『ヅラ子さんが働いていたのは、「かまっ娘倶楽部」という店です。
・・・この時点で、彼女が「彼女」ではないことは理解していますZ。私も腹を痛めつつトイレで3週間悩みましたが、』



『ヅラ子さんなら構わない、という結論に達しましたZ。』


【ラチエン通りのシスター・2】


『Zさん
あなたの覚悟、しかと受け止めました。
オカマといえど心は女性、ようは単にホステスを口説き落とすのと基本的には同じです。
しかし、相手はプロの水商売。男など星の数ほど見ています。
そこで、通りすぎていくだけの男にならないように、店にはこまめに通い、必ず彼女を指名しましょう。
たまに、花束などプレゼントを買っていき、彼女に特別感を与えることも有効です。
ああいう店では、オネーチャンにイイカッコしたくて武勇伝をひけらかす男性が多くいますが、あれはモテません。むしろ聞き役に撤すべきです。話す彼女の目を真摯に見つめて頷き、包容力のある男性であることをアピールしましょう。』


真選組のカス共の来店からはや3週間。大勢でやってきてそれなりの金を落としていったが、俺の指名で稼いだ訳ではないので、まだ屋根の修理代は払いきれないままでいる。いや、絶対払っていると思うのだが、西郷殿がここぞとばかりにリフォームしたものだから無駄に高くついている気がする。
もともと場末のオカマバーに、そんなに客も来るでなし・・・と、思っていたら、あと2時間で店じまいといった時間に、一人でその男はやってきた。

(斉藤・・・!)

どこか所在なさげにして、ドアにアフロをつっかえさせながら恐る恐る入ってきた斉藤に、「いらっしゃいませぇ〜」と野太い声がかかる。アゴ代に促されて座るのにきょろきょろと何か探すような仕草をして、店内を流れる視線は俺の目の前でひたりと止まった。
そして、それから一ミリたりとも動かない。

「あらぁ・・・。ヅラ子ォ、イケメンがご指名よぉ〜」

羨ましいわぁ〜、とアゴ代が俺の隣をすり抜けていく。3週間何事もなかったのでやり過ごしたかと思っていたが、今になってやってくるとは。どういう策略を練ってきたものやら・・・。
隣に座ると、斉藤は少し目を逸らした。何だ、さっきまでじろじろと見ていたくせに。こんな格好の俺を情けなく思っているとでも?残念ながら俺は男の時もオカマの時もマジだ。完璧な水商売スキルで貴様の首と財布の中身をかっさらってくれるわ!

「・・・こんな遅くまで仕事か。毎日大変だな」

部屋と厠の往復で。
知らぬそぶりでクソ薄い水割りを作り、渡してやる。本当にその水の中に入れてやりたいのはウイスキーなぞではないのだ。西郷殿の手前、やらんが。
白州で喋り倒していたのが嘘のように、斉藤はまたむっつりと黙りこくっている。この男は刃を交わしている時のほうがよほど雄弁だ。そういう生き様は、嫌いではないが。
埒があかないので仕方なくこちらが一方的に喋っている。今日の街の様子とか、ニュースの話題とか、まあ他愛のないことだ。

「!」
「!?」

ガッ!と効果音さえしそうな剣幕でもって、一転斉藤は俺の目をガン見してきた。
隣で。ごく、至近距離で。俺が話している間じゅうずっと、もうこの話を一言一句覚えないと死ぬのか?と思うほど鬼気迫る緊迫感でもって。
思いつめたような瞳で、たまに変なタイミングで赤べこのようにカクカク首を落とす。

(その首ホントに落としてやろうかァアア!!)

なんか怖い。何だかわからないが、何だかわからないのが怖い。
負けるか、と思うのだが、流石に気圧されてしまって、いきおい話がしぼんでいく。

「・・・」
「・・・」

1分が、長い。



『会話が途切れてしまったら、ボーイや他のホステスを味方につけましょう。一杯奢ってやるのです。
このとき高いボトルなどを開けてしまうと上客=いいカモにシフトしてしまうので、グラスで頼んでやるのがベストです。』


会話の途切れたテーブルを心配してくれたのか他のテーブルへの移動中か、西郷殿がこちらの席を通りすぎがてら、「あらァ何だかイイムードじゃない、ヅラ子いい男見つけたわねェ」と茶々を入れてきた。
すると斉藤は予め俺が作っておいたドリンクメニューの紙を西郷殿に渡した。通常、こういう店でメニュー表などは置かないのが一般的なのだが、こいつは喋らないのでこうでもしないと金を使わないだろうと踏んでさっき即席で作ったのだ。斉藤自身は飲むペースが遅く、今もそのグラスには俺が作った薄い水割りがまだなみなみと残っている。俺もさも当然のように相伴に預かったが、そのグラスもまだ半分以上注がれていた。それらのグラスを残して、俺ではなく通りすがりの西郷殿にドリンクメニューを渡した意味を、お水の世界に生きる西郷殿は無論正しく理解した。

「やだぁ〜私までいいのォお兄さん、悪いわねェーあずみィドンペリあるだけ持ってこいィィイ!!」

オカマ容赦ないな!!
斉藤は一応、グラスメニューを指していたのだ。しかし抗議を挟むスキもなく、「えーっやだ〜ァドンペリー!?アタシも飲みたいわァ〜」とオカマ共が群れてきて、どかんどかんとドンペリを置いては開け置いては開けしていくのだった。まあ、鄙びたオカマバーでドンペリが出ることなどほぼ皆無であるので、実際は安いワインや日本酒などもかなり混じっていたが。ピンドン?そんなものは最初から仕入れていない。無駄だからな。それは、斉藤にとって不幸中の幸いか。
完全に予想外といった顔でビクッと肩を震わせ助けを求めるかのような視線を寄越してきた斉藤に、俺はさすがにちょっと同情した。

「さっ西郷殿・・・!お客様の財布が破綻する!!」
「ヅラ子ォ、お客様がお支払いできなかったぶんはアンタが肩代わりだからね」
「貴様らその栓を抜くのをやめろォォオオ!!!」

小一時間ほどすったもんだの挙句、できあがったのは空き瓶の山と、ほろ酔いで上機嫌のオカマの群れだった。
いつも以上にハイテンションの西郷殿たちのおかげで店は盛り上がり他のテーブルの注文も増えたようだが、このテーブルばかりは既に疲労困憊の風情を隠せない。グラスは既にびっしょりと汗をかき、解けた氷でもはやただの水になった水割りはもう飲む気がしない。

「・・・すまんな」

乱れ髪もそのままに、着物の裾だけをちょいちょいと直した。斉藤は先程の慌てた表情をもう諦めてしまったのか、またいつもの何を考えているやらわからぬ無表情に戻り小さく頷いてみせただけだった。
空き瓶を端に寄せテーブルを何とか見えるようにしていると、ドンペリの一本がまだグラス一杯分程度残っている。手近にあったビールグラスに注いでやり、差し出した。

「折角注文させられたんだ、飲まねば損だぞ」

高いばかりで別段美味いとも思われないが、散財させられた以上は一口でも飲めねばやっていられないだろう。好いた女子に貢ぐならまだしも、テロリスト検挙のための偵察にやってきて、わけのわからぬオカマたちに毟りとられているのだ。こんなもの経費でも落ちるまい。

「・・・」

まるで好いた女子に貢ぐように。
斉藤は、ちらりとこちらを見たあと、ふいと俺から視線を逸らしてグラスを俺の目の前に差し出した。
中身こそドンペリであるものの、注がれたそれはお洒落なシャンパングラスなどではなく、ビール会社がオマケでつけてくれるような★のロゴの入った安いビールグラスだ。すっかり使い古されていて、ところどころ傷もある。ホステスの気をひくにはムードもへったくれもない。
だが、俺はそれを気に入った。ドンペリではない。その不器用な仕草をだ。
来店以来視線を逸らしたりガン見したり、こんな格好の俺を扱いかねているのかと思ったが、なかなかどうして、痛い目にあった癖に粋な対応ができるではないか。
そういう武士かたぎの意地っ張りな男は、俺は嫌いではないのだ。

「・・・うん、美味いな」

酸っぱいばかりの白い炭酸が、舌を転がりぱちんとはぜた。




あんなに痛い目を見た癖に、斉藤はそれからちょくちょく店に顔を出すようになった。職務熱心というか、貴様内偵じゃなかったか?最近は真選組も人手不足ということか。
あの日の代金は結局斉藤が全額カードで支払った。1ヶ月近く暮らしぶりを観察したことのある俺としては、散在の場所もないから貯金が増えるのだろうことは分かっていたが、柄にもなく少しばかりの罪悪感を覚えたものだ。

その日、斉藤はやはり閉店2時間前にやってきた。あれだけお大尽をしたおかげで斉藤は西郷殿の覚えめでたく、俺はすぐに斉藤のところへ呼ばれた。
斉藤は少しもじもじと落ち着きなく、暫くテーブルにつかなかったが、突然、ばさっと俺の目の前に花束を突きつけた。きゃーっ、というオカマたちの歓声が聞こえ、また次の瞬間、それは戸惑いの声に変わる。その、抹香臭と切っても切り離せない黄色の花弁に。

(きっ・・・菊だとォォォ!?)

やっぱり根に持たれている!!経費で落ちなかったんだなだから言ったろう!すなわちコレは宣戦布告か、よかろう受けてたつ!!
微妙な空気になったフロアーで斉藤の熱視線をびりびりと感じながら、俺は大輪の菊を受け取り来るべき決闘のスケジューリングを始めた。











(呼べばすぐに会える でも見つめるだけでもうだめシスター・・・)


勿論菊を贈った斎藤さんに他意はない
※8/7一部変更






































































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