驚いたことがひとつある。
「友人」になったら、ペットが突然喋り出した。

『最初も喋ってたでしょ?』


【アンダーザスキン 10】



「確かに「わん」と書いて寄越してきた気がするが・・・アレ喋ったっていうのか」

というか、コレも「喋った」っていうのか。
斉藤が「喋っている」と主張している状態は、つまり筆談だ。友人として一緒にいてくれという申し出に頷いたあと、斉藤はお絵かき帳のようなノートとペンを持ってきて宜しくお願いしますと書いてきたのだ。
どうして今まで喋らなかったんだと問えば、普通のペットは喋らないかと思ってと返ってくる。成人男子のナリをしている時点でこのペットに普通など求めてはいなかったのだが、斉藤は律儀にも「ペット」の役目を全うせんとしていたらしい。

「しかし頑なに声を出しては喋らんのだな。何か理由があるのか・・・やはり松子を守るために卑劣な雇用主に喉を潰されたのが今でも・・・!?」
『いや、・・・・・・恥ずかしくて』
「ただのシャイボーイか貴様ァ!」

無自覚なのだろうが、会話をしていると分かってくる。この男結構いい性格をしている。動物と会話できるというソロモンの指輪とかいうのがあっただろう。世の飼い主は絶対あんなもの嵌めないほうがいい。
けれどまあ、会話ができるほうが日常生活はスムーズだ。斉藤とは今まで暮らしてきた気安さもある。雑談などしながら朝食兼昼食(ブランチというのだと坂本から最近教わった。「ランチ」がまるっと残っているのに朝食部分が「ブ」の1文字だけなあたり、ほぼランチという時間帯なのか。じゃあもう「ちょっと早めの昼食」って言えばいいじゃん)をとって過ごす休日は実に穏やかだ。
何だ、なかなかうまくやれているではないか。「友人」だって何の問題もない。そう思っていたのだが。
・・・安直な思い込みの綻びは存外すぐにやってきた。

夕方。晩御飯の支度にはまだ少し時間がある。こんなときは本を読んだりテレビを見たりしながらペットの髪を撫でるのが習慣だった。いままでは。

「斉藤、」

ぽん、と膝を手で打てば何を置いても斉藤はいそいそとやってきた。パソコンをいじっていても、何をしていてもだ。何よりも俺に撫でられることを優先するくらいだから、きっと斉藤もそれが好きなのだろうと思っていたのだ。
「ペット」の斉藤終がそれを好きだったかどうかはわからない。けれど「友人」の斉藤終は、いま少し困った顔で俺を見ている。

「・・・あ。そうだった。もうペットじゃないんだったな」

考えなくてもわかることだ。大の男が2人、膝枕で頭を撫でるなんて「友人」はしないだろう。
隣に腰かけて、一緒にテレビを見る。斉藤の顔が俺の横にあるのが、肩どうしが触れるのが、ふわふわのアフロが俺のナナメ上で揺れているのが見慣れなくて、目は画面にやっている癖に何を観ていたのかあまり覚えていられなかった。

夜になっても違和感は募るばかりだ。
風呂あがり、萎れたモップのようになっているアフロをブローするのが楽しみだった。段々ふわふわしていく手触りを堪能できるし、斉藤も本当に犬のように目を細めている。これだって、最初は俺がやりたがったけれど最近は斉藤のほうがドライヤーもってやってくるようになったのだ。散歩の時間になるとリード持ってくる犬とかいるだろう。あんな感じで、だからあいつも気に入っていたのだと思っていたのに。
洗面所からブオオオオ、という音が聞こえてくる。これが今夜からは普通になるのだ。
いいことじゃないか。普通友人の髪を毎日乾かしてやったりはしない。銀時にはよくしていたけれど、あれだってあいつがドライヤー使うのを億劫がってびしょびしょ頭のまま俺のベッドに雪崩れ込むのを防ぐためだ。何の理由もなく、そんなことはしない。
友人ならば一緒にいても不自然ではないと、この関係を望んだのは俺だ。あいつも気に入っていたと思っていたのになんて、理不尽な恨み節はお門違いだ。
俺が望んだことだ。わかっている。わかっているけれど、

(俺はこれを望んでいたのか?)

斉藤と一緒にいられる日々が欲しかった。それは確かに今手に入っている。それでいいじゃないか。
けれどお互い不自然さに目を瞑って続けてきたちぐはぐな関係は、手に馴染む感触や触れ合う体温と切っても切り離せない。不自然だからと切って捨てて、それで望む形になれるのか?膝にかかる重みを、指に絡む栗毛を、何を考えているやら分からぬ瞳を、背中を支えてくれる腕を、秘密にしていた口づけを、
・・・もともと全てが不自然だったのに。

『珍しいですね』
「ん、・・・銀時が冷蔵庫に入れたままにしていてな。邪魔だから少し飲んでしまおうと思って。お前も1缶手伝ってくれ」

ドライヤーの音が消えて、斉藤がやってくる。珍しく缶ビールなど飲んでいる俺を見つけて意外そうな目をした。俺が1人ではあまり飲まないことを、斉藤は知っている。
手伝ってくれと言われれば、嫌とは言わないけれど、冷蔵庫から取り出したビールを飲む斉藤のピッチは遅い。斉藤が実はあまり炭酸を好きではないことを、俺は知っている。
知っていることを積み重ねていくこんな日々は、これからも続けられるかもしれないけれど。

「お前を撫でられないのは、やっぱりちょっと寂しいな・・・」

友人なんて言い出した張本人がそれじゃ寂しいなぞと言っているのだから、苦笑にもなるというものだ。
未練がましくてすまないな。少し、少しだけ。頭をぽんぽんと軽く撫でるくらいなら友人だってするだろう?
右腕を伸ばしたら、乾かしたての暖かい髪に触れる。この指を軽く押し返してくる癖毛の感触。ああ、やっぱり落ち着く・・・、

カン、と斉藤がビール缶を置いた音がした。
ぐんッと突然腕を引かれた。

次の瞬間、世界が暗転した。

「!ん、ぅんっ・・・!?」

唇に柔い感触。
柔らかく触れたと思ったのは最初だけだった。一度触れたら止まらないというように、はっ、はっと荒い息遣いが早いか触れるのが早いか、噛み付くような口付けが何度も何度も繰り返される。がぶがぶと音がしそうなほど咥内を貪られて、触れ合う唇の端から唾液が垂れていく。それすら熱くぬらついて、もう舌も皮膚も粘膜すら邪魔で、どうにかひとつに溶けてしまえないかと切羽詰まって探るような・・・斉藤、これお前なのか?知らない、こんな口づけは知らない、いつものお前のキスじゃない・・・

「ふ、・・・っぁ、さ、さいとッ、」
『・・・やっぱりダメだったでしょ?』

じゅぅっ、と大きく唾液を吸われて、やっと嵐のような唇は離れていった。と思えば、名残惜しげにもう一度触れる。
伸ばした右手を引きよせていた斉藤の左腕は一度優しく俺の唇を撫でて、やっと大人しくなる。あんなに乱暴に人の唇を貪っておきながら、俺の目に映った斉藤は雨の夜にゴミ捨て場に捨てられた犬のようだった。

『やっぱり友達じゃダメだったって、言ってください』
















 









































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