衝撃の事実が発覚した。

斉藤は、借金のカタに労働を強いられていたのでも喉を潰されたのでも松子と共に逃げてきたのでもなかったのだ。




【アンダーザスキン 3】



「桂!ちょっといいか」

昼休み、月見そばにするかなどとエレベーターを降りた先で、やにわに声をかけられた。ガタイがよくゴリラのような男だが、とても人懐こい笑顔をしている。
同期の近藤だ。入社時の歓迎会でたまたま隣になり、家も遠くなかったので割と仲良くしているほうだと思う。いかんせん部署が違うものだから普段話すことはあまりないのだが、珍しいこともあるものだ。

「お前、終と仲良いのか?」
「は?」
「イヤ、こないだスーパーで2人でいるとこ見たって言ってた奴がいて・・・」

突然出てきたウチのペットの名前にきょとんとした。終とは斉藤終のことだろうか。確かにウチの斉藤は終だが、何故それを近藤が知っているのか。しかもスーパーで見かけたからといって何故俺に声をかけてくるのだろう。

「斉藤の知り合いか?」
「知り合いっていうか・・・高校の後輩でさ、こないだ皆で飲んでたんだけど」
「飲んでただと?松子はどうしたんだ」
「エッ?いやその人は知らないけど、とにかくその日酒なくなったからってアイツ買いに出たっきり戻んなくて・・・。帰ったのかと思ったんだけど部屋の鍵とかとか置きっぱだから家入れないんじゃないかって心配してたんだよ。携帯も置いてったから連絡もとれないし」

でもお前のところにいたんだな!アイツまだ学生だし趣味とかも特にないのにドコで友達になったんだ?
そう屈託なく話す近藤の笑顔に訳がわからなくなる。要するに、俺が想像していた斉藤の来歴はどうやら事実とは異なるらしい。
あの日、斉藤は近藤たちと飲んでいて、深夜酒を買いに少し出るつもりで出て行った。その先で何かトラブルに巻き込まれたのか、擦り傷を作って俺のアパートの前まで逃れてきたというのが真相のようだ。そこで何があったのかは、斉藤でないとわからないが。

「そうか・・・。あの男何も話さなくてな。声帯ポリープの手術でもしたのか?」
「いやぁ、それがよくわかんないんだよなあ。高校のときから一っ言も喋んなくて先生困ってたらしいし。
でもイイ奴だよ、あいつは。喋らないのはまあ、大目に見てやってくれ」
「こっ高校から一言もだと!?」
「で、お前まだ終と一緒にいる?コレあいつが置いてった物なんだけど渡してくれないか」
「・・・あいわかった」

斉藤の部屋の鍵と携帯。斉藤が俺の部屋を出て行けない理由がやっと分かった。鍵がないから帰るに帰れず、また携帯がないから近藤に連絡をとることもできなかったのだ。遠くはないとはいえ俺と近藤の家は大学を挟んで真逆の方向にあったから、斉藤はこの辺りの地理にも暗かったのだろう。直接近藤に会いに行くこともできない状態で、俺の部屋にいるためにペットにならざるをえなかったのだ。
今日家に帰って、部屋の鍵を渡せばもうあそこにいる必要はない。斉藤は出て行くだろう。そうそう続くと思っていた訳ではないが、いくらなんでも数日って短すぎやしないか。せっかく色々買い揃えたのに。

(・・・情がうつる前で良かったと、思うことにしよう)

そうだ。捨て犬だって保護したあと貰い手がつくこともあるのだし、そのようなものだ。
ふらふらと帰ると斉藤が食事の支度をして待っていた。仕度といってもこの男は料理がひどく不得手だったので、材料を切りそろえるだけなのだが。

「・・・斉藤」

おいで、と、言わなくても名前を呼んで膝をぽんと叩けば斉藤は来るようになった。荷物を下ろしたそばからその明るい茶色のアフロをわしゃわしゃとかきまぜて、安堵と共に寂しさを覚えている。この感触も、もう最後と思えばこそ。結構、気に入っていたのに、残念だ。

