※銀時の結婚描写があります



神楽も懐いているし、新八もいい人ですねと言ってくれた。
蒸し暑い夏、暗い夜道を蛍がほんのり照らすのが、覚束なくも温かい未来を夢見させてくれるようだった。さわさわと田んぼの稲が風に靡いて、少し泥くさい水の匂いが涼しさとともにやってきた。

「あのさ、・・・結婚、してくれない」

驚いたようにぱっと顔を上げて、俺のばつの悪そうな顔をまじまじと見詰めた彼女の頬は、暗闇でもそれとわかるくらい赤く染まっていた。

「銀さん。・・・ええ、喜んで」

そのときの彼女のゆるゆると幸せそうな笑みの広がっていくのを見て、心からこれを守り抜くと、誓ったのだ。



【THEY SAY IT'S WONDERFUL LIFE】


先生に拾われて、幼馴染たちと馬鹿やって過ごして、先生を失くして、戦争に行って。
江戸に流れ着いて、万事屋やって・・・、
1人になったり賑やかだったり、忙しい人生だったが、幸せな家庭なんて夢には見ても、まさか自分が叶えられるなんて思っていなかった。
嫁さんはよく行くスーパーでレジ打ちをしていた。にこにこと愛想がよくて、人がいないときには世間話もしてくれた。
ロクな食生活してない俺を心配して、惣菜の安売りとか、いろいろ教えてくれたりして。
なんでそんな良くしてくれるのって意地悪を聞いてみたら、

「あなた、私の1番下の弟によく似ているの。だからつい構いたくなっちゃって」

その言葉のドコにグッときたのか、今でもよくわからないが、とにかくそれで惚れたのだ。
急に迫って恐がられないように、恥ずかしいほど初にアプローチした。女にピンクの花束なんて買ったのは、この時が初めてだ。
何とかお付き合いにこぎつけて、誠実な交際のすえ結婚の約束をした。
挨拶に行った先で義父に殴られ、土下座して結婚を請うた。
結婚すると言ったら、周りはえらい騒ぎになった。ババアなんて白眼むいて卒倒した。
だけど一番俺の結婚を喜んだのは、幼馴染の男だった。奴は嫁さんの手を両手で握って、「どうか銀時を頼みます」と何度も言った。お前は俺の母ちゃんかと呆れたら、「お前も言っとけ。愛想を尽かされんようにな」と泣きはらした顔で笑った。
金がないので式場なんて借りられなかったが、吉原が好意で一席設けてくれた。しかし集まったのはいつものメンツだからそりゃあてんやわんやでぐちゃぐちゃだった。いい式だった。

長い間子供には恵まれなかったが、遅くになって娘が産まれた。
「私たちの娘よ」と嫁さんから泣きじゃくる赤ん坊を手渡されたとき、今までの人生が走馬灯のようによぎって、もう今死んでもいいと思った。
一人娘は可愛くて、もう本当に目に入れても痛くない。この娘をいつか誰かの嫁にやると思うと、あの細い義父の身体から繰り出された重い拳の理由が良く分かる。
いつか娘をとりにやってくる男を、俺は義父より強く殴ろうと思った。義父より自分の娘を愛する男になって初めて、やっと俺は義父から嫁さんを奪うに相応しい男になれるのだ。

まだ娘が歩けもしないうちからそんなことを思い詰めるほど嫁さんと娘を愛しているのに、同時に何故か得体の知れない居心地の悪さを覚え続けている。
尻が落ち着かないというか、まるで自分の居場所はここではないような、浮遊感。

「あなた?どうしたの、ぼうっとして」
「あ?あ、ああイヤ・・・ヴァージンロードを歩く日のことを思うと、ちょっとね」
「もう。いくらなんでも気が早いわよ」

そうだ。この2人を守りぬくと決めたのだ。他のどこに居場所を求めるというのか。
知らない種類の幸せだったのだ。叶いっこないと諦めていた未来を手にして夢うつつなだけだ。
娘が夢中なテレビの向こうで、見慣れた顔の美しい大臣様が国の未来を語っていた。

