らしくもなく、膝で顎を蹴ったのに気づかないほどそわそわしていたので、大事な客人らしいことは理解できた。
ドアを開けるなり一目で泥酔と分かる体で桂小太郎に凭れかかってきたのは癖毛の男だった。背格好はよく似ている。癖毛も似ていたが、ボリュームでは勝ったZ。


【アンダーザスキン いぬのきもち2】

△月×日 曇
夜、坂田銀時という桂小太郎の幼馴染が酔いつぶれてやってきた。
銀時、という名前は何度か桂小太郎から聞いていた。大学1年生のときにここで同居していて、私が寝ている寝具はその男が置いていったものらしい。
もともと人見知りの気がある私は気後れしてしまって、邪魔せず帰ったほうがいいかと思ったのだが、桂小太郎がその必要はないと小さく首を振ったのでそのまま成り行きを見守ることにした。
気安く話す2人の間には独特の親密さが含まれていて、とても間に入れそうにない。坂田銀時は桂小太郎のベッドを半分占領すると宣言してシャワーを浴び、桂小太郎の服を着てベッドに寝落ちていった。その一連の流れはスムーズかつ自然で、多分もう何年もこうしてきたのだろうことが容易に知れる。
濡れた頭で倒れこんでいくのを阻止しようと桂小太郎がドライヤーを手に奮闘しているのを見ながら、少し面白くないと思った。
桂小太郎は、風呂上りに私の髪をドライヤーで乾かしながらふわふわしていくアフロをブローする。
これは本当に犬になった気分で、また気持ちいいので気に入っていたのだが、ひょっとするとあの男にしていたことだったのだろうか。
あるいは、あの髪を撫でる仕草も、その時の安心したような表情も、あれはもともとあの男のものだったのだろうか。
心地よさが、急に色褪せていくような気がした。

△月×+1日 曇のち晴
朝、すごいものを見てしまった。
まず、トイレに行こうと立ち上がったらベッドで坂田銀時が桂小太郎を抱きしめて寝ていた。
・・・寝相すごいなと無理矢理思ってトイレから出てきたら、今度は起きた桂小太郎が寝ている坂田銀時に、きっきっきっきす・・・刺激が強いのでやめておくZ。
今見たものが信じられなくて立ち竦んでしまった。これがいけなくて、そのまま目線を上げた桂小太郎と目が合ってしまった。
あの2人はつまりそういう関係なのだろうか。必死に寝たフリをしながら、脳裏ではさっき見たものが鮮烈に焼きついてしまって離れない。
・・・何も・・・見なかったZ。

△月◎日 雨ときどき曇
坂田銀時はそれからもよく泥酔してやってきた。
人見知りせずずけずけと話しかけてくるのは却って有難かったが、あれを見てしまってからではどうしても気になってしまう。お邪魔じゃないのか、とか。
しかし坂田銀時は近所の居酒屋に気になる女性がいるらしい。桂小太郎の前でそれを話すので、どうやらこの2人はそういう関係ではないのだと思う。
桂小太郎が坂田銀時を好きでいるのは明白で、気づかれないようにキスをしている。主人のいじらしい片想いだ。応援こそすれ、邪魔するようなことはしたくない。
私は出ていったほうが、いいのだろう。

夜中、ふと目が覚めた。暑苦しそうなベッドに目線を向けたら、また坂田銀時の腕が桂小太郎に回されていた。
グワッと得体の知れないものがせり上がってきて、赤い閃光が視界を灼いた。そのあとのことは覚えていない。
気がつくと真夏の夜の道の上。
夜風が少しひんやりして、やっと自分が部屋を飛び出したことを知った。自分が本当は何を濁らせていたのかも。
邪魔だろうかなんて、遠慮?よくもそんな健全なことを考えていたものだ。あのときそんなものは欠片もなかった。ただあれを見たくなかった。同じベッドで腕をまわされている、朝にはその頬に口付ける綺麗なひとの顔を見たくなかった!
夜逃げのようにしてひたすら歩いている間、頭に上った血が段々下がってきたら、今度は申し訳ない気持ちになってくる。
・・・彼の片思いを邪魔したくないなんて嘘だ。初めてあれを見た日から脳裏にこびりついていたその光景は、いつの間にか坂田銀時の姿を自分に映し代えていた。あんなものを見てひっぺがしてやりたいと思っている癖に、ペットの身分じゃそんなことできるはずがない。
あんな腕に抱かれないでほしい。あんなものに口付けないでほしい。あなたの心地の良い手は、優しい声は、綺麗な微笑は、1から10まで全部私に、・・・私に。
さっき見たあれは自分のなかの邪な部分を引きずり出してしまった。ヨコシマなペットは、いつか主人に噛み付いてしまいそう。それは、いけない。
視界の端っこで月がじわっと滲んで、夜明け前の住宅街を見えにくくした。
ぐしっと片腕でぬぐったら濡れた肌に夜風がひんやりとして、またあの手が欲しくなった。

