【落下傘目に黄金・1】



拾い上げたそれは黄金の、繊細な彫りの入った指輪だった。
ウイスキーのような深い金色はこっくりと滑らかに桂の白い指に触れた。女性好みの、白百合、だろうか。異国の花が刻まれている。
石は無い。見るからに上等そうなそれはことによると結婚指輪ではないだろうか―――、大事な婚礼の指輪を無くして涙に暮れている花嫁の面差しをそこに見て、桂はその指輪を迂闊に拾ってしまったことを少し後悔した。拾い上げれば捨てられないのは、この町に来てから一層強くなった彼の性分である。

「かーつらァァアアア!!」
「・・・ちっ、こんなときに」

どうしたものかと思案に暮れて、とりあえず袖にしまっておこうとしたところで後ろから無粋な声で呼び止められた。走っていたら、落ちてしまうな。あいつら腐っても警察だから拾ってくれればいいのだが、慶事の証を粗雑に扱うのも気が引ける。
落とさぬための一時しのぎだ。花嫁ではないが、怒ってくれるなよ。
桂は迫ってくる野太い2つの声を背に走り出した。落ちぬようにと自らの指にはめようとしたそれは意外にも小指には大きく、鞘で指輪を傷つけはしないかと恐れた桂は結局左の薬指に指輪をはめた。筋張った男の手にも関わらず、その薬指に誂えたように指輪はするりと馴染む。

たんたん、と駆けていく軽快な足取りが何故だか今日は重かった。
袖を後ろに引くように何かに引っ張られているような気がした。桂の様子を知ってか知らずか、追いかけてくる2人の足取りは常よりも速い気がする。2人、というよりも、韋駄天の瞬足で知られる彼より珍しくその局長のほうに。
これは、少し相手をしてやるか。
目立つところで立回りをして、近くにいるはずのエリザベスを待つ方向に桂は計画を変えた。
駆ける足を緩めてくるっと踵を返せば、抜刀して斬りかかってくる男が目に映る。
ストーカーを自称さえし、女に現を抜かす男とは思えぬほど鬼気迫る表情、凛々しく雄々しい組織の長の顔。その逞しい肩と剛腕が呻れば岩をも砕くだろう。いつもそのくらいの顔を見せればよいものを、と桂は薄く嗤った。
そして自らもまた刀を抜き、その重い一撃を受け止めるべく―――

「ハニィィイイイ!!」
「ダーーーリン!!!」


―――交わす筈の一撃は、宙を舞って熱い抱擁に変わった。





「・・・で、状況を説明してもらおうか」

真選組屯所。人目のあるところで情熱的なハグを交わしてしまった宿敵ふたりはフォロー上手な部下の計らいでとりあえず白黒のタクシーにぶち込まれ、屯所に連行された。こめかみに青筋を立てて煙草をぎりりと噛み潰している土方の目の前で、正座させられている2人も困惑した表情を浮かべている。

「説明を請いたいのはこちらのほうだ」
「そうだよなハニー・・・いや違うんだトシ!俺のほうは決してそんなシュミ無くて」
「ダーリン、俺のほうにはあるような言い方をするな。俺だって無いわ」
「個人の趣味はどうでもいいんだけどよ・・・テメーら敵同士だって自覚が無ェのか!!」

土方の怒号がびりびりと響いた。
いや違うんだフツーに名前を呼んでる筈なのに口から出るとこうなってんだなどとダーリン、もとい近藤が慌てて弁解をし、ハニーと呼ばれた桂がそのとおりだと深く頷いている。
桂って呼んだらハニーになるとか馬鹿かノロケかアンタら一体いつの間にそんなのっぴきならねェことになっちまってたんだと土方が押しとどめる近藤に更に迫ろうとして、

「・・・近藤さん、その指輪どうした」
「えっコレ?コレは今朝・・・」
「ダーリン貴様もその指輪を!?」

近藤の左の薬指には深い黄金色が横たわっていた。桂は慌てて組んでいた腕を解き、その左手の薬指を近藤のそれと突き合わせてみせた。麦秋の豊かな実りを思わせる金色は番を見つけたようにぴたりと寄り添い、お互い以外の伴侶はいないと断言している。つまり、確実にペアリングだ。

