スーパーから出てきた少女は、いつもの同居人ではなく可憐な女性と一緒だった。
少女は俺を見つけるとたたっと小走りでやってきて、買った商品にクレームをつけるような口調で俺に無茶な要求をしてきたのだった。

「ヅラァ、最近銀ちゃんが不機嫌でウザいヨ。オマエ付き合い長いんなら何とかするヨロシ。ワタシは今日アネゴのところに泊まるって言っといて〜じゃっ」
「あっちょっ、リーダー」

銀時の不機嫌なんか、知るか。どうせパチンコでスッたんだろう。
そうは思うが万事屋に足が向いてしまうのは、アレだ、俺はどうにもリーダーには逆らえんのだ。
だってリーダーだからな。


【ポカホンタスの狂恋】


定春殿が開けてくれた引き戸の向こうに、家主はまだいなかった。珍しく真面目に仕事でもしているのか、あるいはまたパチンコにでも行っているのか。リーダーがいるから、銀時はパチンコに行っても夕飯時には帰ってくる。だから多分この時間になっても帰らないというのは、今日は珍しく仕事をしているのだ。まだ18時半だし、俺も忙しい身ではあるが少しは待ってやろう。
19時。
21時。
・・・23時。
・・・・・・25時。

「銀時貴様ァァァこれはどういうことだ!!」
「何で帰ってきて怒られなきゃなんねーんだよ!!」

カンカンとブーツの踵が鳴る音がして、外で一度大きくえずく声がしたあと、古い引き戸はガラリと開いた。うーだりぃとか酒の匂いをぷんぷんさせて千鳥足で帰ってきた男に、玄関先で正座待機していた俺は噛みつかんばかりの勢いで吠えた。

「そのナリは貴様飲んできたな!リーダーがいながら夕飯放っといて深夜まで飲んでるとかそれでも保護者かツケも払えんくせに!」
「家庭顧みない亭主責める女房かオメーは!!大体神楽は今日お妙んトコ泊まるって言ってたからね!道場の前で会ったからね!」
「じゃあその時俺が来ていることも聞いただろう!」
「カケラも聞いてねーよ!!」
「あれェ!?」

ちょっとリーダー、それはないんじゃないの!
多分ホントはリーダーは銀時の不機嫌とかどうでもよくて、お妙殿のところに泊まることについて俺をメッセンジャーボーイにしたかったのだろう。それが俺に会った後で銀時本人に会ってしまったので、要件を伝えたら俺のことを忘れてしまったのだ。よくあるといえばよくあることだが、というか目の前のこいつはしょっちゅうそんなことをしているが、リーダーがいらんところまで銀時に似てきてしまっていやしないかと、俺はちょっと心配だ。

「大体オマエは何しに来たんだよ」
「銀ちゃんが機嫌悪くてオッサン臭振りまいてるのがウザいから何とかしてきてワタシの洗濯物銀ちゃんのパンツと一緒に洗わないでってリーダーが」
「嘘つけェェエエ!!機嫌悪いだけだろアイツが言ってたの!ねェそうだって言って!!」
「ふん。機嫌が悪い自覚はあったのか」

銀時が涙目で噛みついてきたものだから、俺はウザいとは言ってたことを黙っておいてやった。
俺がちらりと横目で見ると銀時はぐっと言葉に詰まった顔をして、恨めしそうにこちらを睨むとすぐにふいと俺の横を通り抜けていく。
だすだすと、銀時の足取りに伴って床が鳴いた。

「知らねーな。どうだっていいだろ」
「またそんなこと言って。反抗期はいい加減終わらせたらどうなの」
「俺の心は常時オメーに反抗期だよ!」

銀時は電気も付けないまま台所でコップに水を汲むと、ごっごっと喉を鳴らして一気に飲み干した。
今夜は月が明るくて、電気を付けていなくても台所の窓から射す月明かりで夜は白い。ガラスのコップについた水滴が光っている。水を飲み干す銀時の喉元も白く照らされていた。
ふー、と息をつく口元から一筋雫が垂れる。
きゅぃっと蛇口を捻って、銀時はまたコップに水を汲んだ。その指先が青白い。

「あの新入りはどうしたよ。今日は連れてねーの」
「辞めたよ。最近の若いのは気骨がないが、まあアレはよくやってくれたほうだ」

ガンッ!

シンクに思いきりガラスのコップが叩きつけられて、ビシャッと中の水が散った。

「オマエさ、アイツ気に入っただろ」

酒臭いのが分かるほどに顔を近づけた銀時の目は据わっている。意外と頑丈な安物のコップは割れなかったが、銀時が握りしめるその指は力を込めるせいで節ばって白くなっている。不機嫌をあらわにして無遠慮に睨み付けてくる眼光に、何だか懐かしいなと場違いなことを考えた。昔は、この目を良く見たものだが。

「気に入るも何も。大体お前には俺の腹づもりを見せただろう」
「あーそーね。ドヤ顔で新入りとか言うから何か企んでんなとは思ったよ。だから放っといてやっただろーが」
「おかげさまで上手くいったよ。お前は一体何がそんなに不満なんだ」
「・・・・・・敵方たらしこまねーのがオマエの信条だと思ってたが」

俺に迫るような銀時は逆光でシルエットばかりがくっきりと浮いている。それでも篝っているような紅い目にぎろりとやられてぞくっとした。
たらしこまないというのは、俺が敵方に対しては徹底的に嫌な部分だけを見せているだろうと、そういうところを言っているのだろうか。確かに敵にアイツはいい奴なんだよと言われてもやりづらいし、状況によって共同戦線を張る場合、最悪の敵は最良の味方だ。味方につけたら頼もしいと思わせるためにも、俺は対立軸上の相手に対しては殺す気で警戒せざるを得ないイヤな敵たらんとしてきた。
それは今でも変わっていないはずだが、こいつは何が不満なんだ。

「はっきり言え、銀時」
「信条破ってイイカッコ見せるくらい気に入っちゃった?どーすんのアイツ惚れちまったよ。近藤の従順な犬が、よりにもよってオメーに」

オマエちょっとマジなことするとすーぐファンできちゃうじゃん、もう党ひとつぶんあれば満足でしょ?何でよりにもよってあんなんたらしこんじゃうの。欲求不満?
核心に触れたらあとは全部吐き出してしまいたくなったようで、銀時は俺の肩によろよろと顎を乗せると耳元でぐずぐずと呟きだした。
普段なら妬いたことを態度にも表したくないという奴だが、多分酒のせいだろう。もともと妬いた態度を隠すのも下手な癖にさらにあからさまになっている。
四六時中一緒にいたらちょっとカッコイイところだって見ちゃうだろ。無茶を言うなと思うが、耳元でぐずぐずと唇を尖らせているこれが可愛くて、しょうのない奴だとつい髪を撫でてしまうのだ。
これ以上苛めるのは酷だから、あれにキスしたことは黙っていようなんて狡いことを考えながら。

「・・・・・・あの野郎だけはやめて」
「じゃあゴリラならいいのか」
「あのゴリラたらしこんだらお妙から感謝状モンだよ。ストーカーしつっこいから俺はオススメしねーけど」
「お前の基準で誰か俺がたらしこんでいい奴はいるのか?」
「・・・どうせオメーは世の中いっぺんにたらしこむんだろ」
「ふん。じきにな」

俺だけにしてよとこいつは言わない。
それでも肩に乗せた顎に、いつの間にか背中に回された腕に、それが銀時一流の意地っ張りだということを見抜く術を俺はいつからか身に着けてしまった。
お前のその臆病さが、それがそのまま俺たちの距離になる今が、かなしくて愛おしい。
うかがうように力を込める銀時の腕のなかで、月の粉をふるったような銀時の髪が狭い視界にきらきらとしていた。



























































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