思いもよらぬ相手と恋に落ちたり、愛し合った相手と別れたり。全く世の中何があるか分からない。
だから離婚から、もう一度恋が始まることも?


【落下傘目に黄金・6】


「お前なんか嫌っ・・・好きだハニー!」
「もう金輪際お前とは別っ・・・れ、ない!」

円満な夫婦を作る。たとえ行動や言論を封じても。夫婦喧嘩に滅ぼされかけたエンゲージ星の決意は固かった。指輪の効力は強力で、お互いを罵ったり別れるだの離婚だのという言葉すらシャットアウトするのである。
別れよう、と一言言うだけの簡単な作業を、近藤と桂は手を変え品を変えて何度も試してみたが、そのどれもこれもが途中で愛の言葉に変わってしまった。机越しに紡がれ続ける愛の言葉を、近藤と桂はそれでもよく耐えていた。憔悴しきっているのは、それらを延々聞かされ続ける銀時と土方である。沖田は飄々としている。
時計の針は夕食時を過ぎて、既に22時をまわっていた。

「エンゲージ星の奴らはどうやって離婚してんだ・・・」
「何か決まった文句があるんだろ。ネガティブワードにひっかかんない言い回しが」

近藤と桂の言い回しからして、「嫌い」「別れる」「離婚」はNGワードである。そこでとりあえず5人は頭を並べて「お前なんか嫌いだから別れる。離婚しよう」を何とかしてふわっと表現することに努めた。

「・・・嫌いの類義語は?」
「好きじゃな・・・好きだ!あっコレアウト」「豆腐の角に頭ぶつけて死ね」「真選組は死ね」「テメェ桂ァ!!」

5人こつんと頭を並べて、今の銀時たちは文殊以上の知恵がある。筈なのだが、この文殊は割とさっぱりした性格なのかあまり語彙が豊富でないのか、上回ったところでこれといった言い回しは浮かんでこなかった。

「こーいうまどろっこしいのはダメなんだよ。後は任せたフォロ方TOSHI郎」
「確かにこういうのはトシだよな。いつぞやの新八くんの手紙とか」
「ほうそんなことがあったのか。頼もしいなフォロ方」
「アレは近年稀にみる良い仕事でしたねィフォロ方さん。ま、今回もぱぱっとひとつ」
「エッ?」

ハイお疲れーじゃあ明日ねーと突き合わせた4つの頭が離れていく。取り残された黒い頭は慌てて辺りを見渡して、薄情な文殊のかけらをかき集めた。

「ではなダーリン。また明日」
「おうハニー、おやすみ」
「待て待て待て、テメーらがいねェと何がアウトなのか分かんねーだろうが!!」

しれっと帰ろうとした当事者の肩を土方が掴んで止めた。俺が真選組のもとから朝帰りなんてことになってみろ、色々アレだぞと桂がむくれるのを朝帰りとか言うな党首ならそんくらいコントロールしてみせろと無理矢理言い含めて、土方は桂を近藤の隣に座らせている。それを横目で眺めながら、ウチも神楽がウルセーかなと銀時が嘯く。実際、神楽は銀時が帰らなくても2、3日くらいは平気でごろごろしているのだが。

「じゃっそういうことで〜頑張ってね3人とも」
「・・・オイ、別れさせ屋GIN&TOSHIは一蓮托生だろ」

ガシッ!と有無を言わせぬ剣幕で土方は踵を返した銀時の肩をわし掴んだ。殆ど狂気の宿った剣呑な眼差しはこのバカップルを一晩中1人で相手にしろというならここでお前を斬って捨てる、と如実に告げている。その鬼気迫る覚悟を背後に感じて銀時はハハ、と引き攣った笑いで応えた。
渋々、といった体でようよう銀時が桂の向かいに腰を下ろした。これで土方は何とか文殊ぶんは取り戻したことになる。

