大学時代、1年次は文系も理系も共通キャンパスで、そのとき俺の部屋には幼馴染が転がり込んでいた。
2年生になって、工学部だった奴は坂と川を越えた隣のキャンパスに移り、それとともに俺たちはそれぞれ一人暮らしを始めることになった。
それ以来すっかり来客用となった奴の布団は、思いがけずペット用として活躍している。


【アンダーザスキン 2】


布団はともかく、歯ブラシやら下着やら、生活のために必要なものはいくらでもある。斉藤のペット宣言後、俺たちがまず初めにしたことは日用品の買出しだった。斉藤が追手に見つかる懸念は払拭できなかったが、俺も逃げ足には些か自信があるし、地理にも明るいから逃げ切ることは可能と踏んだのだ。何しろ今は俺のペットだからな。最後まで面倒を見るのは飼い主の責務だ。

「斉藤、斉藤。コレカワイイな。ステファン柄」

真っ白なからだ、ぱちりとした目、慎ましい黄色のくちばし。ステファンというよりむしろエリザベスと命名したいくらいカワイイ、このキャラクターは俺のお気に入りだ。ばさっとトランクスを広げて斉藤に見せたが、なんかビクッとされた。なんだ、つまらん奴だな。仕方ない自分用にするか。
油憎露で下着と、替えの服を何着か買って、スーパーに寄って夕飯の買出しがてら箸等を買い揃えた。
働いているとはいえ、ペットへの出費はなかなか痛い。せめて食費くらいは節約したいものだ・・・今日はこんにゃくだな。
誰かと2人で買い物に行くなど珍しいことだ。部屋の中に斉藤の物が増えていくのを想像したら、少し楽しくなってきた。銀時とああでもないこうでもないと言って、物を揃えた大学時代を思い出して。
2年生になった銀時が出て行くとき、布団以外の持ち物は全部銀時が自分で持って行った。パジャマやら食器やら、使えるものたちをより分けていく作業はなかなか寂しいものだった。離婚した夫婦の財産分与ってあんな感じだろうか。ひとつだったものを無理矢理2つに引き剥がすような苦痛を、たぶん俺だけが感じていた。
今度は、1年という期間限定の同居ではない。けれど「ペット」なんてふざけた関係がいつまでも続くとも思えない。それでもこうして今いつ出て行くとも知れない他人のために散財してしまうのは、やはりあの時の高揚感を忘れられないからだろうか。
無表情で、けれどどこか嬉しそうにこんにゃくを持ってくる斉藤を目に留めながら、いつの間にか心は過去へ飛んでいた。



食後、斉藤はベッドの足に背中を預けて本を読んでいる。帰りに近所の古本屋で買ってきた推理小説だ。
今日は俺もそれに倣って読書に勤しむことにした。読書といっても、「室内犬の飼い方・しつけ方」というようなハウツー本だが。
実家の太郎は外に犬小屋を設けて飼っていたし、室内犬は初めてだからな。
噛み癖もないし、無駄吠えもしないし、トイレのしつけもばっちりだ。これ以上本に頼ってまで達成しなければならないことなどないようにも思えるが、しかし俺は「ペット」として斉藤を置くと言ってしまった以上、ペットとしてどのように接すればいいのかを模索しているのだ。
例えば、俺の部屋には隣町の有印で買ってきた大きなビーズクッションがある。ソファは高いし、1人2人身体を預けるには十分だからといって買っていたのだ。俺がクッションに背を沈めている間、斉藤はベッドの足に背を預けて本を読んでいる。あれは実は長時間やると結構痛いのを知っている。いくら探偵の活躍に夢中になっていたとしても、そろそろ痛くなってくるころだ。
一緒に使えばいいのに、自分の立場にエンリョしているのか何なのか、斉藤はこちらへやってこない。それが何となくまだ慣れていない捨て犬を扱っているようで、こんな本にも頼りたくなるという訳だ。

『名前を呼ばれたら飼い主のもとへ行く、ということを覚えてもらいましょう。
最初は名前を呼び、反応したら「おいで」と声をかけます。最初はおやつを使ってもよいでしょう。
犬がやってきたら褒めてあげましょう。おやつを使わなくても来るように、毎日何度も繰り返すことが大切です。』

「斉藤」

声をかけると斉藤はぴくっと眉を上げて、弾かれたようにこちらを見た。

「・・・おいで」

読書中に、しかも推理小説など一番最中で邪魔されたくないものを読んでいるときに呼ぶのもどうかとは思うが。
斉藤は少し戸惑ったようだった。しかし俺の手にした本をちらっと眺めたあと、読んでいた本のカバーを途中のページに入れ込んで閉じ、俺の前にやってきて、座った。
よし、褒める。・・・えっ褒める?どうやって?

「よーっしゃっしゃっしゃァァア!!」

よくわからんが、アレだ。陸奥五郎さん方式だ。俺はいよいよビクッと身を竦ませた斉藤のアフロを構わず引き寄せると、そのまま勢い良く撫で回した。あっコレ気持ちいい。そうだ、この男のアフロはポメラニアンかサモエドかというふわふわ感があるものだった。
暫くそうして撫で回していたが、この体勢けっこうキツい。中腰で自分よりいくらか背の高い男の頭を抱え込んでいるのだから当然だ。斉藤にしても息苦しいだろう。そのうち嫌がるように頭をふるって俺の手を逃れてしまった。
そしてひとつ小さく息を吐くと、ごろんと俺の膝の上にアフロを乗せた。
・・・ああ、これ撫でやすいな。それこそポメラニアンを膝に乗せているような・・・

「・・・ご褒美のおやつ要るか?」

斉藤は膝の上で小さく首を横に振った。アフロがわさわさと動いて、少しくすぐったい。
視線が合うのは流石に少し気恥ずかしいのか、眠るように目を閉じてしまう。ガン見されてもやりづらいので、それは別に構わないが。

「・・・よーしよし」

やっと落ち着いた気分でアフロを撫でていたら、またあのアニマルヒーリングの効果がやってきた。
いつしか「Zzz・・・」と寝息が聞こえてきてからもまだ斉藤のアフロをしつこく撫でながら、俺はページを一枚めくった。













 




































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