「・・・昼間、近藤に会ってな。お前の荷物を渡された」
「!」

ぴくっと斉藤は頭を上げて俺を見た。相変わらずの無表情だが、少し期待しているように見えるのが、何やら妙に憎々しい。鍵も携帯もカードも大事なものだから当然の筈なのに、それは何か、今の境遇にそんなに不満でも?と嫌味のひとつも出てしまいそうになって喉元でぐっと堪えた。
今の境遇に不満なんて、無いはずがない。同世代の男にペットとして飼われているなんてどんな恥辱だ。俺だったら絶対嫌だ。そんな状況を強いているのだ、早く解放してやるのが人情だろう。なんか割と自主的にペット宣言したような気もしたが、そんなことは忘れた。

「鍵と携帯とカード入れ、これで全部か?」

斉藤を起こして座らせ、携帯のデータやカード入れの中身まで確認させると、斉藤は頷いた。
あの雨の夜何があったのか、結局斉藤は答えなかったが、まあ、今更聞いても詮無いことだ。
良かったな、と言って一度頭を撫でると少しくすぐったそうに目を細めて、それからぺこっと頭を下げた。

食事のあと、斉藤は出て行った。
風呂の用意をしている間に気づいたらいなくなっていたのだ。挨拶くらいせんかと些かむっとしたが、あの男のことだから結局会釈しかできまい。そういえば下着も歯ブラシもそのままで、流石にこれらは俺が使うわけにもいかないし、全く迷惑なことだ。立つ鳥跡を濁さずという言葉を知らんのか。ふらっと来てふらっと消えるあたり、犬というより猫に近いものがある。第一、犬というほどフレンドリーでもなかったし。ペットにしては可愛げもない。出て行って清々した。大いに清々した。

「・・・本当に、あっけないものだ」

ここから家までの道はわかるのだろうか。カードがあればタクシーも使えるし、携帯は地図も見れるし、何とかなるだろうとは思うが、何となく不器用そうなのが少し心配だ。
未練がましいかもしれないが、その日は部屋の鍵をかけずに眠った。



明けないでと願う夜も早く過ぎろと願う夜も、朝は平等に訪れる。今日もいつもの朝がやってきた。
ベッドから起き上がって斉藤が寝ている布団の上をまたぎ、洗面所で顔を洗って歯を磨く。
それから着替えて食事の支度にとりかかる。味噌汁ができあがるころやっと斉藤が起きてくる。犬のくせに飼い主より遅く起きてくるとは随分神経の太いことだ。

「・・・エッ斉藤?」

あれ、そういえばあいつ昨日出て行ったんじゃなかったか?
斉藤はぺこっとアフロを揺らし、眠そうな目をこすって洗面所へ消えていった。
一応、ふたりぶんの朝食を用意して待ってみる。果たして斉藤はすぐにやってきて、食卓につくと手を合わせて食べ始めた。

「・・・貴様出て行ったんじゃなかったのか?」
「?」

何のことやら、といった表情でワカメを食んでいるのがいよいよ憎々しい。何なんだ、一体。どうして未だペットに甘んじているのかとか、やっぱ迷って帰れなかったのかとか、聞きたいことは色々あったが、もうめんどくさいので俺はすべてを放棄した。もう知らん。腐っても成人男性、自分で何とかしろ。ここにいる限り貴様はペット扱いだがな!

そうして、斉藤はまだペットとしてウチにいる。
あれから変わったことといえば、たまに俺の財布の中身が増えていることくらいだ。食費や光熱費の一部など、俺に気づかれないように少しずつ仕込んでいるらしい。
堂々と払えばペット扱いも解消する余地があるのに。何だかんだ、奴もこの状況を気に入っているのだろうか。酔狂にも程がある。とにかく、斉藤が見せたくないようなので、俺は財布の中身が増えていることは見て見ぬフリをした。

自分の家はちゃんとあって、でも俺の家にいて、生活費は払っていて、でもペット?
俺と斉藤の関係がどんどんややこしく、かつ不自然になっていくのにも、その不自然を許している斉藤と俺自身の奇妙な情にも、また見て見ぬフリをしている。



























































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