『Zさん
当方の独自調査により、次の来店が最後のチャンスになることが分かりました。彼女は、店を辞めるそうです。
今までZさんは彼女に好意があることをアプローチしてきたはずです。おそらく、彼女はその日の閉店後にあなたをアフターに誘うでしょう。そこであなたの気持ちを伝えるべきです。
しかし、最後によく考えてみてください。
どんなに美しくても彼女はオカマ、化粧を落とせば男です。たとえZさんが彼女とお付き合いするようなことがあれば、いつか彼女の素顔を見ることになるでしょう。そのとき親戚のオジサンに目元が似てるとか、職場の上司に髪の色が似てるとか、指名手配犯に超ソックリとか、そのようなことで愛が冷めてしまうことはないでしょうか。

想像してみてください。化粧を落とした彼はどんな顔をしていますか?』



【ラチエン通りのシスター 3】


「最近あのアフロのコ熱心よねェ〜、ヅラ子も絆されちゃうんじゃないかしら。最近まんざらでもなさそうなのよね」
「あのコちょっとウブでカワイイわよね、アタシのタイプ」
「や〜んアンタもォ?でもヅラ子はパー子とデキてるんだと思ってたわぁ」
「アタシもよォ、でもアレよね、年下の男のコにぐいぐい迫られて揺れないオンナはいないわよね〜」
「それでヅラ子をめぐってパー子と泥沼の三角関係やっちゃったりして」
「「「きゃ〜っ!!!」」」

銀時が「かまっ娘倶楽部」を訪れたとき、暇なオカマたちはレディコミにありがちな恋愛構図に最近の上客をねじ込む遊びに興じていた。
斉藤とバッティングしないように、早い時間に来たつもりだった。自分が下馬評の渦中にいるとも知らずにうっかり扉を開けてしまったために、銀時はオカマたちの好奇の視線に晒されることとなった。

「あらヤダッ噂をすればパー子じゃな〜い、ヅラ子ぉパー子来てるわよォ」
「やっぱり危機感募っちゃうわよねェ、あのコアンタと違ってイケメンだし」
「オイアゴ美俺のどこがイケメンじゃねーってんだ俺だってキラめいてっからねいざというときには」
「あずみだっつってんだろ。そおねぇ天然パーマのトコとか?」
「天パがダメでアフロがいい理由はどこにあンだよ」

ニヤニヤと背中を押され、銀時は桂のいるテーブルに通された。桂は意外だというような目で銀時を見上げ、どかっと座る銀時に水割りを作ってやっている。

「どうした銀時、珍しいな」
「オメーまだあのアフロ抹殺計画諦めてなかったの。オカマ共が下世話な噂話で盛り上がってんぞ」
「ああ斉藤か。別に今回こちらから積極的に殺そうとしたわけではないのだが・・・自分から飛び込んできたから、どうしてくれようかと思ってな」

あずみ達の噂話を所与のものとして会話に入り込めたのは幸運だった。銀時は斉藤から受けた依頼を隠したまま、結局来店の理由を桂に説明しなかった。パー子として放り込まれる理由もなく、オカマに興味がない体でオカマバーに乗り込みヅラ子を指名する理由は、なかなかひねり出しにくい。
特に詳しく聞いたわけではなかったが、桂は斉藤が来店したときの様子を大体説明してくれたので、銀時は自分のアドバイスが今回も一向に実らなかったことを知った。

「そんで?いたいけなアフロ破産させて満足でもねーだろ」
「銀時、俺はあと一週間で借金完済・放免の身なのだ」

コツンと目の前に置かれたグラスを、銀時はぐっと煽った。なにしろ水のように薄いので、もはやお冷感覚である。桂はといえば、銀時が長居をしないだろうことは分かっているのか、その財政事情を考慮したのか、自分のぶんのグラスを作ることはしなかった。
その代わり、銀時が秘かに大変好んでいる不敵な笑みを惜しげもなく向け、物騒な計画を話し出したのだった。

「今までのパターンからすると多分俺の最終勤務日に来るのだ。そこで俺は奴をアフターに誘おうと思う。無論黄泉路へのアフターだがな・・・ククク」

これは邪魔しろってことだな、と銀時は正しく把握した。殊更に露悪的な振る舞いをすれば銀時が必ずおせっかいを焼きにくることを桂は十分に知っている。いいように利用されていることは腹立たしいが、だからといって放置しておくこともできない性分を銀時自身嫌というほど分かっていたので、銀時は桂の「お願い」に乗ってやることにした。
そうして翌日、冒頭の手紙はポストマンによって運ばれていったのである。




