果たして銀時はそのエミだかユミだかという女子とイースター島へ行くことはできなかった。

「3週間・・・いや半月か?最短記録だな銀時」
「ちげーよ2週間と3日だよ・・・「アナタに似てる別の人を好きになったの」ってナンだよォォォ!!!似てんならいーじゃんオリジナルで!別人か!別人がポイントなのか!?ちくしょーあンのアバズレェェエエ!!!」
「騒ぐな銀時。ウルサイってよく怒鳴り込みにきてた下の階の山本さんな、まだお元気なんだから」


【アンダーザスキン 7】


すぐに愛想を尽かされるだろうとは思っていたが、本当にこんな「すぐ」だとは思わなかった。昨今の女子は情に縛られた幼馴染などよりも余程男を見る目が確からしい。
銀時は斉藤にぐずぐずと絡みながら美味くない酒を呑んでいる。急にやってきて飲むぞと騒いだ銀時に仕方なく近所のコンビニまで買出しに行って戻ってきたら既にこのザマだ。
2週間と4日経つのに坂本はまだ帰ってこない。晋助に付き合えと電話をしたがにべもなく拒絶された。友達甲斐のない奴らだ。一応斉藤が困惑しながら相手をしてくれているが、喋らないので大体俺が犠牲になるのだ。

「今度こそはさァ・・・今度こそは続くと思ったんだよ・・・」

出来合いの惣菜も、冷えていない日本酒も今の銀時には関係ないようだった。飽きて自分を捨てた彼女に呪詛をとぐろのように巻きつけ未練と無念を打ち付けている。
フられる度に行われるこの負の儀式を、当然のようにその儀式の参列者にさせられることを、最初こそ歓迎していた。だが今は付き合うことになったと浮かれた宴に付き合わされるよりも苦痛だ。

銀時がこれまで惚れてきた女子の名前を全く覚えたことがない。何人か写真を見せられた娘もいた筈だが、また同じ学校・同じクラスだったこともある筈だが、顔も雰囲気も思い出せたためしがない。
オッケーもらったとか、デートに行ってきたとか、チョメチョメに持ち込んだとかそういったことを嬉しそうに話す銀時のことを、俺の頭はすぐに弾き出してしまう。
その代わり憶えているのは歴代のこの負の儀式だ。確か、小学校2年生のときに告白した女子から「えーさかたくん健太っ希ーのオジサンみたいな髪してるからイヤー」と言われたときから始まっている。
それからというもの、「桂くんに勝てる気がしない」から「夜のアレがしつこい」まで様々なバリエーションでもって銀時は振られてきた。
そんな悲劇の集積を、その度に涙ながらに愚痴を吐く銀時を、俺はしっかり憶えてしまう。それが嫌だ。銀時には幸せになってほしいのに、不幸を喜ぶ自分が惨めだ。
もうこんな恋はやめたいと思っている。
秘密でキスを繰り返しながら、こんな大事な者の幸せを願えなくなるのが俺の恋なら、もうやめたいと思っている。それは負の儀式を繰り返す度に心の底に澱んでいって、そろそろコップを汚してしまいそうだ。

「オイ聞ーてんのかヅラァ・・・あー次はあんな尻軽娘になんかしない、黒髪の清楚なコにする」
「貴様いっこ前の女子のときに次はちょっと遊んでるくらいのノリのいいコにするゥとか言ってなかったか?」
「人ってぇのは日々学んでいくモンなんだよ・・・」

学んでいるというか、一定のパターンをぐるぐる回っているというか。
銀時はそのままずるずると蹲ってしまって、そのまま動かなくなった。まあ、いつものことだ。
俺は慣れた手つきで散らばった机の上を簡単に片し、斉藤に風呂を沸かしてもらった。
今日、彼女を失った銀時が、それでも帰っていったなら、俺はどんな心持ちがすることだろう。それはたった数分後の未来のことであるのに、また自分の心のうちのことあるのに、全く想像がつかなかった。

「〜〜〜!!」

想像のできない数分後の未来は来なかったことを、洗い物に気をとられていた俺は気づかなかった。
どうせ銀時は寝ているし、斉藤に風呂が沸いたら先に入るよう言っておいたのだ。大きな水音に驚いて振り向くと伸びていた銀時がいなかった。すわ、と思えばやはり銀時は勝手知ったる風情で湯船に浸かっており、狭いバスタブから出るに出られなくなった斉藤は乱暴された嫁入り前の娘のような表情でぎゅうぎゅう詰めにされている。

「・・・何してるんだ貴様らは」

斉藤の表情は大変わかりにくいのだが、このときばかりは困っているのだと推測できた。
他方の銀時はまるで気にせぬふうで顔をざぶざぶやっている。男同士なんだから何を恥ずかしがることかあるというのがおそらくコイツの理屈だ。銀時は女好きを公言する割に男同士の距離が近い。
それに困惑するのは俺が銀時を好いているからだろうかとも思っていたのだが、斉藤のこの顔を見てはああ普通の反応なんだと知れたので、ちょっと安心した。湯船にみっちり詰まって、困っている斉藤と飄々としている銀時のギャップは妙に面白くて笑ってしまった。
その割に風呂上りに交互にドライヤーで髪を乾かしているときの、その犬のような表情は2人とも結構似ている。何なんだ貴様らはと思うとまた笑えてきた。
手を入れてみるとわかるのだが、銀時と斉藤の毛並は随分違う。量だけの問題ではなくて、銀時には昔から親しんできた懐かしい銀時の、斉藤には穏やかな日々をくれる斉藤の、それぞれの手触りがやはりあるのだ。
手放したくない、と思う。欲深なことを言うが、俺は銀時も斉藤も手放したくないのだ。

数年に1度、銀時は適当な女子に惚れる。斉藤は、銀時を好いた俺に遠慮して1度はここを出て行った。
俺は、いくつか銀時に嘘をついていることがある。
欲深な俺のできる選択は、ひとつだ。






そうして俺は、また銀時の腕の中で目を覚ます。
回されるこの腕に期待をしたこともあった。けれどきっとこの腕は隣に添っているものならば彼女でも枕でも晋助でも抱きしめるだろう。だから俺はなけなしのプライドからその腕を離させて、その代わりに小さな口付けをするのだ。
腕を下ろした銀時は相変わらず酒の匂いを纏わりつかせて緩みきった顔で眠っている。こういう時は、少し頬を抓ったくらいでは起きない。髪を撫でても、鼻を摘んだって口をぽかんと開けながら寝ている。
この顔がどうしようもなく愛おしかった。
勿論今でも変わらない。きっと何年経っても俺の目にお前は可愛く、しようのない奴だと思いながらもいらぬところまで嬉々として世話を焼いてしまうのだろう。
きっとこの先一生世間並の友情とやらは結べまい。それは諦めている。例えば銀時の結婚などにはそれはそれは祝福をしながらも、どこかでちくんと刺すものがあるのだ。

それでも、お前だけは幸せでいてほしい。そしてその幸せをずっと傍で見ていたいのだから。今度こそお前が嬉しそうに喋ること一切を、頭に残しておきたいと思っているのだから。きっとこれを限りに、俺の恋はここへ置いていく。
そうして幸せなお前の顔を、今度こそ沢山憶えさせてくれ。


(・・・あいしている、)

そう思えた今朝は晴々とした気持ちになれたから、きっとこれが一生で最後の口付け。
恭しく落とした唇に、少しかさついた柔らかな頬が触れた。












 












































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