その日、銀時は上機嫌だった。
珍しく事前にラインを飛ばしてきて、飲みに行くから何か作っといてと言ってきたのだ。
残念ながら、銀時の幸せは俺の幸せとイコールではないなんて、
そのとき俺は少しでも嬉しいなんて、思うべきではなかったのだ。


【アンダーザスキン 6】


「オッ大将、まだ家直ってねーの?」

銀時は日本酒やら缶ビールやらを何本も買い込んでやって来た。コイツは相変わらず呼び鈴を鳴らさない。
さきいかとナッツ類、乾物を申し訳程度に並べて、日本酒を冷蔵庫に入れている。男ばかりの宅飲みなんて、冷えている酒が出てくるほうが稀だ。日本酒なぞ常温で紙コップという風情もへったくれもない飲み方をするのが板につくのは、大体誰でも地元の祭りか大学生のときだという。しかし銀時などは率先してそんな飲み方をしそうな割に、冷やせるものは冷やして飲む。意外と繊細というか、几帳面というか、普段ちゃらんぽらんしている癖にそのへんの線引きはどこで行われるのか。いつも疑問だ。

「はやく脱出しねーとヅラの電波でケータイとか壊されちゃうよ」
「誰が電磁波だ!携帯は出すほうだ馬鹿め!!」

じゃばらっ!と軽い音を立てて割り箸の詰まった袋が銀時の後頭部に命中した。
斉藤が一瞬驚いたような目をしたが、銀時は慣れたものなので顔色ひとつ変えずに袋から割り箸をみっつ取り出している。

「晋助や坂本を連れてくるかと思っていたが」
「晋ちゃんにはスッゲー嫌がられた。何でか知んねーけど。辰馬は昨日からアゼルバイジャンだって」
「何!?・・・買い付けか何かか?」
「知らね。旅行じゃねーの」
「仕事大丈夫なのか」
「さあ。大丈夫だから行ったんだろ」

大丈夫だから行くとか行かないとかいう計画性が坂本にあるとも思えないが。ともあれ今日はコップは3つ出せばよい。
銀時が出て行くときに幾つか持って行ったとはいえ、またいつの間にか増えている。コップというのはどうしてこう、知らぬあいだに増えていくのか。
どうせしっかり食事をする気などないのだろうから、一応米だけ炊いておいて、あとはポテトサラダとか、もやしのピリ辛和えとか、居酒屋メニューで対応した。どれもこれも、以前銀時が好きだと言っていたメニュー、になってしまうのは、我ながら苦々しく思っている。
食卓が賑やかになったところで、銀時がぷしっ、と缶ビールを開けた。

「じゃ、カンパーイ」
「何にだ」
「あ、聞いちゃう?ソレ聞いちゃう?どーしよっかなァ〜コレ大トリだったんだけど。今日1番の大ネタなんだけど」
「じゃあいらん。はいカンパーイ」
「待て待て待てコラヅラァァ!!ちったぁ空気読めっつーんだよ」

読めも何も、銀時がニヤニヤしだしたあたりで俺は何に乾杯するかなどと突っ込んだことを心底後悔していた。そうだ。最近銀時がウチに来ることなんて理由はひとつしかなかったではないか。ニヤニヤした銀時の顔など、嫌というほど見せ付けられてきたではないか。晋助が来たがらなかったのはきっと今夜浮かれまくったコイツが心底鬱陶しいからに違いない。来たいと言われて浮かれてホイホイ準備して待ってるとか、俺は馬鹿か!

「実はァ〜、俺エミちゃんと付き合うことになりましたァァァ!!!」

ほらな。
確かにユミとかマミとか、そんな名前だった気がする。最近熱を上げていた、ウチの近所の居酒屋の女性店員だ。銀時から散々話を聞かされたが、あんまり聞いていなかったので結局覚えていない。
きっとこれからも覚えることなどないだろう。

「なんだそんなことか。今度は半年持つといいな銀時」
「バッカヤロ今度はアレだからね、ハネムーンはイースター島だから」
「モアイに似た女子なのか?大体貴様毎回そんなこと言って、3ヶ月くらいでフられるのがパターンだったろうが。前の女子には夏だから天パが暑苦しいとかいってフられたんだっけか?ん?」
「エリコのことは言うなァァァ!!」

俺の胸中を知っているであろう斉藤が、箸を進める傍ら俺のほうを気にかけるような視線を寄越してくる。
だが俺としてはもういちいちショックを受けてもいられない。またか、と思うだけだ。
幼馴染であるということは、すなわち銀時の初恋から最近の失恋まで、大体把握しているということだ。同じ数だけ俺が失恋を重ねてきたということでもある。
いちいち思い出したくはないので詳細は流すが、数年に1度、銀時は適当な女子に惚れてはフられたり、あるいはうまくいったが別れたりして、いずれも数ヶ月でその恋を終えている。今度もきっと例には漏れまい。
そう思っているから、俺はさっきからポテトサラダの味すら分からなくなっているくせに、こんなことも言えるのだ。

「まぁ、今度は大事にしてやることだ。おめでとう」

嗚呼、美しき哉友情!




ぐおぉ、と銀時の寝息が部屋中に満ちてくる。
上機嫌の銀時は確かに4割増くらいで鬱陶しかった。毎回のこととはいえ、同じ話を繰り返し巻き返し聞かされるほうの身にもなってほしい。
銀時は斉藤に絡んで困らせては呑み、俺に絡んであしらわれては呑み、最終的にぐでんぐでんの茹ですぎたナマコのようになっていた。こうなることは予想していたので、俺は銀時が動かなくなったところで簡単に片付けをし、斉藤に風呂を沸かすように言っておいた。恐らく、この男はまた泥酔で俺のベッドを占領するのだろう。
しかし、しばらく伏していた銀時の頬を張って起こし、水を2杯飲ませたところで、銀時は酒臭い息をはきながらのろのろと立ち上がり、玄関へ向かっていった。

「銀時?風呂はまだ沸いてな、」
「おー今日は帰るわ・・・さんきゅ」

バタン、

遠慮のない音がして扉が閉まった。
彼女のできた銀時の閉めた扉は、銀時の帰り道から俺を切り離していく。
その瞬間、俺は銀時の世界からすらも締め出されたのだと思った。今夜ばかりはそういう気がした。
銀時に彼女ができたのが嫌なのではない。彼女のできた銀時が、俺を忘れてしまうのが嫌なのだ。今日に限って帰るなんて、それはまるで今まで俺がいた場所が誰かのものにされてしまったようで。
結局、俺は銀時が一番に頼る相手でありたいのだ。それをドアの音ひとつでまざまざと知らしめる。
やっぱり、あの男は1度蹴飛ばしてやらねば気が済まない。
俺は呆然と突っ立って、閉まったドアを見つめていた。ドアの閉まる音を聞いた斉藤がやってくる。
斉藤は俺とドアとを見比べて、どうしたものかと測りかねているようだった。俺はそのままドアに背を向けて座卓を拭くべく、膝をついた。すると斉藤も俺の隣に座り込んで、俺の横顔を見上げている。

「・・・どうせ、すぐに愛想をつかされる」

酒のせいだろうか。斉藤が傍にいると思ったら、なんだか鏡と向かい合わせになったような、教会の告解室にでも通されたような、なんだかとにかく吐き出してしまいたい気持ちになった。
かつて、この状況に1人だったこともあった。また晋助や坂本がいて、意地を張らねばならぬときもあった。
今、斉藤が無言で傍にいてくれる。その安心感がそんな気持ちにさせるのだろうか。
もういちいちショックを受けてもいられない。またか、と思うだけだ。
数年に1度、銀時は適当な女子に惚れてはフられたり、あるいはうまくいったが別れたりして、いずれも数ヶ月でその恋を終えている。今度もきっと例には漏れまい・・・。

「・・・。」

すり、と斉藤が首元に顔を寄せてきた。
目元までアフロが押し付けられて、まるで撫でるよう催促されてでもいるようだ。犬が、自分を見てほしいときによくするその仕草。
斉藤は首筋に額をこてんとつけているから、俺の顔など見えはしない。俺自身押し付けられたアフロのせいで、自分が泣いているかどうかなんてよく分からない。
俺は蛍光灯の明かりでオレンジにも見える茶色のアフロに思い切り両手を回して、乱暴に掻きまわした。斉藤は、はじめて自分から腕を回してきて、俺の背中をずっと支えていた。

いつもそうしているように、俺は何度も斉藤の髪を撫でていた。
その時俺が泣いていたかどうかなんて、誰も知らないままに。













たぶん恵美ちゃんであって、魘魅ちゃんではない





































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