満月に近かろうかという、ぽっかりと柔らかな月夜だった。
自然公園の歩道を、斉藤は桂の半歩後ろをついてきた。夜露で湿った土が、踏みしめられてしゃりしゃりと音を立てる。月が池に逆さに映ってゆらゆらと揺れるのを、時折蛙が散らしていった。
宣言どおり、桂は斉藤をアフターに誘いだし、月夜の散歩と洒落込んでいる。
公園などという極めて健全な、用途によっては極めて不健全なこの場所は、大体が酒を飲ませる店に連れて行く筈のイベントには不釣合いだ。その狙いを斉藤が気づかぬはずは無い、と桂は踏んでいた。
自分の手で斬る、と宣言までした相手を闇討ちするような真似を桂は好まない。ここいらは人気も少なく、ある程度好き放題やっても迷惑がかからない。ましてやオカマバーの屋根を焼いて弁償を迫られることなど。

「・・・初日で仕掛けてくるかと思ったが。結局俺の年季開けまで付き合うとは、気の長い奴だな。沖田の尻拭いのつもりか?」
「・・・」

歩みを止めて、ちらりと後ろを見返る桂の目に無言のまま佇む斉藤の姿が見えた。色素の薄いその髪が月光を浴びて時折きらきらと光るのを、場に似つかわしくもなく綺麗だと思った。
腕を伸ばせば簡単に腰を掻き抱ける距離で、じりじりと焦がすような斉藤の瞳に桂は背中がむず痒くなる。無表情で何を考えているのか読めない斉藤の瞳の奥が珍しく燻っているのに、闇雲に突っ込んでいったら火傷をしそうだという危機感だけは察知できた。
その火傷は甘くひりついてしつこく痛むだろう。斉藤はその痛みを既に知っているのか、自分にその傷口を見せたがっているように思われて、桂はそこに塩を塗り込んでやりたいような悪戯心が疼いた。

「下心もなくアフターに付き合うなど枯れ切った坊主のようなことは言うまい?俺とどんなことをしたいのか言ってみろ。白州ではべらべら喋っていただろう」


翻る一閃、

キィンッ! ―――



「――――ずっとこうしたかったのだろう?」


闇夜に閃いた桂の得物を辛うじて斉藤が受けた。交戦の昂ぶりに歪む桂の笑みに触発されるように、斉藤の白刃が翻る。キィンキィンと氷の砕けるような高い音を響かせて、月光を映した刃が舞った。
冷やかにも見える斉藤の瞳は明らかな興奮に燃えている。刃の交差とともに至近距離で交わす視線のたびに、桂の瞳にも同じ熱が移されていった。
ずっと我慢していた情欲を吐きだすような腕の動きと絡みつく視線。粗くなる息づかい。まるで組伏せられて咥内を蹂躙され無理矢理に穿たれるような錯覚に陥り、その瞬間、桂は斉藤の若い劣情を本能に忠実に理解した。
移された瞳の熱に、歪む唇に鋭く引き抜いた腕。
それはまた舌を捩じ込んでその先を貪り、その背に真っ赤な爪痕を残すような幻覚を斉藤に見せた。
求められる悦びに、乱暴な熱がまた瞳の中で膨張する。自分を苦しめるそれを桂に全部注いでしまいたくて、斉藤は淫らな思慕の一切をまた指先から刃に載せた。

散っては跳ねて、飛んでは踏んで。池に映るふたつの影は、まるでソシアル・ダンスを躍るようにゆらゆらと揺れている。
さらりとした黒髪が散って美しい月影を地面に作るのに、それを見ることすら浮気者めと詰られるような情熱的なクィック・ステップを受けて、また橙色の光をちらつかせる亜麻色の髪に、気をとられることにすら嫉妬してしょうがないというふうな性急な腕のリードを受けて、
その瞬間、確かに願いは叶えられたとどちらもが思っていた。















『万事屋さんへ
この度は無茶な依頼を引き受けてくださって有難うございましたZ。
万事屋さんは知っていたのですね、彼女が誰であるのかを・・・。
しかし私は、却って嬉しく思っているのですZ。
私はうまく喋ることはできませんが、私の乱暴な告白も彼は真正面から受けてくれました。私はそれができるひとを好きになることができたのです。それは私にとって何にも優る好運です。
結局私の想いは得物とともに池に弾き飛ばされてしまいましたが、
その襟元に一輪、今度は少し情熱的な花言葉を
残せたことで今回は満足ですZ。』



後日桂を訪ったとき、その机の上に一輪赤い薔薇の花が飾られているのを、銀時は見て見ぬふりをした。














(あなたからいつもその気にさせる 他の誰よりも・・・)





































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