでいいのだ。
桂が笑っているのはいい。安心したような微笑を向けられると、甘い気持ちで一杯になる。
坂本、と自分を呼んで笑う桂の微笑を初めて見た日から、自分の甘味摂取量は減った。以前はそれこそ銀時に劣らぬほど好きだったのだが。宇宙に出ても、この微笑みを思い出せばチョコレートなぞ欲しくなかった。

「どうした坂本。さっきからニヤニヤと」
「おおワシはニヤニヤしちょったか。ヅラと二人で飲むちゅーのも久しぶりやき、浮かれちゅう」
「・・・銀時もそのくらいのことがサラッと言えれば女子にモテたやもしれんなぁ」
「ワシの前で他の男の話とはええ度胸じゃ、ホレ」
「あっコラもう注ぐな!ちょっちょっ・・・お前表面張力ギリギリ上手いな・・・」

こんなに甘い気持ちは恋なのかと思ったこともある。
けれど恋とはこんなに綺麗なものではないだろう。もっとこう、真心と下心が渦巻いてどろどろとした・・・それこそ銀時が桂に向けているような。まあそりゃ自分も、桂とイイコトできるんなら諸手を挙げて歓迎するし、桂が望むなら銀時とタイマンも張ってやるけども。いやだけど、でもね?

「今夜多少の無礼は許しとおせ。浮かれちゅう・・・」
「馬鹿者。こんなもの無礼に入るか」


恋というには甘すぎるが、愛というにはちょうどいい。
いずれにせよ、その微笑みを見ているのが好きなんだ。


























































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