○月×日 雨
目が覚めると、知らない部屋にいた。
髪を撫でられているような感触がして起きると、綺麗なひとが見下ろしていたので、死んだかと思ったZ。


【アンダーザスキン いぬのきもち1】


自慢のアフロだが、少し羨ましくなるほどストレートの黒い長髪だった。色白で美人だが、残念ながら女性には見えない。彼が言うにはここのゴミ捨て場に倒れていたのを拾われたらしい。
確か、近藤さんたちと飲み会の途中で小銭入れだけ持って酒を買いに出て・・・、酔っ払った怖いヒトたちに囲まれて、慌てて走ってきた。追いかけてくるのを必死で逃げてたら、知らないところまで来てしまったらしい。
帰り道が分からなくて、どうしようと思ったら急激に眠気が襲ってきた。そこで倒れこんでいたのを、彼が発見してくれたという。
小銭入れはどこかで落としてきたようだ。家主は優しい人で、休んでいっていいという。
有難かったが、ここがどこかも分からず、また帰るにも鍵がない。近藤さんに連絡したかったが携帯も置いてきてしまった。家主は大学生か、あるいは社会人数年目くらいに見えるが、まさか近藤さんの知り合いではないだろうし。
困ったZ。


△月○日 雨のち晴
雨が上がったので、そろそろ出ていかなくてはならない。
しかし帰りようがないので困っている。近藤さんの家がわかるまで、もう少しだけ置いてくれないだろうか・・・。
家主の桂小太郎としても全く喋らない男を扱いかねているようだ。さもありなん。このシャイすぎる性格が災いして、折角助けてもらったのにお礼も言えない。
お礼を言いたい。そしてあわよくばもうちょっとだけ置いてほしい。でももうずっと喋ってなくて声が上ずったらどうしよう噛んだらどうしようなんか変な喋り方のひとだと思われたらどうしよう4日も居座ってまだ居させてほしいとか図々しい奴だと思われたらどうしようヒモ志望とか思われたらどうしよう・・・。
そのとき、桂小太郎が「ペットを飼うような理由で置いとくのも失礼だろう」と呟くのが聞こえた。
前後関係を聞いていなかったが、置いてくれるつもりが皆無ではないらしい。ペットというのはよく分からなかったが、首輪をつけて四つん這いさせて市中引き回しをするような人には見えなかったから、ペットでもいいかと思った。どうせ喋れないのだから、そう変わらないような気もしたし。
わん、と書いたら、桂小太郎は驚いた顔をした。したけれど、結局ペットとして置いてくれるといった。
良かったZ。


△月○+1日 晴
今日は桂小太郎と生活用品の買い物に出かけた。
家族以外の誰かと同居なんて初めてだから、とても緊張する。トイレに立てこもって桂小太郎に早く出ろと切羽詰った声で怒鳴られたこともあった。
突然ノーコミュニケーションな成人男子が転がり込んできて、桂小太郎は困惑したに違いない。けれど彼は随分楽しそうに物を買い揃えていく。でも可愛いキャラクターのトランクスは、年を考えたらちょっと恥ずかしかったので遠慮した。
夕食後、古本屋で買った万事屋晋ちゃんシリーズ〜湯煙旅情殺人事件・紅桜の誘惑〜を読んでいたら、彼に呼ばれた。おいで、と言われて何だかわからなかったが、その手に「室内犬の飼い方 しつけ方」という本が開かれていたので把握した。
桂小太郎は真面目な男らしい。飼い主らしくペットとのコミュニケーションをとろうとしているのだろう。
そこまで真面目にされても困るのだが、こちらもペットとして置いてもらっている身なので寄っていった。
すると突然ヘッドロックをかけられて頭を撫でられたので、死ぬかと思った。苦しくて逃れたら、彼が困ったような顔をしている。多分、「おいで、と呼んでやってきた犬を褒める」がやりたいのだろう。
このアフロを撫でさせるだけなら、ヘッドロックをかけてもらわなくても大丈夫だ。撫でやすいようにごろんと横になってやると彼はほっとした顔になって自慢のアフロを撫で始めた。
ここへ来て、これは所謂膝枕であるのに気づいてしまった。これはペットにしては図々しかっただろうか。というより客観的に見たら男が男に膝枕なのだが、気持ち悪がったりしないだろうか。
おそるおそる見上げてみたら、彼はまるで気にしていないようで、また本をめくっては頭を撫でている。
誰かに頭を撫でられるなんて何年ぶりだろう。近藤さんたちの他には生涯で友達という友達もできなかったし、彼女なんてなおさらだから、子供のころ母や祖母に撫でられて以来だった。
ふわふわと慈しむような彼の手はとても心地よかった。こんなふうに自分に触れてくるひとがいるなんて信じられない。膝枕も、差し入れられた手も、穏やかな微笑も夢の中の世界のようだ。
こんなに気持ちがいいものなら、このままペットも悪くない。
その日はそのまま眠ってしまったZzz・・・。


△月△日 晴ときどき曇
衝撃の事実が発覚したZ。
桂小太郎は近藤さんと知り合いだった。
夕方、帰ってくるなり呼ばれた。夕食のあと、テレビや本を見ながらこのアフロを撫でるのが桂小太郎は好きだった。私も彼が優しく撫でてくれるのは好きだったのだが、今日は鞄を置くとすぐに側に呼んで頭を無心に撫でている。少し寂しそうな顔をしていた気がしたが、何か嫌なことでもあったのだろうか。
ペットだから、こういうときに癒すのは本分であるはずだ。しかし何をどうすればいいのかいまいち心得ないでいると、彼はおもむろに近藤さんに会って、荷物を預かったと言う。
桂小太郎が近藤さんと繋がったことがまずもって驚きだが、いま大事なのは荷物、というより私の家の鍵だ。
ペット生活はそれなりに満足していたが、今まで生活費も払わず居候しているのが心苦しかった。桂小太郎は会社勤めのようだったが、同じように会社勤めをしている近藤さん達から景気のいい話は聞いたことがなかったし。それから近藤さんたちに何も言わずに行方不明になっていたことも心残りだった。
夕食のあと、一度帰宅した。携帯の充電器とかパソコンとか、入用のものは色々ある。あれが要るこれをするとしていたら帰ってきたのは深夜になってしまった。無用心だが鍵が開いていて助かった・・・。
翌朝彼は私を見て不思議そうな顔をした。朝食を2人分作っておきながら「帰ったんじゃなかったのか」などと言う。
言われてみれば、鍵が返ってきたのだからここにいる必要はないのだと思い至ったが、まだペットであるので帰ってこなかったらまずいだろうと思っていた。そういえばどこでペットをやめればいいのか考えていなかったが、どこかでやめなければならないのだろうか。ここでこうして撫でられているのは心地が良くて、できればこのままでいたい。やっと生活費を折半できるようになって、心苦しさも軽減したので。
自分の生活費を出してしまったら彼にとってはペットという建前をとることが苦しくなることは分かっていた。どう考えているのか知りたかったが、特に何も言ってはこなかった。見て見ぬふりをすることで、このままでいることに折り合いをつけたのだろう。
それだけ彼もこの生活を気に入っているのかもしれない。それは何だか居心地よく感じているこの気持ちが一方通行ではないと言われたようで嬉しかった。
とても嬉しかったZ。


































































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