自棄酒はいい飲み方じゃない。酒にも失礼だ。
そんなことは分かっている。分かっているけれど、俺にだって飲まなければやっていられない気分のときもあるのだ。
生温い雨の夜を覚束ない足取りで、それでも慣れた道はちゃんと家に帰してくれる。


(またゴミ袋の外にゴミが・・・カラスの仕業か)

俺の住むアパートの駐車場には、その端にごみ置き場がある。通りがかると汚れた茶色いモップがうち捨てられていて、雨に打たれてしおれていた。けしからん、と思いつつ俺はそのモップについた白い顔を一瞥して通りすぎ、

「・・・顔だとォォォ!?」



【アンダーザスキン 1】


モップだと思ったのは男が背負っていた髪だった。
雨音ばかりの静かな夜にその声は響いたはずなのに、男は目を覚まさない。自分より少し年下といった印象の若い男だった。呼吸はしているので、寝ているか気絶しているかだろう。
繁華街の道路ならば、蒸し暑い真夏のこの時期酔いつぶれた学生やオッサンが道端に転がっていることはよくある。しかしこんな雨の日に、ゴミ捨て場で寝ている奴は見たことがない。
多分、警察を呼んだほうがいい。
しかし自分のアパートはすぐ目の前なのに、警察が来るまで雨に打たせておくのも良心が咎める。あちらこちらに擦り傷ができていたのも気になった。
こんなときか弱い女子なら得体の知れない男を部屋に連れ込むことを躊躇うだろうが、幸か不幸かそのハードルもクリアできる性別を持っている。酔っ払って大分楽観的にもなっているし。

「・・・あっ意外と重いな・・・」

それに、俺はもじゃもじゃ頭には弱いのだ。




濡れそぼっていた服を脱がせて洗濯機に放り込み、俺の服を適当に着せた。サイズは大体一緒だが、俺よりも体格がいいのか少しパツパツしているのが腹が立つ。
咳風邪なのか花粉症か、ゴツめのマスクをかけている。グレーの、通気性良さそうなやつだ。だが今何花粉だ?それに咳風邪にしては、呼吸も綺麗だ。更に不自然なことに、財布や携帯、部屋の鍵等を一切所持していない。
やはり、何か変なものを拾ってきてしまったらしい。
汚れたモップにはドライヤーをかけてやる。驚いたことにこのモップ、乾くと見事なアフロになった。
濡れたときのこのしぼみ方、乾いたときのふわふわ感ときたら、まるでポメラニアンかサモエドか。色的にはチャウチャウが一番近いか。
怪しい風体にも関わらず、少しきゅんとした。
ふわふわとしたアフロに手を突っ込み、わしゃわしゃと撫で回していると何だか心が落ち着く。ここ数日、嫌なこと続きだったのだ。会社では上司のミスを俺のせいにされるし、出張から帰ったと思ったら頼んでおいた書類仕事は1/3も終わっていないし・・・etc。今日少し飲み過ぎたのは、そのせいだ。
幼い頃、嫌なことは実家の太郎のふわふわボディが癒してくれた。それに近い。このもじゃもじゃ感、銀時の頭が一番近いと思っていたが、これもこれで。
アニマルヒーリングに浸って思う様男の頭をかきまぜていたら、そのうち男が目を開けた。

「起きたか」
「・・・?」

男は驚いているのかいないのかわからない無表情で、身体を起こして部屋の中を一瞥した。
次いで、自分の服が替わっていることに気づき、所持品がないことに気づき、そしてやっと俺の顔をまじまじと見つめた。

「俺のアパートの前のゴミ捨て場に倒れていたんでな。ずぶ濡れだったから連れてきた。服は洗濯したぞ、マスクもな。所持品は俺が貴様を拾った時点ではなさそうだったな。ゴミ捨て場にまだ落ちているのかは分からんが。あ、俺は桂だ。桂小太郎。他に何か質問はあるか?」

男は黙って首を横に振った。

「どうしてあんなところで行き倒れてたんだ?大学生か?名前は?」
「・・・」
「・・・貴様、まさか喋れないのか?」

ぽんぽんと投げかける質問のどれにも、男は答えない。やはりあのマスクは風邪か?仕方ないので紙とペンを持っていくと、『斉藤終』と名前のみ書いてよこした。

「喋らないのには、訳があるのか」
「・・・」

紙をとんとん、と指して促しても、斉藤は少し戸惑ったような気配を見せるばかりで、手にとったペンをうろうろと彷徨わせていた。
これは、余程の訳アリか?こんな雨の夜に身一つで、掠り傷をつけながら行き倒れていたということは、まさかどこかから逃げてきたのか。ひょっとして、とひとつの物語が頭を過る。
家族旅行の悲劇・・・交通事故で亡くなった両親には事業を立ち上げる際に生じた莫大な借金が・・・!良心的だった債権者も自らの経済的窮状に耐えかねて悪質なヤミ金から金を借り、そのアテに債権譲渡を・・・。唯一残った子供(斉藤だ)に過酷な労働を強いることで債権回収を図ろうとするヤミ金業者、苦痛に耐える毎日に、似たような境遇で放り込まれた少女(名前は松子だ)。ささやかながら暖かい心の交流を重ねる斉藤と松子、・・・(以下中略)・・・雇用主に乱暴されそうになった松子、雇用主にナイフを向けたのは彼女を護りたい斉藤の初めての反抗だった・・・(以下中略)・・・卑劣な雇用主に喉を潰され命からがら松子と共に逃げてきた斉藤はついに俺のアパートの前で力尽き―――!!

「・・・そうか。若い身空で苦労をしたのだな・・・」
「?」
「いや、いい。何も言うな。はぐれた松子のことも心配だろうがきっとうまく逃げ延びたはずだ・・・!」
「???」
「追手もここまでは辿りつけまい。ゆっくり休んでいくがいい」

斉藤はしばらく無表情のまま固まっていたが、やがて礼をいうように小さく頷いた。
それから3日間、雨は降り続き、斉藤はその間ずっと俺の部屋にいた。
追われた男を匿う事に否やはないが、いつまでもこうしている訳にもいくまい。やっと雨が上がった4日目の夕方、俺はまた紙とペンを用意して斉藤と話をした。

「斉藤。雨も上がったし、いつまでもここにいても埒が明くまい。お前の行くべき場所は他にあるだろう」
「・・・」
「俺としてもヒモを置く趣味はないしな・・・。同居人がここを出てもう長いから今更寂しいなどと言うつもりもないし・・・第一そんなペットを飼うような理由で置いとくのも失礼だろう」
「・・・」
「斉藤?」

斉藤は俺の話をじっと聞いていた。そして何やら考え込むそぶりを見せたと思うと、やをらペンを取り、チラシの裏に一言、書いた。

『わん』
「えっ」



かくして、社会人1年目成人男性の俺に、訳アリたぶん成人男性のペットができたのだった。
室内飼いの予定だが首輪を買いに行くべきか否か、今とても悩んでいる。


























































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