「おーいヅラァ泊めてー・・・」
「またか銀時、最近貴様は呑みすぎだ」
「しょーがねーだろ俺だってアレがソレでコレでさァ・・・」
「じゃあコレをソレしてアレすればいいだろう。・・・あっコラ斉藤甘やかすな、水くらい自分で汲ませろ」



【アンダーザスキン 5】


「オマエら一緒に住んでんの?」

最近銀時のお気に入りの女の子がいるのはウチの近所の居酒屋らしかった。そのせいでここのところよく酔っ払った銀時が帰宅をめんどくさがって俺の部屋に転がり込んでくる。
腹立たしいような、嬉しいような、とにかく一度蹴飛ばしてやらねば気がすまない凶暴な気持ちを抱えて俺は銀時を引き入れるのだが、先日ついにその瞬間がやってきてしまった。
水を持ってやってきた斉藤の顔をまじまじと見つめて、グラスを受け取る銀時は斉藤に向かって言い放った。
確かに、ここ2週間程度の間銀時がやって来たときに「偶然」斉藤がいる確率は、平日休日を問わず3/3。
大学の後輩にしては入りびたり率が高い。しかも、宅飲みをしているといった様子もないのだ。流石にそろそろ、疑われるだろうとは思っていた。

「・・・先日こ奴のアパートで火災があってな。ボヤ程度だが火が回ったものだから、修理が済むまでウチに置いている」

修理がいつ済むんだ、と、酔っ払った銀時は聞いてこない。ふーん大変だねと聞いているやらいないやら、大きなあくびで片付けて、銀時は勝手にベッドに入り込んでしまった。その大雑把なところが、今は逆に有難い。
明け方、やはり俺は銀時の腕の中に納まっている。そうして俺は斉藤の様子をちらりと確認してから、そっと銀時にキスをする。
墓穴を掘るようなことをしなければいいのに、とは思う。思うが、この腕の温かさに抗えないのと、あとはもう1度見られているのだから2度も3度も一緒だという、どこかやけっぱちな気持ちもあった。

その日も、俺はシングルベッドに男2人という暑苦しさと、間近に漂う酒臭さに負けて明け方早くに目が覚めた。銀時の腕は相変わらずだらりと俺の背中に回されている。
その腕を解いて身体を起こし、ちらりと斉藤を確認して、そこで斉藤がいないことに気がついた。
この間のようにトイレに立っているとかそういうものではない。布団が丁寧に折りたたまれていた。



斉藤は朝食のあとも帰ってこなかった。
二日酔いを抱えてふらふらと帰っていく銀時を見送り、仕事に出て、夜になったら帰っているだろうと思ったが、やはり帰ってこなかった。
自分の意思で出ていったことは知れるし、1日くらい帰らなくても死ぬもんじゃないと思ったが、3日帰らない日が続いたあたりで流石に少し焦り始めた。
これは、家出か?まさか俺が銀時にちゅーしてるところなんて見てしまったから身の危険を感じたのか!?馬鹿な、俺はペットにそんなことはしないぞ!!
授業には出ているのだろうかと大学にも探しにいってみたが、母校とはいえいかんせん他学部なので探しづらい。
ここへ来て俺は斉藤の携帯の番号も知らないことに気がついた。家の中ではペットだったので、連絡手段など考える必要がなかったのだ。これでは外に出て行ってしまえばどこで何があってもわからない。一体世の飼い主たちはペットがいなくなってしまったときどうやって探しているのだろう。

(そうだ、保健所に連絡・・・!)

ハッとして携帯に手をかけたところで、何をどうやっても保健所には連れて行ってもらえない種類のペットであることを思い出した。くそ、手のかかるやつだ。
張り紙、SNSによる拡散、友人の助力・・・、いなくなったペットを探すありとあらゆる手段を考えてみたが、どれもこれも斉藤の外見が邪魔をする。もはやこれまでか。
思えば自宅の鍵を持ち、いつ家を出て行っても問題がない状態で今まで暮らしていたのだ。どうして斉藤が出て行かないのかはよく分からなかったし、俺だってもう知らん勝手にしろ、と半ば投げやりに斉藤の行動を黙認してきた。斉藤は何の気まぐれかしばらく帰らずウチにいたが、身の危険を感じるに至り(断じて誤解だ)、本来あるべき家に帰った。それだけのことではないのか。

「・・・桂?どうしたんだ具合悪そうだな」

1町2町とぐるりと回って、路上のベンチに座り込んで途方に暮れていた。もともと日陰になって涼しい場所だったが、ふいに降りかかる影が濃くなって、聞き覚えのある声が降ってきた。
顔を上げればゴリラが1頭俺を見下ろしていて、冷たい缶コーヒーを差し出してくる。

