ひやりとした壁に張り付いて息を殺している。
大勢で囲むのは一見効果的だが気配を気取られる恐れが大きい。それに多けりゃいいってモンでもないのだ。あいつは大勢を撒くのは慣れているから。だから今夜は1人で来たんだ。
暗闇のなかで、気配を消して様子をうかがっている。部屋の明かりは点いていて、何か動く気配はするのだが、桂なのかは分からない。声は、聞こえない。
桂の隠れ家を突き止めたので踏み込みに行くのだ。寝入っているときがいいのだが、まだ少し早いか。追われる身に昼も夜もないので、桂の就寝のタイミングはよくわからない。
ちら、と連絡用の携帯電話で時間を確認する。午後10時。土曜の夜のこんな時間は、一般的には就寝にはまだ早いが。

『・・・でしたー。さて、10時になりましたここからは花束のように歌を贈ろうミュージック・リザーブのお時間。お相手は引き続きわたくしKANRININがお送りいたします。
このコーナーではリクエスト・ソングをあなたとあなたの大事な人のためにリザーブ。毎週10時から11時のこのお時間に心を込めてお贈りします。
ご希望の方はお名前ご記入のうえ、お相手のお名前とメッセージを添えて番組までお送りくださいね。あなたとお相手とのエピソードなどもお待ちしております。お名前はお互いがわかるようなラジオネームでも結構ですよー。
さて今週のミュージック・リザーブは武州横濱のラジオネーム土桂一線越えろさんから・・・』

多分いま、街のどこかでラジオが流れているだろう。以前、ふと気まぐれで土曜の夜にラジオなんてつけたら何やらハートフルなコーナーをやっていた。
曲を贈るなんて、まあ若い男女の惚れた腫れたばかりだろうと思っていたのだが、意外とそうでもないらしい。何だ、結構ロマンチストな奴らは多いんだな。たまに届かなくていいんだけどと自分を慰めるようなリザーブもある。
書類仕事をしながら聞き流していた傍ら、甘い声で女が歌っていた。意中の男をデートに誘うその歌は、ああしたいわこうしたいわ、あそこに行きましょう・・・と幸せそうに語り掛けてきた。まあ、いつかあなたに告白できたらね、というオチだったのだが。
告白してフられる可能性をひとかけらも述べていないあたり、若い女は最強だ。告白などしようもなければ受け入れられることもありえない男とはワケが違う。
ああしたいこうしたい、あそこへ行こう・・・。
この不毛な恋に両足をやられて動けなくなってから、妄想ばかり逞しくなって困る。
特に月夜に靡く髪を追っているときなんか、世界にふたりだけでいるような気でいるのだ。なあいい加減疲れないか、と声をかけたら足を止めて振り向いて、そうだななんて笑ってくれるんじゃないかと思うくらいに。
ほんとうは、全力疾走で追いかけっこなんて若者向けのデートコースなんかじゃなくて、隣に並んでゆっくり歩きたいんだよ俺は。こう、手とか、繋いで。
振り下ろす刀は、愚かな妄想ごとあいつを切り捨てるために。


『今週のミュージック・リザーブは住所秘密のラジオネームマヨラ13さんから、住所不定のテロリストさんへ・・・ラジオネームですよねー?えーとメッセージは、

「アンタが聴いてないと思ってこんなフザケたことをする。だがもし偶然聴いているようなことがあれば、今夜限りと忘れてくれ」

・・・なんだか道ならぬ恋みたいですねー。
ではマヨラ13さんからテロリストさんへ、ミュージック・リザーブはスキマスイッチで【藍】。』

ふっと部屋の電気が消え、気配が動いた。ガラッと勢いよく窓の滑る音がしたが、閉めたのか開けたのか分からない。
気づかれたか!?
意を決して扉を蹴飛ばし踏み込んだら、白いオバQが暗い部屋で待ち構えるように何かを投げつけた。
あ、ヤベェ。

ドオオオン!


≪恋愛の成功率はね 散々でね いつだって成就しないまま
 とはいえ好きになっちゃうんじゃ もう嫌んなるよ
 どうかいなくなれ こんなんなら存在自体消えちまえ
 そう思ってどのくらい経つだろう・・・≫


間一髪壁際に隠れた俺はなんとか爆風を逃れて、半壊したあばら家の大きな穴から桂を追った。爆破された壁材が足の動きを邪魔して、悪態ついて蹴飛ばす間に気配はどんどん遠のいていく。
向かいの屋根に何かよぎったような気がして、とにかく登ってみる。しかしぴゅぅッと冷たい夜風が過ぎていくばかりで、俺は粗くなった息を静めざるをえなかった。
オバQも先ほどの爆風に紛れて既にどこかへ消えていて、桂に至っては影さえ見えない。それでも逃げ道になっていそうなところを何とか追いかけてはみるのだが。


≪最大の問題点はね 現状じゃね どうしようもない関係だね
 そのくせ会いたくなるんじゃ もう嫌んなるよ
 どうかいなくなれ こんなんなら存在自体消してしまえ
 来週はいつ会えるんだろう・・・≫


屋根の上、まだぽつりぽつりと灯る民家の明りに照らされて、桂の姿はもうどこにもない。いつもならまだあの綺麗な黒髪の端くらいは見られるものを。今夜も世界に二人だけになりそびれてしまった。
振りほどくために職務に打ち込めば打ち込むほど、桂の影は濃くなっていく。妄想の中の影を消そうとすればするほど、たまに桂は近くなる。絶対届きはしない癖にだ。

屋根から降りてとぼとぼとひとり夜道を歩いている。寂しくってならねーよな。手錠の先に住所不定のテロリストでもいりゃァ、楽しかっただろうに。
そうだな、それなら楽しい。手錠の先をふたり繋いで、ぐるっと遠回りして帰ろうじゃねェか。夜空の星を数えて明日は晴れるななんて笑って、他愛もない話をしながら。路地裏の猫に声をかけるのを、苦笑しながら見ててやるよ。また歩き出したらその隣で、流行りのラブソングの1つも口ずさんでやってもいい。
そうだな。いつかアンタを捕まえたら、最後くらいは本当にそんなこともしてみたい。

今日この晩リザーブしたはずのあの歌は、今どこかを駆けている桂の耳になど、届いていやしないだろうが。


 ≪ねえ 僕らいつ会えるの?≫































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