ちょっと早いけど、もう寝てしまおうと思っていた。
部屋の電気を消したら窓の外はいやに明るい。ガラッと開けたら指に触れた金属がひやりと刺して、立春の冷たい夜風がトレーナーの中まで滑り込んできた。
ぽっかりと浮かんだ白い月は冴え冴えと、夜空を紺まで薄めている。
眼下の小路を下手な歌を歌いながら上機嫌の自転車が過ぎていく。
急に、こんなに明るい夜にもう寝てしまうのももったいないような気がして、1本だけ、と思いながら俺は冷蔵庫からビールを取り出してきて、窓辺のフローリングに胡坐をかいた。
ぷし、とプルタブを開けたらしゅわと慎ましい泡の音がする。


【アンダーザスキン 遅すぎた男】


秋ごろに俺をフったエミという女が、写真を撮るのが好きだった。
昨今のカメラ女子とかそういうのじゃなくて、ケータイのカメラで何でもぱしぱし撮りたがる。メイクばっちりのキメ顔とか、友達と行ったカフェのパスタとか、あと空とか草とか空とか。
あーいいんじゃないのオンナノコらしくて、と思って楽しそうに見せてくる画像を見るフリしてその胸元を見ていたのだが、満月がキレイだったのと言って見せてきた夜空の写真だけはワケがわからなかった。何しろ満月はちっちゃくて月だか星だかわかりゃしない。エッコレ失敗作?と言ったら不機嫌になっちゃって、そっからは写真どころじゃなくなった。
白い月光が冴え冴えと照らしてきて、フローリングに影ができる。カン、とビールを置いたら缶の形に影が伸びた。
馬鹿な女だったなァと思う。その馬鹿な女にさっさと見切りをつけられたのは誰だときっとあいつは笑うのだろうが。
いくら最近のケータイが高性能だからって、あんなモンで見たまんまの美しさを映し抜けるハズがないのに。写真なんていつでも見れる小さな窓の中に全てを閉じ込めてしまえると思う、その分不相応さを馬鹿だと思う。
俺なら写真なんて絶対撮らない。文化祭だ運動会だって昔っから何かというと一緒に映っている顔が、実際に見ているアレよりキレーだったためしなんか無いからだ。
・・・と、いうようなことを、言ったらエッ坂田くんホモなの?とかあーやっぱりお前らデキてたんだとか、根も葉もないことを勝手に納得されるのは目に見えていたので、言ったことはないのだが。

ゴクッと喉を鳴らして缶の中身を減らしたら、苦いばっかりであんまり旨くない。
ビールは一人酒でも比較的旨く飲めると思うのだが、やっぱり誰かと飲めるんならそれに越したことはない。尤も酒に付きあってくれる最有力候補は、今ちょっと誘いづらいわけだが。
最近、あいつは変なのを連れ込んでいる。
火事でアパートを焼け出された大学の後輩だとかなんとか。ハデな頭をしてる癖に一切喋らないそいつは、今あいつの家に住み着いている。
ソコ俺のテリトリーなんだけどなァ、と思うが、家主は俺だ馬鹿とあいつにはたかれそうなのでやっぱり言わない。
何度かあいつの家にいくうちに、目に見えて2人は仲良くなっていった。桂は人当りはいいけれど電波だから深入りする奴は少ないし、ああ見えて意外と気を許すまではパーソナルスペースの広い奴だから、大学の後輩程度と何の目的もなく同棲できるような奴じゃないと思っていたので驚いた。俺なら何とかできるだろう、という自負はあったし実際できていたけれど、それは俺たちの共有してきた時間ゆえのことだ。

(・・・あいつらデキてんのかな)

あいつホモじゃなかった筈なんだけど。人妻好きだし。
俺も決してホモじゃないんだけど。女の子好きだし。
性癖云々の前に兄弟のように育ってきたあいつを妙な目で見るのは何か罪悪感がある。なんか、汚しちゃいけないもの汚しちゃってる的な。だけど人類で1番キレーなのはあいつだと思ってるし、誰かに泣かされたら多分俺はそいつを殺す。生憎大人しく泣かされてるタマじゃないので出番ないけど。
いま俺のテリトリーに上がり込んであいつの隣にいるアフロもちょっと気に入らない。アフロ自身はヤな感じじゃないんだけど。
コレってやっぱそうなのかなァ、イヤイヤ待て俺落ち着け俺。
ここでやめときゃよかった。酒きりあげて寝ときゃよかった。それがイヤイヤイヤ・・・とかいいながら飲みかけのダニエル君とかに手ェ伸ばしちゃったモンだから、1瓶空けたときにはもうホモとかホモじゃねーとかどうでもいいからあのアフロからあいつを奪還する、と決めていた。




「銀時貴様いい加減深夜にノーアポで来るのはやめんか。ちょっお前また酒臭い」
「ウルセー泊めろヅラ。いや泊めてください」
「フン、己の立場は分かっているようだな。何だまたどこぞの女子にフられたか」
「またとか言うなフられてねーよ。まだ」

てっぺん回っていたが、2人はまだ起きていた。斉藤は俺を見るとペコッと軽く会釈して、床に落ちたドライヤーと櫛を拾いあげて洗面所に入っていった。
え?今までリビングでドライヤーかけてたのコイツ?テレビついてるのに?そんなのヅラなら絶対ウルサイから洗面所に行けとか言うはずだ。まさか、と思って桂の腕に目を落としたら部屋着の袖部分がちょっと湿ったように変色していて、俺はピシャァンと雷に打たれた気分を味わった。今ものすごく、寝取られ男の気分だ。
えっちょっとヅラどういうこと、確かにオメー癖毛触んの好きだったよね。そういやこないだも俺とアフロ両方ドライヤーかけてたよね。えっアレあのアフロにいつもやってんの?毎日?
ここに来るまで若干覚めた酔いに勢いを削がれなかったワケじゃない。それでもドアを叩いてしまったのは、桂が俺に向けてくる目はたまに切なげじゃなかったかとか、俺が深夜ノーアポで押しかけてもちょっと嬉しそうなのはそういうことなんじゃないのとか、自分に都合のいいことばかりを思い出して探り当てていたからだ。
だけど。

「さいとーう、すまんがお湯張り直しておいてくれ」

いま洗面所の斉藤に向かって呼びかける桂の声の気安さは。斉藤が桂に視線を絡ませるさまは。それを見て満足そうに微笑む桂の顔は。
ホモとかホモじゃねーとかどうでもいいからこのアフロからこいつを奪還する、と決めていた。
けれどこの安心しきった桂の微笑みはいまこいつから斉藤を奪ってはいけないと如実に告げている。この2人がデキてるかどうかは分からない。分からないが、今の俺には敵わないということだけは分かった。
今まで桂に関しては俺が最強だった。俺以上に桂をはしゃがせる奴なんていなかったし、1番キレーな微笑みを桂は俺だけにくれた。
それがもう俺だけのものじゃない。ホモかホモじゃねーかはともかくとして、そのことがどんな失恋よりズンときた。






翌朝、俺はいつものように桂のベッドで目を覚ます。
いつもはだいたい泥酔してるので遅くまで起きられないのだが、今朝は昨夜のショックかヘンに早い時間に起きてしまった。
見れば俺の腕は往生際悪く桂を抱きしめていて、あーあと思う。この綺麗なの、もう俺のじゃないんだって。あーあ。
今更遅いのだが、桂が俺にたまに向けた切なげな目や、あのキレーな微笑はたぶんそういうことだったと思う。いつから桂が俺を諦めてしまったのか分からないが、たぶん俺が女にフられると桂ンとこに通い詰めるから。期待と自己嫌悪で嫌んなっちゃったんだろう。こいつはそういう奴だ。俺のこと大好きだもんな、オマエ。自分の恋が叶わなくても俺が幸せなのをちゃんと祝福したいとか、そんなこと思っちゃったんでしょ。馬鹿なやつ。
でもお前も知ってるだろうけど、俺もお前の幸せを自分の恋より大事にできるくらいにはお前のこと大好きで、馬鹿な男なの。
いつか誰かを愛したって俺はこの先一生、お前の写真を撮れないままだと思うけど、

(オマエが満足してるんなら、なんかもーそれでいいわ)

世紀の大失恋の後の癖にそう思えたから、きっとこれが最初で最後の口づけ。
恭しく落とした唇に、白い柔らかな頬が触れた。



でもアフロとデキていようがいまいがこれからも同じベッドでは寝るし、桂を抱き締めたらそのまんまぐーすか離さないでいてやると思う。















































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