△月□日 晴
桂小太郎の家を出てから数日が経った。まだ思い出しては煩悶する日々だが、生活自体はそう変わらない。
そんな矢先に近藤さんからラインがきた。電話をしても応答が帰ってこないことを知っているので、用があるときは大体メールかラインをくれる。

【さっき桂に会ったんだけど、あいつの家の犬がどっか行っちゃったって探してんだ。
お前に懐いてたんだって?すごく心配してたから、もし見つけたら連絡してやってくれよ!】18:41 既読

心臓が跳ねた。そういえば、何も言わずに出てきてしまった。
しかし、せめて暇乞いと、今までのお礼だけ言いにいかなくてはと思って帰ってみたはいいものの、どんな顔してドアを開ければいいのかわからない。怒っているだろうか、もう顔も見たくないと思っているかもしれない、でも心配して探していると言ってくれた・・・。ぐるぐるといつまでもドアの前を行ったり来たりしていたら、近隣住民に通報されたZ。

警察官の職務質問に戸惑っていたら騒ぎを聞きつけた桂小太郎が出てきて入れてくれた。
怒っている。やはり怒っている。大変、入りづらい。
桂小太郎は私があれを見たことで身の危険を感じたと思ったらしい。違うんだと弁解したかったけれど、その際彼の身に危険を及ぼさない自信は一切なかったので、頭を垂れたまま黙って耐えた。
今までのお礼を言って、もう出て行くつもりだった。そのために帰ったはずなのに、心底ほっとした声で「おいで」と言われてしまって、それを振り切れずにいる。
坂田銀時にあんなに他の女の話をされて、それでも頬に口付けてしまうこのひとの気持ちが分かった気がした。ここぞというときに、それを振り切れる者はきっと少ないのだろう。
自分もまた愚かな多数派であることを思い知りながら、その膝に心ごと頭を預けた。

×月×日 晴
その日の坂田銀時は上機嫌だった。
嫌な予感は、多分桂小太郎も感じていた。言い寄っていた居酒屋の女性と付き合うことになったと満面の笑みで言ったとき、理不尽にも恨めしく思った。チャンスだ、とは、思えなかった。隣のひとが強張った気配をしたから。
泣きはしないかと心配したが、桂小太郎は落ち込むそぶりなどおくびにも出さず上辺だけの祝福をした。本当に上辺だけのそれに、浮かれている坂田銀時は気づかない。
正直、坂田銀時には傷ついているはずの桂小太郎を抱いて眠ってほしくなかった。今日だけは帰ってほしかった。が、果たして坂田銀時はこちらが風呂の支度をしている間にふらふらしながら帰っていったという。帰ったら帰ったで、幸せなときには不要など都合のいいことだとまた理不尽に恨めしく思うのだから、坂田銀時にはもはや申し訳ない気もする。
呆然と立ち竦んでいる桂小太郎を、本当は後ろから思い切りぎゅっとしてしまいたいのだが、それはペットの役割を越えている。言葉での簡単な慰めも出てこないまま、どうしようばかりが渦巻いていた。
やがて、座卓を拭いている桂小太郎がぽつりと強がりを言った。
声の端が震えていたので、泣いてしまう、と思った。思い切り泣かせてやりたいが、私が見ているのではきっとそれをしないから、見ないと宣言するように顔を伏せて、落ち着くと言っていた自慢のアフロを撫でるよう促した。
本当の犬のように、頬を伝う涙を舐めとることはできない姿かたちをしているぶん、せめてこのくらいはペットとしても許されるだろうかとその背中を支えていた。
このひとに腕を回せることは幸福だ、と思う。




×月○日 雨
2ヶ月近く過ごしてみて分かったが、桂小太郎は寝起きがいい。しかし起きるまでは割と大きな音を立てても、身体に触れてしまっても、起きない。
朝、私は桂小太郎より少しだけ早く起きて、その唇に口付ける。桂小太郎が坂田銀時にするように。桂小太郎がするよりも、もっと明確な邪心をもって。
そしてまた寝る。桂小太郎が起きてくるとき、まだ熟睡している姿しか見えないように。
勿論これは明らかな侵犯行為だ。それはもうペットでなどいられないものだ。

バレたとき、ここを出ていこうと思うZ。












 





































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