階段を降りた先のババアの店で珍しくラジオなんて流れていたのは、週末になると呑んだくれどもがなかなか帰らないからだという。
時計なんてかけても見やしないんだからね、払いがいいなら別だけどさと試しにそんなことをしてみたらしいお登勢が、しかしこないだ亭主の帰りが遅いとかみさん連中に愚痴られていたのをこのあいだ目撃している。
晩飯も食ったし、寂しい独身男は週末の夜に予定もないし、一杯ひっかけるかと階下の暖簾をくぐって土曜の夜にここに来るのは半ば慣例で、そんなわけでラジオを伴に酒など飲んでいる。

『・・・でしたー。さて、10時になりましたここからは花束のように歌を贈ろうミュージック・リザーブのお時間。お相手は引き続きわたくしKANRININがお送りいたします。
このコーナーではリクエスト・ソングをあなたとあなたの大事な人のためにリザーブ。毎週10時から11時のこのお時間に心を込めてお贈りします。
ご希望の方はお名前ご記入のうえ、お相手のお名前とメッセージを添えて番組までお送りくださいね。あなたとお相手とのエピソードなどもお待ちしております。お名前はお互いがわかるようなラジオネームでも結構ですよー。
さて今週のミュージック・リザーブは遠州濱松のラジオネーム銀桂結婚しろさんから・・・』

へー最近こんなんやってんの。いいね花束と違って金もかかんないし、女とかこーゆーの好きそーだし男なんてもともとロマンチストだしね。番組としても時間稼げていいよなァ。
その場はそれっきりで気にも留めなかった。どうせ、自分には縁のないものだと思っていたし。
ところが毎週土曜の夜になると色んな奴らが曲を贈る。片思いのあの娘に。結婚記念日の両親に。誕生日の友人に。働きだした息子に。死別した夫に。
それは相手に聴いてほしいという明確な意思をもったものばかりではなかった。もう歌など聴けない相手に、きっと聴いていないだろう相手に、一方通行で贈られる歌もある。
たぶん、これは相手に聴いてほしいというよりは、自分で聴いて想いを消化したいんだろう。あるいは、確認したいんだろう。
そういうモンなら俺もいる。ここ2カ月ほど江戸の街が静かなのはソイツのせいだ。
バズーカの音が聞こえない。かーつらァァアア!と叫びながら牙突を撃ちにくる奴も。追いかける相手がいないのだから当然だ。
もちろん、万事屋に音沙汰もない。1月2月姿が見えないのなんてザラだから今更気にかけてもいないが、それでも道ですれ違う女の長い黒髪などを見ればすれ違いざまに視線を遣る。

心配などしていない。アイツが自分の責任でもって選んだ道だし、簡単に死んでくれるようなタマでもない。
会いたいとも思わない。最近やっとまた顔を見るようになったとはいえ、それでも会いたいときに会えないなんて長年やりすぎた所為で、またそこに戻ってしまいそうな予感が常に隣を沿っている。俺たちはバラバラで、それでもすぐにひとつになれる。そういうモンなんだろ。
追われて空腹のまま寒空に放り出されても頼ってきたりなんかしない奴だ。今頃どこにいるのかなんて、かぶき町で野良猫一匹探し出すより難しい。
でもそれでいい。俺たちはそれでいい。それでいいんだ、けど。

「ごっそさん」
「おや銀時今日は早いね」
「いい加減ねみーんだよ今日重労働だったからさァ」

けど、そっけないフリしてっけど会えりゃそれなりに嬉しいんだって、
その馴染んだカラダを抱いて安定の電波に頭痛めンのもそれなりに好きなんだって、
・・・まァ、オメーはそんなん知らなくていいんだけど。

『今週のミュージック・リザーブは新宿かぶき町のラジオネーム銀子さんから、住所不定の電波バカさんへ・・・うーん仲良しさんなんでしょうかね。あっ幼馴染って書いてありますね。いいですねーこういう遠慮のない関係みたいなの。メッセージは、「オマエ今どこにいんの?」。
・・・仲良しさんなんでしょうかねー?幼馴染の電波バカさん聴いてますかー?連絡してあげてくださいねー。
では銀子さんから電波バカさんへ、ミュージック・リザーブはB’zで【Warp】。』


≪ほんの最初の一声でスイッチが入り 時間も距離もあっという間に縮んでいく・・・≫


カンカン、と階段を上るブーツの踵が響く。
カン、と最後の一段を上って俺の足音が消えたころ、下のほうでカン、と控えめな音がした。
ブーツの踵よりもうちょっと柔らかそうな、下駄の音。

「・・・やっと帰ってきたかこのバカ」



≪ほんの最初の一声でスイッチが入り オリジナルの香りが身体駆け巡る
 痺れながら思わず溜息が漏れる 気づいたかい
 嫌いなワケないだろ・・・≫ 







































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