夜の帳が落ちた町は水を打ったように静かだ。
不夜城かぶき町の喧騒から少し離れると、もう赤ん坊さえ夜泣など忘れたというようで、月をすっかりかくしてしまった梅雨時の厚い雲に一切の音が吸い込まれているようだった。

「どうした銀時、こんなところで」
「あ?散歩だよ散歩。オメーこそまだ深夜徘徊の癖治んないの?」
「何が「まだ治らない」だ勝手に嫌な癖をつけるな。俺はアレだぞ、ちょっと手打ちに」
「さらっと物騒なこと言うんじゃねーよ」
「このところ攘夷志士を語って悪さばかりするネガキャン浪士が多くてな。不景気を実感している」

そんな実感のしかたがあるかバカ、といって銀時は隣に滑り込んできた。
曇天の夜空は濃い鉛色を広げていて、灯りを点す民家もないこんな場所では高さもまばらな木ばかりが影絵のシルエットのように揺れている。

夜露の香り漂う月夜の散歩と洒落込むには程遠いこんな夜に、何故銀時は散歩になぞ出てきたのか。多分、深夜徘徊の癖でもあるのだろう。

じゃりじゃりと草履が鳴る。他愛もない話をしながらこちらの家路に着いて来るようにして、銀時は歩幅を合わせてきた。「散歩」のペースに合わせて、こちらも少しゆっくりと歩くようにする。

「素面のお前と二人で夜道を歩くのなんて、何年ぶりだろうな」
「・・・まるで俺が夜会うたんびに酔っ払ってるみたいに言うんじゃねーよ」
「何だ、違うのか」

少しバツの悪そうにした銀時の目の奥には、ひた隠しにしたい熱がひっそりと篭っている。やはり、俺の家を訪ねてくるところだったのだと思う。綺麗な月夜なら散歩のついでと言い訳もスマートだったろうに、今日に限ってこんな雲では却って不自然だ。口から生まれてきたような屁理屈をまくし立てる男に育ったくせに、こんなときでも咄嗟に言い訳を変えられないところは生来の不器用が覗いている。

子供たちの手前、あるいはいい年をした男の肥大した羞恥心から、銀時が何らかの意図をもって触れてくるときは必ずといっていいほど夜だった。
昼の彩光から隠れるようにして、煌びやかなネオンから逃げるようにして、人の目の届かない影のシルエットのひとつになって銀時は俺に触れる。何をそんなに恐れているのか、よくわからないが、思春期真っ盛りの男子中学生のようで微笑ましいようなじれったいような、たまに少し不快になる。

黒橡色のカーテンをそこだけ猫が爪で引き裂いてしまったように、少し向こうの二股に分かれた小路の端に蛍光灯が煌々と照っている。じりじりと蛾や羽虫が身を焦がして、こちらを捕らえようと待っている。

あの下に立ったら、俺の服の染みが知れてしまうな。お前の目の奥のそれも曝されてしまうだろう。
でも、まあ、いいじゃないか。だって俺は今日誕生日なんだ。今日くらいお前の男気を少しくらい見せてもらっても、バチはあたるまい。

いよいよ足跡は煌々とした白い光の傍へ来て、黒いブーツは角を曲がろうとした。
赤黒くくすんだ草履はそこで僅かに足を止めた。
足跡が着いて来ないのに銀時は振り向いて、そのせいで白々とした蛍光灯に目の奥を見られてしまった。
それを黒い瞳にまっすぐに射抜かれて、きっと今しまった、とでも思っているのだろう。



「銀時、ところで今夜の散歩はどこまで行くつもりだったんだ?」
「・・・・・・忘れた」


俺の思考の先を読んだように、銀時はべたりと返り血に染まった袖を引いて腕を絡め取った。
そのまま躊躇いがちに唇が下りてくるのを、弧を描いたそれで受け止めながら、俺は影絵の世界に反逆の中指を突きたてた。























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