「あっ、風呂の時間だ。じゃっそういうことで〜頑張ってくだせェ4人とも」
「・・・・・・」

まあ、沖田を止める言葉は、この状況のフォロ方にも見つけられなかったのだけれども。





「おはよーございます。離婚できま・・・」

早朝、顔を洗ったついでの沖田が近藤の部屋に様子を見にやってきたとき、銀時と土方は畳に蹲って動かなくなっていた。
精神的ダメージが許容量を超えたのだろう。朝日を浴びる土方の黒い背中から何か燃えカスのようなものが飛んでいる気がするし、銀時も白髪が増えた気がする。

(旦那のァモトからでしたっけ)

けれど今沖田が声を潜めたのは転がる屍のためではなかった。朝露に濡れた庭を眺めるようにして肩を寄せ合う渦中の2人のシルエットに、沖田は何となく間に入りがたいものを感じた。物心ついてから姉の記憶しかないけれど、子供が深夜居間で親密に語らっている両親の姿をのぞき見したらこんな気持ちになるような気がする。屍の間そっと割って座り込んだら、少しだけ近づいた距離から近藤と桂の声が聞こえてきた。

「結局取れなかったなぁ。トシたちがあんなに頑張ってくれたのに」
「そうだな。もう攘夷志士を嫁に迎えてみるか?」
「来る気なんかないだろ。お前だって新選組の局長が婿じゃアレだろうが」
「ふん、来る気があるなら考えてやるところだが」
「ウソつけよ」
「ふ、・・・だがまぁ、ちょっと楽しかったな。ちょっとだけな」
「はは、そうだな。ちょっとだけな」

顔を見合わせて仕方ないなというように笑いあった。それだけで沖田には近藤と桂が指輪を嵌めていてなお己の立場を見失っていないことは分かったけれど、その仕方なさに込められた親密の情が育っているのに気付かない訳にはいかなかった。
あんな顔を、と思う。あんな顔を近藤にさせるなら、もう桂を嫁に迎えるくらい喜んでできるのに。桂の野郎攘夷志士やめねーかなァ、なんて近藤のことを棚に上げて短絡的なことを考えてしまった。そのくらいあの2人の寄り添う背中は、沖田にとって眩しく暖かい光の中にいたのだ。

「・・・俺も貴様も互いに譲れぬ者同士、いま同じ道を往くことはできぬが」
「ああ。・・・だが、お前の幸せを願っているよ」
「うん。俺もだ」

敵同士で幸せを願うなんて言うものだから可笑しくて、つい互いに笑ってしまったが、どちらも言い直したりはしなかった。それ以上に適当な言葉など、探しても見つからない気がして。
不意に、左の薬指が震えた。いち早く気付いた桂が指輪に手をかけようとするのを、近藤は右手で制してその左手を恭しく取り上げた。近藤の左手が桂の薬指をなぞり、金色の枷を滑るように外し、その左手に優しく握らせてやる。そのまま今度は自分の左手を差し出すのを、桂は微笑って一度愛おしむように握りしめ、同じように指輪を外してやる。
慈しみを表すための儀式のように見えた。同じ道を歩めない2人を、互いが尊敬と友愛をもってそれぞれの道に送り出すための儀式に。外れた指輪を左手に感じながら、照れたように笑いあう2人はまるでいま世界の祝福を受けたのだというようで、

「・・・リコンしてんのかケッコンしてんのかわかんねーな・・・」
「言うな。今思わず拍手しそうになったじゃねーか」
「ェー、それでは新郎新婦誓いのキスを」
「「させねーよ!!」」

いつの間に起きていたのか、顔を上げた銀時と土方の呟きに沖田は初めて視線を落とした。
外れた指輪と互いの顔を交互に見比べて、ホッとしたような、何となくもの足りないような気持ちに2人ともがなっている。その男らしい精悍な顔立ちを、中性的な涼やかな線を、見ていたらどちらからともなく愛している、と唇から零れてしまいそうで、外れたはずの指輪を見ては戸惑ってしまう。この空気に呑まれてしまっているだけだと、お互いに言い聞かせていたその緊張は銀時と土方の焦ったような声音でハッと解けた。

「・・・は、外れたな、指輪」
「あ、ああ!」
「俺はコレを拾ったときしかるべき場所に届けねばと思ったのだ。貴様警察だろう、預かってくれるな」

そういって桂は近藤の手に指輪を握らせようとした。しかし、その手を近藤が押しとどめる。
いや、と、はにかむ近藤は朝日に眩しく、少年のように笑った。

「いや、これは桂・・・お前が持っていてくれ」
「近藤・・・」
「少しの間だったが、これは、その・・・」「ハイ遺失物届ね、じゃっコレに記入して」「近藤さん、それ他人物なんで近藤さんにも処分権限ねーんですよ。コッチで領置していいですね」「あっハイ」

指輪を大事な思い出のように握らせようとした矢先、土方が遺失物届を桂に突き出し沖田が2人ぶんの指輪を近藤の手からかすめ取った。これ以上は本当にのっぴきならない。
しかるべき場所に届けた桂は大人しく遺失物届に記入している。2人をひっぺがした土方は桂に見えないように、隊士が起きてくる前に桂を連れて帰れと銀時に耳打ちをした。近藤の手前、流石にいま桂をしょっぴくのは気が引ける。かといって、桂の目の前でそれを許すわけにもいかないのだ。


そうして、銀時と桂は朝の千田ヶ谷町の上道通りを歩いている。朝餉の用意をし始める屋敷から、米の炊ける匂いが漂ってきてどちらともなく腹を鳴らした。
梅屋の朝定食食ってくか、イヤなか兎がいいなどといつものようにじゃれあったら、銀時は見知った桂が数日ぶりに戻ってきたような気がして心底隣を歩く幼馴染に安堵した。

「・・・もう指輪なんざ拾うんじゃねーぞ」
「そうは言ってもな。結婚指輪だぞ、きっと大事なものだろう。見て見ぬフリもできん」

そんな理由でゴリラに嫁がれちゃこっちはたまんねーんだよ。
言葉には出なかったが、銀時はお巡りさんに任せとけと桂の頭を軽くはたいて、疲労を言い訳に桂の肩に腕を回して体重を預けた。
そうしたら桂が、さすがにお前は近藤よりは軽いななどと優しげな顔で嬉しそうに話し出したので今度は頭突きをしてやった。リコンした筈の元ダーリンを、まだ随分気に入ってるようじゃないかと、ふつふつと湧いてくる小さな嫉妬を込めて。
その肩にまわる腕の強さが、昨日桂の腕を引いたときと同じように少しだけ強張っていたのを、やはり桂だけが知っていた。



「何で桂に指輪渡そうとしたんだ、近藤さん」
「え?」
「バカップ・・・いや円満な夫婦になる指輪だ。アンタならお妙さんとつけるとか言い出すかと思ったが」
「しまったその手があったかァァアアア!!」

定例会議の後、涼しい風の通る廊下で土方は前を歩く近藤に尋ねてみた。
土方に指摘された近藤はカッと目を見張るとあ〜〜しまったと頭を抱えて、しかしその割に指輪に拘ってはいないように見える。それが土方に僅かの違和感を与えた。

「まあ、いいんだ」
「どうして」
「あれは・・・俺たちの指輪だったんだから」

それにお妙さんと俺とは無理矢理結ばなくてももう結ばれてるから!今はちょっと運命の糸が行方不明になってるだけだから!!と近藤がいつも通りのお妙談義で茶化して締めた。が、その直前、近藤の顔が優しげに緩んだので、勘弁してくれよと土方は思う。近藤の本心は普段からとても分かりやすくて、そのくせ1度秘めようと決めたことはどんなに熱くなっても最後まで出てこないのだ。何があってもこの大将に付いていく覚悟はあるが、いつかホントに攘夷志士を姐さんなんて呼ぶ日が来たりしないだろうなと。


優しげな笑顔ふたつ、不安に揺れる顔ふたつを残して、遺失物保管室のなかの指輪はふたつ、今日も持ち主を待っている。










お付き合いありがとうございました!















































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