最近、風呂あがりのペットの頭を膝に乗せて、ドライヤーをかけながら段々ふわふわになっていくアフロをグルーミングするのが楽しみだ。

「・・・どうした?」

ドライヤーの煩い音が耳元で響いているというのに、斉藤は犬並に耳聡い。今まで大人しく目を閉じてなされるがままになっていた斉藤はぴくっと突然目を覚まして頭をもたげ、屋外のカンカン、という足音を拾った。

ガチャガチャッ・・・ドン!ドンドン!

「おーいヅラァー開けろコノヤローうぃっく」
「銀時!?」

慌てて膝を上げたのでちょっと斉藤の顎を蹴ってしまった。それに気づかないままドアを開けると不機嫌そうにした白い天然パーマが立っていて、俺の顔を見るやいなや赤い顔をしてもたれかかってきた。

「どうしたんだ突然・・・ちょっ貴様酒臭い」
「うぷ飲み過ぎた・・・アレ、誰かいんの」
「!」


【アンダーザスキン 4】


銀時は物心のついたときからずっと一緒に育ってきた。俺のことは、ある意味俺より知っていると言っても過言ではない。しかしだからとはいえ何でも話せるわけではないのだ。
例えば、どう見ても同年代にしか見えない成人男性をペット扱いして家に置いているなんていくら銀時でも、いや銀時だからこそ、ドン引きされるのが目に見えているので口外できない。まあ、この状況を正直に説明されて引かない者がいたらそれはそれで俺が引く。
俺と斉藤は即座にアイコンタクトを交わし、設定の共有を図ることにした。
そうして幼馴染のこの男に、俺はまたひとつ嘘を重ねている。

「・・・斉藤は大学の後輩でな・・・俺としても優秀な後輩との交友を深めるべく云々」
「エ?じゃァコイツオマエの与太話に1日中付き合わされてんの?優秀な後輩の芽を早々に摘み取るなんて罪深いマネすんじゃねーよ」
「何、こんな夜更けに泥酔して押しかける貴様の罪深さに比べたらまだまだカワイイものだ。言っとくが泊めんぞ」
「オメー何のために俺が布団置いてったと思ってンだ」
「客人が使うためだ」

芽を摘み取るなとか言う割に、銀時はそこで始めて自分以外の宿泊客の存在を認識したらしい。
あ、大将泊まってくの?と気のないそぶりでちらりと斉藤を見るものだから、若干(言語的にはかなり)コミュ障のケがある斉藤は「帰ったほうがいいですか」と俺に目で訴えかけてきた。確かに斉藤はもう自宅の鍵を持っているのだし、「斉藤を帰す」という選択肢もないではない。しかし友人が来たからといってペットを追い出すなどということは飼い主として許されざる悪行だ。銀時に気取られてはならないとはいえ、この部屋の中では俺が飼い主なのだから、毅然とせねば。
斉藤。貴様は深夜ノーアポで押しかける無法者にエンリョなぞせんでいい。せんでいいぞ。
しかし銀時は俺のそんな胸中なぞ絶対に知らないままに、早々に上着を脱いで俺の部屋のカラーボックスから大きめのTシャツを引っ張り出した。

「あーいーよ俺ベッド使うから。ヅラ、シャワーもらうぜ」
「ヅラじゃない桂だ。オイ待て俺はどこで寝るんだ」
「一緒でいーじゃん暑ィし狭ェけど」

そう言って銀時は洗面所に消えていき、暫くするとシャワーの音が響いてきた。
斉藤はまだ来客の処遇に不安を抱えているらしい。ちらちらと俺のシングルベッドを見ながら所在なさげに立っている。

「・・・すまんな。アレは俺の幼馴染の銀時だ。残念なことに泥酔したあれと押しくら饅頭しながら寝るのには慣れている。貴様は気にせず寝ることだ」

努めて優しく言ってやって、斉藤は何とか「とても仲の良い友人同士の距離感」だと認識したのか納得したようだった。
仲の良い友人同士、に見えているといいが。
銀時に斉藤のことを隠し、斉藤に銀時のことを隠し、なんだか自分がコウモリにでもなった気分だ。

「銀時ィィィ貴様そのびしょ濡れ頭で寝るつもりか!枕がじっとりするだろうが!!」

カラスの行水よろしくすぐに出てきた銀時がふらふらとベッドに倒れこもうとするのを俺がドライヤー片手に必死で阻止するのを見つめながら、斉藤は大人しく布団にもぐっていった。





暑いし狭い、と言っておきながら、明け方目が覚めるといつも俺は銀時の抱き枕になっている。
多分これはもう子供のころからの習性のようなもので、銀時にたぶん他意はなく、俺を抱きしめている認識さえないだろう。
子供の頃からドキドキしていた、俺だけがおかしいのだ。
俺か銀時が女性であればただの「よくある話」だ。幼馴染に恋をしたが、向けられる信頼や居場所を失うことに怯えている。そうしてずっと、臆病な恋心を飼い殺している。幼馴染だ友人だと、間違ってはいないけれど、必ずしも真実ではないグレーな嘘を何層にも重ねて、結局真っ黒になっている。
頭だけ起こして、銀時の寝顔を見下ろすこの瞬間が好きだ。
その白い癖っ毛が大好きだった。情に厚いくせに素直になれない心根も、失礼な渾名で俺を呼ぶ声も。
ふにふにした小さな腕は随分逞しくなって、華奢な胸板もすっかり厚くなってしまったけれど、寝顔はいつまでも変わらない。ことを、今となっては俺だけが知っている。
銀時の傍にいるなら、この恋はいつか手放さなければならない。いつかは、いつかは。
そう思ってここまできてしまった。斉藤のことといい、俺の手元にあるのは不安定な関係ばかりだ。
銀時が出て行く朝を、「いつか」の終着にすることはできなかった。そうして、今朝も。
朝、銀時の腕をそっと解いて、俺は銀時の頬に口付ける。
その無防備な唇を奪わないのは罪悪感と、あとはそれを知ってしまったら、失った時に耐えられないことを直感的に知っているからだ。
指に絡むその髪を撫でて、頬から唇を離したとき―――、ぱちり、と、目が合った。
斉藤と。
もっと正確に描写すれば、トイレから戻ってきてさあもう一眠りしようかなとしていた斉藤と。

(見られたか!?いや斉藤は寝起き悪いからあるいは寝ぼけているやも・・・)

硬直して見詰め合うこと数秒、斉藤は無言で布団に潜り込み、くるっと俺に背を向けると、Z〜と不自然な寝息を立てて爆睡のようなものをし始めた。

(見られたァァ!コレ絶対見られたァァア!!)

忘れろ!超スペクタクルでジャパニーズホラーな夢でも見て忘れろ!!
背中に念を飛ばしてみたが、アレ絶対に起きている。むしろ今普段より目が冴えているに違いない。
せめて見なかったことにしてくれ。

銀時が起きてくるまでの数時間、その後の対応を考えていた俺と斉藤の心は確かにひとつだったと思う。


































































人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -