東公園のブランコは青かったはずだ。
特に何の気もなく通り過ぎた公園だったが、目の端に赤いものがちらついたのでちょっと視線を遣ってしまった。
青いブランコを小さく揺らして、赤い蛇の目の傘をさす赤いチャイナ服の少女はしょげていた。

「リーダー?」



【ブルースはもう結構】



「・・・ヨッちゃんとケンカしたアル」

隣のブランコに腰掛けてふたりできいきいいわせていると、やがて少女がぽつりと零した。
ぽつり、ぽつりと少女が語る事情は、幼いころには誰もが経験するであろう友人との小さな行き違いだ。
それでも小さな当事者には明日世界が終るかのような大事であり、かわいそうなほど眉を寄せて瞳を潤ませるこの少女にとってもそれはまた例外ではないのだ。懐かしい感慨に心のうちで苦笑して、少女の頭を撫でてやった。

「・・・明日には仲直りできるさ。そんなに悩めるほど仲良くしたい友人がいるのはいいことだ」
「ウン。・・・でも、友達ってよくわからないヨ。みんなワタシと仲良くしてくれるけど、よく考えたらワタシみんなのことあんまり知らない」
「何でも知っているばかりが友人ではないぞ。心が通いあったと思えばそこに友情はあるのだ」
「でも銀ちゃんはヅラのこと大体熟知してるって言ってたネ」
「・・・俺と銀時は、まあ、長い付き合いだからな」

友人という対等な他者との間で自己を見つめる少女の青春の途を応援していたはずなのに、突然自分に矛先が向かってきて驚いた。幼い日、自分はどう見られたいか、彼とどういう友人でありたいか、どういう欲求を持っているか、銀時を通して一番学んだ。多分銀時もそうだったと思う。だから銀時の傍で暮らす少女が、自分と同じころの銀時に一番影響を与えた友人との関係性に着目するのはまあ、当然といえば当然のことではある。
しかし、純粋な友情というものを、俺と銀時は少しばかりこじらせてしまったために、少女の望む答えを導く参考にはならないような気も、する。

「銀ちゃんとヅラはずっと一緒にいたんじゃないんでしょ」
「ああ。・・・10年近く離れていたかな」
「10年あったら小学生だって社会人なるヨ。ワタシみんなのこと10年後もおんなじように知ってるって言える自信ないアル。銀ちゃんはヅラのことになると大袈裟だけど友達ってああいうモンアルか」
「・・・。リーダー、どういうふうに友情を結ぶかは人それぞれだ。銀時の示し方と違うからといって、リーダーが友を思う心が偽物になるはずがない。リーダーがヨッちゃんさんを友人だと思ったのなら、そこにあるのはまさしく友情だ」

あんまり難しく考えないでいい。
ぽんぽん、とまた頭を軽く撫でてやれば、少女はまたウンと頷いた。いつもは頭を撫でられるのを嫌がってグーパンがくるのだが、今日は大人しくまたしおらしい。
しばらくそうしていたが、もうちょっと一人でしょげてたいヨと少女がいっぱしの女性のようなことを言うので、すごすごと公園を後にした。まったく女子というのは成長が早くて、なるほど銀時がまだ彼氏なんてと焦りだしたのも無理はない。

篝火のしたたるような夕暮れを過ぎても、肌寒さを感じない時期になった。川べりを犬を散歩させるご老人や、親子連れなどが連れ立って楽しそうにしている。
堤のうえを歩いていると、時折むわっと川の匂いが堤の草々の匂いと混じってやってくる。
これを嫌だという向きもあるが、俺自身は割りと好きだ。無論生臭いしいい匂いだとは思わないが、故郷の用水路を幼友達らと駆けていったあのころを思い出す、懐かしい匂いでもある。

「ん、」
「ゲッ」

橋のたもとまでやってきたとき、堤を降りた先の茶屋からあの日用水路を共に駆けた幼友達の一人が出てきた。嫌そうな顔をして、げっ、とか潰れた蛙のような声を出すくせに、辛気臭ェツラ見ちまっただの何オメー暇なのあのペンギンオバケはどーしたよだのと失礼なことを言いながら堤をがしがし登ってやってくる。それで、結局並んで橋を渡っているのだ。これのこういう素直になれないところは、10年近く経っても変わらない。この先50年経っても変わらないだろう。

「珍しいトコにいんじゃん」
「いや、今日は会合中に真選組に押し入られてな。先方に迷惑のかからん距離まで走ってきたらこんなところまで来てしまった。やはりまたデストロイしに行くべきか」
「・・・またオトモダチ増えても困んだからやめれば」