「・・・オイ近藤さん・・・」
「違う!違うって!!ハニーもアレだろ見知らぬ村に捕えられて祭りのイケニエにされる夢見たら起きたとき指輪がはまってたんだろ!?そんでオンナノコの声で助けてってさァ!」
「いや、それは違う事件だな。早く助けてやることだ」

あんまりです神様アアア俺のハニーはお妙さんって前世から来世まで決まってるのに!!!
頭を抱えて嘆く近藤の慟哭を聞いて、土方ははぁと息を吐く。
勝手に三世にわたってストーカーを約束されているお妙には気の毒だが、このぶんでは近藤が本当に桂に惚れてどうにかなったというのではないらしい。何かまた厄介事に巻き込まれてきたのだろう。桂も拾い物だと言っていることだしと、土方は真選組の解散を免れたことにとりあえずは安堵した。

「落ち着け近藤さん、指輪なら外しゃいいじゃねェか」
「朝からやってっけど外れないんだよォォオオ!!」
「えっマジでか。んっ・・・ぐっ・・・んぬぅぅううううう!!!」

安堵も束の間。はあはあと肩で息を吐く2人に土方がざっと青ざめた。洗剤、洗剤つけると外れるって聞いたことあると駆け出していき、近藤の指を泡立てて2人で格闘する。が、指輪はまるで近藤の薬指の一部であるかのようにぴくりとも動かない。桂も同じだ。

「変だな・・・普通なら余程無理にはめたのでもない限り関節くらいまでは動くだろ。皮膚と繋がってんのかってくらい動かねェなんてことがあるか」
「何やらお互い妙なモノを拾ってしまったらしいな、ダーリン」
「そうみたいだなハニー」
「頼むから俺の前で名前呼びあわないでくれるか」

指輪は外れない。この指輪をしている限り近藤と桂はバカップルだ。いくら何でも、対テロ特殊部隊真選組としてそれだけは阻止しなければならない。土方の目が剣呑に光り、金属の擦れあう音がしてジャッと刃が引き抜かれた。

「外れねェなら指ごと・・・いや胴ごと外すまでだ。早速だが未亡人になってもらうぜ近藤さん」

土方の刃を見て、その浅はかさを嗤うように桂が鞘に手をかけた。
ひゅっ、と土方の白刃が桂めがけて振り下ろされ、

ギィンッ!

「・・・近藤さん!?」
「ぐっ・・・違うんだトシっ・・・身体が勝手に・・・ぐぎぎぎぎぎ!!」

その一閃は桂よりも早く滑り込んだ近藤の刃に止められた。
土方が慌てて近藤から刀を退くと、近藤がへたりと尻もちをつく。困惑を隠さない目で土方がそれを起こそうと手を伸ばす。茫然とした2人を、桂は冷たい目で見下ろしていた。

「ふん、いい夫だなダーリン。ではこちらから縁切りをさせてもらうとしよう」
「桂ァ!!」

鞘から抜いていた刃体を、そのまま桂は近藤に振りかぶった。土方がそれを止めに入ろうと態勢を持ち直したが、刃の落ちるのが早いことは誰の目にも明らかだった。近藤が自分で止めてくれなければ本当に斬られてしまう。土方の全身に冷や汗が噴いたその瞬間、

「・・・ぐっ・・・身体が動かん・・・!」

ぶるぶると窮屈な体勢で、桂の身体は刀を振りかぶったまま吊られたように止まっていた。
近藤がその場を離れると何とか桂は刀を下ろして、忌々しげにひとつ舌打ちをした。窮地を凌いだことに安堵しつつも、2人を見比べる土方の眉間には厳しい皺がいくつも刻まれている。
つまり、今の近藤と桂は互いに斬りあうことができない。近藤以外の者が桂を斬ろうとすれば、桂を護ろうとする近藤を先に斬らなければならない。
何だってこんな厄介事を。
土方は重い溜息をついて、抜き身の刃を鞘に納めた。その様子を見て桂も同意の意を示すようにそれに倣う。

「桂。・・・一時休戦だ。まずはその指輪外してもらう」
「やむを得んな」
「それでいいな、近藤さん」
「ああ。・・・夫婦初の共同作業だな、ハニー」
「ダーリン・・・」
「オイそれホントに指輪のせいなんだな!?指輪のせいなんだよなァァァ!!」








 




































































「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -