『幕府の狗の頭目が、我らが桂さんを伴侶呼ばわりなど』

暗がりに白装束。
完全に気配を絶っていつの間にか背後の影に忍び寄られていたことに、近藤は気づくのが遅れた。
堪らず溢れだした殺気に近藤が振り向き、目に映ったのは鋭く振り下ろされた白い―――

『桂さんが許してもこのエリザベスが許さん!』


【落下傘目に黄金・3】


桂が真選組屯所を訪れたとき、近藤は不在だった。
隊士たちに無用の混乱を与えぬ方がよいだろうと桂が裏から忍び込み、隊長格の生活スペースに直に出向いたにも関わらず、その訪いを迎え入れた土方は苦虫を噛み潰したような顔をした。

「・・・そんなにウチの警備はザルか」
「そんなことはないぞ。なに、俺は自分の能力を一般基準にしたりなぞせん。俺にとってはザルもいいとこだがまあウチの党員の若いのくらいは苦戦するやもしれんなあ」
「山崎コイツを拷問部屋にブチ込んどけ!!」

俺ですかぁ!?と遠くで嫌そうな声がした。
拷問官は斉藤終という男で、本来なら彼に頼むべきところではあるが、土方にしたって今本気で桂をどうこうしようという気はない。だからただの八つ当たりだ。八つ当たりといえば山崎だ。
桂が来たら待たせておくようにと近藤から言付かっている山崎が副長〜・・・と困惑した声をあげる。どうせ拷問部屋ごときで怯む男ではないし、近藤の言付けにわざわざ背かねばならないことでもないだろう。わかっているけれど、でもこの苛立ちどうしたら。
土方は疲れた声で適当な部屋にブチ込んどけ、と訂正した。




桂は結局庭の見える客間に通された。
この部屋から出るなよと土方に念を押され、ぴしゃりと襖を閉められる。その割に庭に続く廊下の障子は開け放されていて、その扱いかねている様子に桂は苦笑を隠さなかった。

「よう桂」

さて近藤はいつ帰るかな暇だなと思いながらぼんやりと庭を眺めていたら、突然スパンと扉が開いて、小麦色の髪をさらりと揺らした少年が入ってきた。

「足で襖を開けるとは感心せんな。そういうときは座って、お盆を一度横に置いてだな」
「ココでテメーに茶が出るだけでも有難く思いやがれ」

沖田は乱暴に湯のみを置くと馴れ合う気はないというように襖の傍まで戻った。しかしそのまま出ていくでもなく、柱に寄りかかって、庭を眺める桂の後ろ姿を眺めている。沖田がすっかり見慣れた桂の長い黒髪は、いつまでも背中にはりついたまま動かない。

「近藤さんから聞きましたぜ。異星のゴリラを姐さんと呼ばなくて済んだと思ったら今度ァ野郎の攘夷志士とはねェ。近藤さんもいいシュミしてら」
「だから何で貴様ら俺が嫁だと決めつけるんだ。それに俺はそれを回避する手立てを探しに来ているのだろうが」
「近藤さんがハニーって呼ぶんならアンタのが嫁だろィ。それに回避する手段なんざ一択だ」

沖田の右手が柄にかかる。気配を隠さないその動きは背を向けている桂にも知れたが、桂は僅かの緊張も警戒も見せないまま沖田の手首が動く気配だけを追っていた。

「一時休戦?だから土方さんは甘ェっつうんですよ。近藤さんが止めるのがジャマなら近藤さんがいないうちに斬っちまえばいいだけだろーが」
「はて。確かここには私闘禁止の法度があった筈だが、改定したのか」
「潜り込んだ攘夷志士斬って私闘はねェや」
「潜り込むとは人聞きの悪い。今の俺は近藤の客人だ」

やっと桂は振り向いて沖田を見た。少しだけ唇をとがらせて、赤銅色の瞳を不機嫌そうに揺らしている。沖田が最初からここで桂を斬る気などないことは気配で知れた。その両腕はすでにやる気がなさそうに組まれている。柄に手をかけてみせたり、挑発的な言葉を投げつけたり、恐らくは攘夷浪士にずかずかと自分たちの領域を荒らされることが面白くなく、脅かしてやりたいのだろうと桂はふんでいた。そしてそれに付き合ってやる程度には、お互い暇だったのだ。
沖田はフンと1度小さく鼻を鳴らした。

「じゃァ客人らしく茶でも飲んで待ってろィ。たっぷり毒を入れたがな」
「ほう、貴様毒物も扱えるのか。茶に入れる毒は難しいぞう、何を選んだ?」
「飲んでみりゃイヤでも分からぁ」

聞いていたのかいないのか、桂は茶碗の蓋を開けると、躊躇わずに一口含んだ。そろそろ喉が乾いたなと思っていたのだ。沖田がムッとして眉根を寄せたのをその気配だけ受け止めながら、背中に寄せる庭からの秋風に場違いな清々しさを感じている。

「うまい茶だな」

チッ、と舌打ちをして襖を閉めずに出ていく沖田を、桂は小さく笑みを浮かべて見送った。


「いい部下を持っている」
「そうだろう」

沖田が出ていくのとほとんど入れ替わりのようにして、近藤が帰ってきた。
顔を上げた桂の目に映った近藤の右頬は殴りつけられでもしたかのように腫れていて、上から大きな湿布が貼られていたが、どこぞで喧嘩の仲裁でもしてきたのだろうと桂は特に気に留めはしなかった。だって彼はお巡りさんなのだから。
それよりも。
指輪の効力のせいで自分に対し好意的になっているというのもあるのだろうが。剣呑な土方や沖田の相手をしていたせいか、近藤の声は桂の耳に信じられないほど柔らかく響いて、つられて唇が上がった。
いい空気を作る男だ、と思う。なるほど土方や沖田があれほど懐くのも無理はない。

「熱心なのも結構だが、自分がすべき仕事を見極める力がなくては。部下はああでなくてはいかん」
「お前のところのは大分手広く任されてるな。おかげで男前になっちまった」

近藤の言葉に、桂は心底驚いたというように眉を跳ね上げた。その顔を見て珍しいものを見たというように近藤はぷっと吹き出して、腫れた頬を引き攣らせてイテテ、とまた頬を押さえる。
ハニーとか呼ぶんじゃねェって、お前のところの白いのに殴られたよと近藤が桂の隣に腰を下ろして近くなった目線で苦く笑った。

「エリザベスめ、手出しは無用と言い含めておいたのに」
「その割にはちょっと嬉しそうだなハニー」
「・・・ふふん。どうだ、俺のエリザベスもできる奴だろう」
「ああ。あんなに気配を消すのが上手いとはな。やられたよ」
「ますます男ぶりが上がったぞ、ダーリン」
「ハニー・・・」

苦笑しているくせにどこか清々しいようなその笑顔が、妙にカワイイと思うのは指輪のせいなのか?
エリザベスのことで少し浮かれているせいか、桂は目の前の男が素面なら意外と落ち着いた魅力を持っていることを素直に認めることができた。
互いの笑顔を間近に見ながら、桂は嬉しそうに近藤の腫れた頬を少し撫でた。伸びてきた手に近藤は少し驚いた顔をして、しかし触れられた手の心地よさに面映ゆい気持ちがじわじわと勝っていく。軽く触れるだけ、そうして引いていってしまう白い手を惜しんだのか、近藤がその手を包むように己の手を重ねた。無意識だったのだろう、恋人を引き止めるような仕草に自分でも戸惑ったような顔をして。
突然男らしい無骨な手に覆われて、桂は近藤の顔を探るように覗き込んだ。近藤の目に色白の涼やかな顔が間近に迫る。その、何か言いたいが何を言っていいのかわからない、というように少しだけ開かれた唇。桜色に潤んだそれを初めて触れられる距離で見てしまって、近藤は糸で引き寄せられるように顔を近づけた。その仕草から感じたその先の予感に桂も自然と目を閉じ「ハイそこまでェェエエエ!!!」

スパンッ!


「あっ・・・あっぶね!あっぶねぇぇえ有難うトシ!有難う!!!」
「・・・ぬぅ、これが指輪の効力というものか・・・有難う助かった土方」





ダーリンそんなに嫌がらなくてもいいではないか。とは、何となく言葉にはできなかった。











 






































































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