実際、少女のいうことは当たっている。
真選組を心底敵視していることはほぼポーズだ。確かに邪魔だし潰れてくれるのは一向構わないが、真選組が瓦解したところで新しい組織が作られるだけだ。その組織が今よりこちらに都合のよくなる可能性は薄いし、また情報を集めなおさなければならない手間を思えば、現在の勝手知ったる相手方のほうが幾分マシだ。警備もザルだし。
・・・と、いうようなことを、今の銀時は見抜かない。また俺も随分演技上手になったので、銀時に見せなくてよいことはそっくり隠すことができるようになった。そして銀時がこれをも見抜かないのは、優しさゆえにそういうフリをしている、というようなものではないのだ。10年弱の歳月は小学生を社会人にし、また青年たちの間にも見抜けぬ部分を作り出した。リーダー、俺と銀時もそう変わらないのだ。

「銀時、ウチに来んか。また引越したのでな」
「またァ?前んトコ半年住んでねーだろーが」
「俺だって好きで越している訳ではない」
「・・・引越しソバあンんだろーな」

ぶちぶち言いながら、また結局俺の足取りについてくる。きっとこの後ウチに来て、蕎麦をたぐっては酒を呑み、またぶちぶち言いながら帰っていくのだ。なんの気もないようなそぶりをして。そのくせ、その奥底でチリつくような、そしてそれを後ろめたく思うような濁った眼をして。
銀時は俺の恋愛に対する愚鈍ぶりを中学生のように言うが、その実銀時が俺に対して友情の一言では足りないチリチリした熱を抱えていることを俺が気づいていないと思っているし、俺もまた同じものを抱えていることを知らない。中学生はどっちだ、と俺が常々呆れていることも、知らない。
昔の負い目と気恥ずかしさと、昔のようには一緒に歩んでやれない諦めと、そんなものがグシャグシャになってこの指に触れられずにいる。相手は自分でなくていいから無条件で幸せになってほしいと願っている。俺にだけは不幸になってほしくないと思っているくせに、自分以外の誰とも幸せになんてなってほしくないとも思っている。誰より自分にそんなことを望む資格が無いくせにと自嘲しながら、天秤をぐらりぐらりと揺らして、その度に得体の知れない焦燥感にかられている。
俺も同じように思っているのに、この瞳を見ないせいで、それに気づかない。

「やっぱり蕎麦だけ取りに行ったらお前の家で食おう」
「エーじゃァ俺家で待ってりゃ良かったじゃん」
「何のために貴様をウチに連れて行くと思ってるんだ馬鹿」
「じゃあなんでわざわざウチ来ンだよ」
「昼間リーダーが友人とケンカをしたといってしょげていてな。そういう時は大勢で食事をするほうがいいものだ」
「ケンカぁ?ガキのケンカなんざかけっこの途中で道端に落としてくるモンだろ」
「ふふん銀時よく言うな、貴様高杉と初めてとっくみ合いのケンカしたときその日の夕方泣きながら俺のところに「なんでンなこと憶えてんだよテメーは!!!」

俺も今の銀時を形成する幾ばくかを知ることがない。銀時と同じように銀時の中のことで俺が気づいていないことも、きっとあるのだろう。
銀時も俺に理解できないところが新しく追加されていることを分からないではない筈だ。何が理解できていないかは知らないとしても。住処も電話番号も、俺が教えなければ引越後にそれを知る手段がないこともまた、分かっているだろう。
それでも俺たちは互いにこれを悲しいとは思っていない。時々ふっと寂しさにとらわれることがあったとしても、すぐ霧散してしまう類のものだ。
だって銀時は俺が、俺のことを一番に知っているのはお前であってほしいと思っていることを知っているのだ。そしてそれに応と言うことで10年近くの年月に橋を架けたのだ。銀時が少女らの前で俺のことを大体熟知しているなぞと言うのは、そういうことだ。熟知している、と言い切るには、心許ない臆病な心がそれを若干曖昧な表現にしてしまったとしても。
その人に一番知っていてほしいことは生涯通してそんなに変わるものではない。そこだけ共有できていれば、何十年を越したって友であり、あるいはそれをこじらせたなんかややこしい関係でもいられる。


「・・・オメーだってよォ、俺とケンカした次の日泣きながら飛びついてきたじゃん」
「なんだ、憶えてるではないか」

お前を一番知っているのは俺だといい続けてくれるというのなら、それはもう恋が伝わったのと同じようなものだ。チリチリする視線のじれったさも、頑なに俺の瞳を覗き込もうとしない愚鈍さも、そんなものは些細なことだ、と笑っていなせるほどに。

お前の恋が伝わっていることを、お前は知らないから、久しぶりに幼馴染をふりかざして昔話の続きをしながら、懐かしい用水路の匂いのする堤をずっと上っていきたいと思った。





















































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