飲み屋から出てきたとき、彩光溢れる夜の街を背にするようにして路地裏に消えていく影を見た。
薄い色合いの羽織を着ていたので、長い黒髪が垂れていたのが目立っていた。けれども背格好からして男だろう。
悠々とした足取りは何かから逃げ隠れするようではなく、疚しいことなど何一つないというように見えた。このご時世に帯刀もしている。だから、そんな見るからに危なそうな暗い細道に入っていったって、余計なお節介を焼く必要は無かったわけだ。
つまり俺がその男を追いかけて呼び止める必要なんて無かったわけだが、酒が入ると人恋しくて、見知った背中を見るだけで声をかけたくなることもある。それがいつもは邪険にしている面倒くさい男であってもだ。

「お前ン家反対方向だろ。ナニまた引っ越したの」
「銀時か」
「こんな薄暗いトコばっか潜って、指名手配犯も楽じゃねーな」
「全くだ。自主的にこんなところに来るお前の気が知れん」

俺が声をかけたら桂はこちらを一度振り向いたが、近づけばまたふいと前を向いて行ってしまう。
一定距離を保ちながらしつこく会話を続けたら、前を向いたまますげない答えが返ってきて面白くない。足元を何か小さなものがピュッと駆けていって、ガランと捨てられたアルミ缶を倒した。
銀時か、だって。
白々しい答えをしたものだ。俺の目が酒でやられていなければ、桂はさっき店から出てきた俺を見つけて進路変更をした。

「銀時。何ださっきから付いてきて」
「んーもう一軒行こうか歩きながら考えてるとこ」
「貴様、リーダーが待っているのだろうが。またそんなにフラフラと飲み歩いて」
「そんないつもみたいに言うんじゃねーよたまーになの、たまーに」
「貴様のたまには随分頻度が高くないか。家賃も払えておらんクセに」
「払ったっつーの今月は払いましたァまだ滞納分残ってっけど」

店の裏に放られた生ゴミの匂いにこみ上げるものを抑えながら歩く桂の背を追っている。
ここを一本抜けると歓楽街の外れに出て、ピンクピンクしたフーゾクの案内所のある角を俺は左に、桂は右に曲がることになる。
路地を抜けて、品のない桃色の彩光で頬を染めた桂は頭だけ後ろに回して、肩越しに俺を見た。

「健全な精神は健全な肉体にだ。ではな銀時、早寝早起きラジオ体操だぞ」
「まーね。でもやっぱちょーっと飲み足んねぇんだよな。おいヅラ、一軒だけ付き合え」
「ヅラじゃない桂だ。ソレ結局朝までコースだろう、その一軒がマダオのもとだ」
「エーじゃァそのへんのコンビニ寄ってオマエん家でもいいんだけど」
「悪いが俺は昨日少々飲みすぎてな・・・当分酒は見たくない」

いかにもらしく眉を寄せて、ォエッ、とえずく仕草までして、ではなと桂はさっさと角を右に曲がっていってしまった。
桂がそうする理由を俺は多分知っていて、俺がそれを知っていることも桂はきっと知っている。酒の誘いを断って薄情にも歩いていってしまった遠い背中を何とはなしに見つめていた。
けばけばしいライトに照らされて振り向いた桂の顔は少し疲れたようで、俺には見慣れた顔だった。多分、俺以外は気づかないだろう。昔の顔をしていたから。
さっきから遠くでファンファンとサイレンの音がして、ウゥゥウウと横の通りをパトカーが駆けて行った。
桂は、俺に嘘は吐かないけれど、必ずしも本当のことを言わない。

昔の顔をした桂は、しばらく俺のもとに寄り付かない。俺というか、万事屋に。
テレビをつけたらニュースが緊急速報とやらをやっていて、ナントカ組が壊滅したとかしないとか。攘夷を名目にした犯罪組織で、被害額はどうたらとか。違法ドラッグの密輸を企てていたとかいないとか。
俺は血の匂いなんて気づかないけど。でもきっと桂はあのとき俺が理不尽なことをしても、俺の前であの刀を抜けなかった筈だ。

「あっ銀ちゃんおかえりヨー。ウワ酒臭っワタシの近く寄らないで」
「オイオイ日頃頑張ってる銀さんに労いの言葉もねーのか」
「じゃァ酒代ぶん滞納家賃に回せヨこのマダオが」

桂の愛し方が俺は嫌いだ。
全て曝け出すばかりが愛ではないのだと桂は思っているだろう。余計なものを隠し、演技をする手間をも厭わない。そういう愛し方もあるのだと。

「オイイイイちょっと何で風呂の湯抜かれてんの!?銀さん真っ裸なんだけどォォォ!!」
「あっゴメン忘れてたアル」

血に染まった刀を見せない桂は帰った俺にニュースばかり見させている。
滞納家賃を何とかしろと神楽に催促された俺は今夜も酒を飲んでくる。
待っているだろうと桂が言った神楽はさっさと風呂に入っていて、ひとり寝る準備を整えていた。
シャワーを浴びて出てきたらまだニュースが煩くて、いくつかチャンネルを回したすえに結局切った。
・・・自分の望む形と違うからといって、愛されていないのだと嘆くほどの傲慢さは、もうない。

「神楽ァ寝るなら先に歯ァ磨けよ」
「ワタシのデンタルケア舐めないでヨ銀ちゃん。白い歯ツルツルはイイ女の嗜みネ」

桂はそんな愛し方をするくせに、身勝手にも同じように隠す愛され方を望まない。嘆かわしいことにそれは俺も一緒なのだから、俺たちの愛が報われることなんてありやしないのだ。
それでも互いにお前がいいと言ってしまったのだから、これが悲劇でなくて何だというのだろう。
喜劇か。滑稽という意味では、確かにそうかもしれなかった。
そんな愛され方なぞ御免だと吐き捨てながら、そんな愛しかたばかりする。

ガコッ、と大仰な音がして冷蔵庫が開いた。残っていたビールを1缶取り出して煽ったら、喉をジュッと冷たい炭酸が駆け抜けていった。
テレビが消えて押し入れが閉まって静かになった室内に、カチ、カチ、と無機質なアナログ時計の音が響く。
そろそろ桂の刀もすっかり手入れが済んだだろう。鞘も刀身も綺麗になって、返り血を浴びた着物も取り替えて、鏡を見ないと分からない昔の顔の面影しか残っていないだろう。だからというのも何だかヘンな話だが。桂は、本当はそれすら見せたくないのかもしれないが。





ねェ、今からそっち行ってもいい?











【今夜はムード・インディゴ】









































































































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