犬や猫などのペットが飼い主を舐めるなんてことはよくある話だ。むしろ至って日常的だ。
よくある話なんだ、小太郎。よくある話なんだってば。


【アンダーザスキン 8】

銀時の置いていった煎餅布団は薄い。
夏の間はそれでも良かったのだが、表の街路樹が色を落とす季節になってくると朝方などさすがに心許なくなるものだ。
エアコンの暖房は最後の手段だ。電気代もかかるし、毛布を出して、炬燵を出して、それでも寒いとなったときにようやく出てくるリーサルウエポンだ。
このところ部屋にいても朝晩に肌寒さを感じるようになったので、そろそろ毛布を出すかと思って押入れを開けた。銀時が当然毛布も置いていったものだと思っていたのだが、予想に反して圧縮袋から出てきた毛布は1枚きりだった。今まで1人暮らしだったから、特に気にしたことはなかったが。

【銀時毛布どこやった?】07:08 既読
【今俺の上で寝てるよ。もー離してくんなくてさあ】07:11 既読
【起きろ】07:11 既読

送られてきた白いメッセージに溜息が漏れる。どうやら銀時は毛布だけ持って行ってしまったらしい。
そうなると斉藤のぶんを買いにいかなければいけないのだが、今日は斉藤も朝から授業のある日だ。
まあどうしても今日揃えなければならないというものではないし、明日買いにいけばいいかと思っていたら、ぴんぽん♪とまた携帯が鳴った。

【さいとーくんのぶん?したらネットで買えばいいんじゃない。安いし】07:18 既読
【ていうかアイツの家はまだ直んないの】07:18 既読

ああ通販という手もあったな。それにしよう。
銀時に礼を言って、心置きなく仕事に出かけることにした。そういえば火事の修理をしているという設定だったことをすっかり忘れていたので困ってしまったが、アパートの修理って実際どのくらいかかるんだろうな。もうちょっととかつい適当なことを言ってしまったが、同じアパートに銀時の知人がいないことを願う。





夕飯の買い物を終えて帰ってきたら、斉藤は既に帰っていて洗濯物などを畳んでいる。
今日は陽が傾きだしてから、ぐっと冷えてきた。部屋に誰かがいるだけで、ほんのりと暖かい。
毛布を出すからお前のぶんを選んでおけと言ったら斉藤はいつも通りの無表情で、けれど少し楽しそうに俺が食事の支度をするまでずっとアマゾネスで毛布を選んでいた。よく知らないがこのペットは多分俺と違って、通販とか好きだと思う。

食事のあとで選んだ品を見せてもらったが、生憎とお急ぎ便の対象外だった。それでも2,3日で来る予定だというのだから何も問題はないだろうと思ってポチったのだが、俺は朝からのこの楽観論をすぐに後悔するはめになった。
その晩は妙に冷えた。テレビをつけて天気予報を見てみたら、少し早い寒波が来ているという。
ぴゅぅと窓の外で強い風の吹きつける音がして、外はもう随分寒そうだ。その日は風呂の温度を少し熱めにしたが、それでもしばらくするとぞくりと首筋にくるものがある。
毛布を使っていいぞと斉藤に言うのだが固辞するものだから、結局俺が使うことになった。しかし、薄い掛布団1枚で寝ている斉藤を見るのはこちらとしても結構な苦行だ。その温かそうなアフロは頭にしかついていないのだし。かといって、コタツで寝ると風邪をひくし。これはもう仕方がないと、最後の手段も使った。けれどまだデビューは先だろうと踏んでいたエアコンはシーズンオフの間掃除をしていないままで、1分とたたないうちに埃臭い風を送り込んできたので今夜ばかりは見送ったのだ。そして結局斉藤は薄い掛け布団に包まっている。

部屋の電気を消して、1時間くらい経っただろうか。
寝つけそうで寝つけずに何度か寝返りを打っていたところ、枕元で何やらもぞもぞと動く気配がする。
近づいてはちょっと離れ、またちょっと近づいては離れ、としているのはもこもことした毛玉のようだった。

「斉藤?」

毛玉がビクッと揺れた気配がした。
斉藤はおずおずと布団のなかに腕を差し込んで俺に触れる。その手が随分冷えていたので一気に目が覚めた。
やはり寒かったのだ。瞬間、極寒の夜に犬を外にほったらかしにしてしまったような罪悪感に襲われた。
斉藤は腕を毛布に突っ込んではひっこめ、ひっこめては突っ込んで、入りたいが遠慮しているというような様子で腕だけつつましく温めていた。

「だから毛布を使えと言ったんだ。いいから持っていけ」

横になったまま毛布をはがそうとすると斉藤の両手が慌ててそれを押しとどめる。顔は暗くてよく見えないが、首を横に振っているらしい気配がある。
強情な奴だな。いいと言っているのに。
ひとしきり毛布を押し合い圧し合いしているうちに、俺も段々疲れてきた。だいたい今何時だと思っているんだ。やっと少し眠くなってきたんだ俺は。

「・・・ではこうしよう。斉藤、おいで」

毛布がひとつしかないなら一緒に寝ればいいじゃない。
ぼんやりした頭でそれは素晴らしい案のように思われた。ふたりくっついて寝れば温かいし、毛布もあれば文句はないだろう。遠慮する必要もなくて一石二鳥だ。
斉藤はしばらく狼狽したようすで、めくられた布団を見ながらうろうろしていた。何だ、まさかこの期におよんで身の危険でも感じているのか。だから俺はペットにそんなことはしないと言っただろう。

「早くしろ、寒い」
「!」

俺が促すとようよう斉藤は布団に入り込んできた。
すり、と布擦れの音をさせて忍び込んできた身体でスプリングが軋む。シングルベッドで否応なく触れる体温は銀時よりも少しだけ低い。それでもすぐ近くに人の体温を感じる安心感に目を閉じた。
これでやっと心置きなく眠れると思ったら、寒いのか斉藤が腹のあたりにそーっと腕を回してくる。その躊躇いの仕草が何故だか妙におかしくて、ふ、と息を吐いたらどっと眠気がやってきた。



いつもより少し早く起きてしまうのは、たぶん隣に人がいるからだ。
目がさめたが、2人分の体温と毛布のために布団のなかは温かい。それはもう天国かというほど温かい。心地のよい狭苦しさに起きるに起きれず、目を閉じたままあー気持ちいいアラーム鳴るまであとどのくらいだなどと考えている。ところに、隣でもぞもぞと動く音がした。
斉藤は寝起きが悪い。というより割といつも眠たがっている。だから朝も俺が食事の支度を終えたあたりでようよう起きてくるのだが、珍しいこともあるものだ。それともただ身じろぎしただけでまだ寝ているのか、

ちゅ、

起きたのかと、眠くて目を開けられないまま声だけかけようとした瞬間、唇に柔らかいものが触れてそれは叶わなくなった。
押し当てられたものが何なのか図りかねているうちに、また隣の気配はもぞもぞと動いて寝入ってしまう。
あれは、何だ。
俺の経験上あれはその、いわゆるアレだ、俺が、銀時にしていたやつだ。
俺が銀時にしていたアレを、いま斉藤は俺に、え?斉藤が俺に?
ペットが飼い主に。
・・・ああ、そうか。そうだな実家の太郎もよく俺を舐めまわしたもんだった。斉藤のやつ、すっかりペットが板につきおってそんなところまで犬みたいにしなくてよいものを。だから気にしなくていいんだこれは決してヨコシマなアレではなく純粋にペットとしての愛情表現で、

・・・・・・・そういうことにしておいた。













 































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