「・・・近藤」
「珍しいなこんなところにいるの。あ、そういや終ちゃんと帰れたってメール来たぞ、有難う」
「ああ・・・。近藤、斉藤は元気か?」
「え?会ってないの?ああまあ元気そうだよ、お前はなんか疲れてるみたいだけど」
「・・・アパートでコッソリ飼ってた犬が突然いなくなってしまってな」
「えっ!?大変じゃん、探すの手伝ってやろうか?」
「い、いやそれには及ばん。保健所とかにも連絡したから。ただ斉藤に懐いていたから、それでちょっと斉藤元気かなーと思って」
「そっかー・・・。まあ犬なら帰ってくるって!俺も見かけたら連絡しよう。どんな犬?」
「えっ、・・・ちゃ、茶色くてでかくて鶴瓶師匠みたいな犬だ」
「・・・お前よくそんなもんアパートでコッソリ飼えてたなあ」


次の日は朝イチから会議で、また益もないままだらだらと長引いていたのだが、ろくろく聞ける状態ではなかった。
近藤には連絡をとっているのだろう。元気そうならいいじゃないか。
勝手にしろ、と思っていたはずなのに、いざ勝手に出て行かれると戸惑うものだ。今ものすごく斉藤を膝に乗せて、アフロを撫でくりまわしたい。あれは落ち着くんだ。
そいつのせいでまさに今落ち着かないくせに、と思うと苦笑しか出てこない。
では今日はこれで、という部長の声も、一斉にガタガタと椅子を引く音が湧き出したのも、どこか遠かった。

帰宅しても、ぼーっとしていたら夕食をつい2人ぶん作ってしまって、知らず眉根が寄った。
食後も何かする気が起きなくて、何となくテレビなぞ見ている。気づいたら小さなクッションを膝の上に乗せてひたすら撫でていた。感触は全然違う。
なんだ随分寂しいじゃないか。斉藤が来てからまだ1ヶ月ちょっとしか経たないのに、斉藤がいる仕草がすっかり板についてしまったことに驚いた。
ペットなんてそうそう続くもんじゃないとか言ってたくせに、こんなに手放し難く思ってしまうのはどうにも危うい。このあたりで打ち切りになったのはギリギリセーフだったのかもしれない。
そんなことを考えていたら、テレビの声に混じって外から怒声のような声が聞こえてきた。

(・・・住民トラブルか?)

思わずテレビの電源を切った。部屋が静かになってみれば、声はどうやらアパートのすぐ前、しかも俺の部屋のそばで聞こえてくる。会話内容まではわからないが、相手はかなり苛立っているようだ。
もう一方は声が小さいのか冷静なのか、声が聞こえない。
もしかしたら酔っ払いに一方的に絡まれているのかもしれん。捨て置けないとばかりにドアを開けたら、すぐ目の前に警察官と、それから出て行ったはずのウチの茶色くてでかい鶴瓶犬がいた。

「斉藤!?」
「あー何君の友達!?このひとずーっと君の部屋の前をうろうろしてたみたいなんだよね。それで付近住民から不審者がいるって通報が入ったんだけど、全然喋らないから」
「・・・スミマセン彼の身元は僕が保証します」
「君んちインターホンでも壊れてんの?紛らわしいことしないでね」
「・・・はい」

パタン。

「・・・不審者って貴様、ウチの呼び鈴は壊れてないぞ」

警察官が苛ついた足音で帰っていき、腕を引かれてウチに連れ込まれた斉藤は玄関でバツが悪そうに突っ立っている。
入る気があるのかないのか、部屋の前にいたということは何か言いたいことはあったのだろうが、いかんせん喋らないものだから意思疎通が困難だ。犬でももうちょっとわかりやすいんじゃないか、とたまに思う。

「まあ上がれ。安心しろ、俺は誰彼構わず襲うようなホモではない」

銀時のことで身の危険を感じているならお門違いだ、と言えば斉藤はぶんぶんと勢いよく首を横に振って、慌てて靴を脱いで上がってきた。
客人ではないので、茶は出さない。気のないふうでまたテレビをつけ、定位置のクッションに身を埋める。
そのさまを斉藤は俺のそばに正座してじっと見ていた。

「斉藤」

俺が斉藤のほうを見もせずに呼ぶと、斉藤はびくっと肩を揺らした。心なしか、正座をしている腿の筋が強張っているように見える。

「出て行くときはちゃんと一声かけること」

静かな俺の声に、斉藤は大人しく頭を垂れた。俺が怒っていると思ったのだろう。事実、俺は怒っているのだが。

「・・・斉藤」

ちらっと見やればありもしない犬耳をピンとたてんばかりでこちらを見つめてくる。何かタイミングを伺っているような雰囲気だったが、何を図っているのかよく知れない。
結局斉藤が何故出て行ったのか、そしてまた何故帰ってくる気になったのか、そこらへんのことは一切わからない。とりあえず今は、斉藤はまたしばらくウチでペットを続行する気になっているのではないか、ということだけだ。
・・・まあ、いい。

「おいで」

斉藤は最初の頃のようにおずおずとやってきて、暫く逡巡したと思うと躊躇いがちにアフロを投げ出した。
馴染んだ指通りに、失くしたと思っていた大事なものをやっと見つけたような安心感が肺から腹に満ちていく。その重さと手触りを膝と指とに感じながら、俺はさっきまで感じていた危うさやギリギリセーフのラインを超えることなどを、もうすっかり忘れてしまっていた。













 







































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