「コレです」

そう言って山崎は簡易ライターサイズのトランシーバーのようなものを机に置いた。
近藤さんと俺、それから近藤さんの部屋に入り込んでいた総悟がそれを覗き込む。

「いつも桂には逃げられてますからね。今度は隠れ家に盗聴器を仕掛けてみました」
「なるほど。出入りの様子が分かるかもしれないな。よくやった山崎」
「付けたのはリビングの張り紙の下です。じゃあ、聞いてみますよ」

ザザ・・・と擦れるような音がして、盗聴器は桂の家に繋がった。
ガタガタと音がする。雨戸だろうか。今夜は台風でも近づいてきているように風が強くて、ふううう、ふうう・・・と唸り声のように響いてくるのが不安を誘う。
パパッ、と部屋の電気が点滅した。電線ヤベーかもしれませんねェ、と総悟が気のないふうで言う。桂の家の電気事情はよく分からないが、盗聴器越しに桂は特に何も反応を示さない。
やがて、独り言のような桂の声が聞こえてきて、俺たちは桂に声が届くわけでもないのに息を潜めた。

『(・・・ガタッガタッ・・・)
・・・ふう。この家は雨戸を閉めるのも一苦労だな。風も生ぬるいし嫌な音をたてるし・・・何だかあの日を思い出すな・・・。

・・・ふ、もう昔のことだ・・・。今更何がどうなるわけでもなかろうが・・・。
あれはいつだったか、そうだな・・・上下山の戦いの後に立ち寄った村だったか。あの戦いは結構負傷者が出たんだったな・・・。
思えば変な村だったな。天人の侵攻の手は及んでいなかったが、妙に静かな村だった・・・。
あの日もこんな、台風でも来るのかと思うような風の強い日だった。
負傷した者も元気でいた者も、ちゃんと屋根のしっかりしたところでしばしの休息をとれるといって喜んでいたっけ・・・。
町長の奥方が快く受け入れてくれたのだったな。だがひとつヘンな約束をさせられた。今夜は風が啼いているから、雨戸を閉めて決して開けず、それから絶対に覗き見ることはしてはならない・・・と。
覗くとは何だろうと思ったのだが、女人だから、部屋を覗かれ男どもに襲われることを警戒したのだろうとそのときは思っていた。恩義ある家のご婦人にそんな無礼をするはずはない。当然のことくらいにしか思っていなかった。思えばあのとき俺たちは何があってもあの約束を破るべきではなかったのだ・・・。』

パパッ、と部屋の電気がまた瞬いて、ぶっ、と消えた。
ゴゥ、と不吉な風の音が取り巻くように寄せてきて、ガタガタと障子を揺らす。
風が行ってしまうのを待っていたように、またパッと電気が点いた。
「・・・副長、どうしたんですか」
「イヤ・・・今この押入れの中に喫煙天国への入口が開いてたような気がして」

『連日の戦で皆疲れ切っていた。しかし俺たちがいることであの村を危険に晒す訳にはいかなかったからな。雨戸の内側から交代で見張りをしていた。
高杉の見張りのときだったかな。負傷していた者たちが突然みな痛みを訴えだして、俺も起きてしまったんだ。高杉が戻ってきて、雨戸の外に誰かいたと言ってな。
あいつ、気配がしたから敵襲かと思って開けちゃったんだな。雨戸。
この天気で夜中に外に出ているなんてそれだけで怪しいからな。
目が合った、と言ってたな。なにか、こっちをじぃと見ていたと・・・。』

「なあ、コレ攘夷活動と関係ないよな?盗聴する必要無いんじゃねーのか」
「土方さんちょっと黙っててくれません。聞こえねーんで」
「イヤだから聞かなくても」
「じゃ、あとコッチで聞いとくんで土方さんだけ先休んでていいですよ。ああ出たらこっちの部屋は覗かないでくださいね。今夜風が啼いてるんで」
「オイやめろ」

『疫病を撒く天人だったりしたら大事だからな。俺と高杉は家人に何かあってはならぬと思って廊下に出た。古くて大きな家だったからどこに家人の部屋があるのか分からなくて、しかし、そのとき音がしたのだ。
トントン、トントン・・・。
何か叩くような音だった。玄関のほうからしているのだ。誰かが、戸を叩いている。
件の天人かもしれぬ。あるいはこの天気の中宿を求める旅人かも。屋敷の中は静まり返っていて、家人は誰も出てこなかった。夜中だったしな。
家人に対応させて危険があったらまずいからな。俺と高杉はいつでも斬れるよう刀を構えて戸を開けた。すると・・・。
・・・奥方だったのだ。俺たちを迎えてくれた町長の奥方がすうと立っていた。
にっこりと笑っていたが、薄ら寒くなったな。二人とも、構えた刀を下ろせなかった。
やがて奥方は細めた目をぎょろりとさせて、ニィィと口元を裂けるほどいっぱいに吊り上げて笑って言ったのだ。

「やっと開けてくれましたねぇええ・・・」

あれは人間のものではなかった。本能的な動きだっただろう、高杉が奥方を斬った。
確かに、斬っていたんだ。
俺はそれを見たんだが、そこから意識が無くなった・・・気が付いたら、高杉と一緒にもといた部屋に倒れていた。痛みを訴えていた仲間は、翌朝には昨夜に痛みを訴えていたことすら覚えていないという。
トントン、と襖を叩く音がして、声がかかったよ。俺と高杉はぎょっとした。
朝ごはんができましたよ、と言って襖を開けたのは、あの奥方だったのだ。
夢ではないはずだ。だって俺と高杉はあのトントン、と叩く音が奥方のものだと知っていた。
仲間たちが食事に出ていくのに混じって、一緒に部屋を出ようとした俺と高杉にすれ違った奥方の声が響いた。頭の中に直接語り掛けてくるような妙な声だった。

「だから、覗いちゃいけないんですよ。次は、あなたたちねえ」


・・・ふ、あれからだな。俺が風の強い日に雨戸を閉めて眠るようになったのは・・・。
・・・・・・ん、誰か来たようだ。こんな夜更けに誰が・・・

「オーイ、ヅ」うわあああきっ貴様はああああ、あのときの・・・・っ!
「は?オイ・・・」あああやめろやめてくれ、うわああ゛ああ゛゛あ゛あ゛あ゛あ゛゛あ゛あ゛ああ゛あ゛あ゛゛゛ 

・・・・・

・・・

・・


「だから、覗いちゃいけないんですよ。次は、あなたたちねえ」 


バキッ  ブツッッ ・・・・・・』


カチカチ・・・カチ、

「・・・・・・盗聴・・・切れました」
「えっと・・・電波的な?電池的な?」
「イヤたぶん桂の家の盗聴器が壊れ・・・」
「「「「・・・・・・」」」」

それから、風の強い日の雨戸を徹底して閉めることが土方の強い希望によって局中法度に新設された。また一週間ほど、桂を見かけた土方が突っ込んでこなくなったという。


















































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