娘の成長はあっという間で、知らないうちに俺と嫁さんは老いた。この間、俺の幼馴染の男とケッコンすると宣言した幼少期の娘の男の趣味を、俺はずっと心配していた。
22になった娘が男を連れてきたとき、俺は渾身の力で男を殴り飛ばした。
幸い奴には似ていなかったが、あんなつまらなそうな男に娘をやるのは癪だった。結婚を許したのは、嫁さんに宥められてしぶしぶだ。

娘夫婦は子宝に恵まれて、俺たちは3人の孫に囲まれた。
孫の成長を見るのは娘のときよりずっと早い気がした。あっという間に大人になっていき、あっという間に俺たちはしわくちゃのジジイババアになった。

嫁さんは、俺より少し早くに先立った。
女のほうが寿命は長いと聞いていたのに、置いて行かれるとは思わなかった。最愛のひとを看取るのはこんな年になった今でも胸が張り裂けそうだったが、最期に嫁さんが俺を見て微笑んだので、こんな寂しい思いをさせないだけでも俺が嫁さんより長く残る甲斐があると思った。

幸い、俺も長くは残されなかった。
娘夫婦と孫たちに囲まれて、長く住んだ家の畳の上。若い頃には想像もできなかった、平凡で幸せな最期だ。
幸せな人生だった。娘を抱きあげた日と同じような走馬灯がまたよぎっていく。家族の記憶、周りの人々の笑顔ーーー・・・

(「銀ちゃん!」「銀さん!」「ワン!」「金時、ワシと宇宙に出んか」「銀時、先生を頼む」「銀時、みんなを−−−」・・・)









『銀時、』



幸福に潜む違和感の靄は、そのときはじめて俺の知る人影になった。
最期に迎えにきた声に、俺はやっと息をつけるような安らかさで目を閉じた。







心臓がひどく脈を上げている。
気づいたら首周りと背中にうっすらと汗をかいていて、ブランケットのような薄い掛け布団を握りしめていた。
ぱたたたた・・・たん、たん、ぱたた・・・
蛍光灯が不自然に明るくて、妙に冴えた耳が窓の外の雨音を拾っている。
かた、かた、と台所で誰かが動いている音もして、俺は身を固くした。
夢か。けれど一体どこまで?
醒めてしまった夢の中の、嫁や娘の顔も思い出せない。けれど今台所にいる誰かはまだ夢の続きを見せそうで、頭の中がふわふわと所在ない。

「あ、起きたのか」

台所から湯呑みをふたつ持ってやってきたのは桂だった。
なんか一生懸命寝てたから台所借りたぞ。まあ茶が冷める前に起こすつもりだったがな。まったくお前は、起きてるときもそのくらい一生懸命起きてられんのか。
桂はひとりで喋りながら俺の前に湯呑みを置いていく。それにつられたようにソファから身体を起こすと、まるで古い人形を動かすようにバキバキと音がした。

「なんか今日は急に冷えたな。お前もこんなところで寝てると風邪ひくぞ」
「なんか夢見ちゃってよ。起きるに起きらんなくて」
「ほう。どんな夢だったんだ?」

思いのほか指先が冷えていて、湯呑みを持ったら伝わる熱にじぃんとした。
湯気を顔いっぱいに浴びながら、だんだん目が覚めてくる。夢の中の人生は急激に遠のいていった。

「んー・・・イイ夢だった気がする」

平和な世の中。平凡な恋愛。祝福された結婚。可愛い娘。大事な家族。こんな人生幸せでない筈がない。ぼんやりと夢見ていた憧れの生活を、胡蝶の夢のように生きていた。
目が覚めればまた憧れに逆戻り。俺に茶を淹れてくれるのは可愛い嫁さんじゃなくて、見慣れすぎた幼馴染の男である。残念すぎる。
けれど湯呑みを持って出てきた桂の顔を見たとき、何故だか迷子の子供がやっと親を見つけたような気持ちになった。
・・・幸せな夢を見た筈なのに。
桂の淹れた茶は喉を通って腹の底にじわりと沁みて、俺は深く長く息を吐いた。


桂はただ遊びに来ただけだったのか、他愛もない話をぽつぽつと喋ったあと、雨の中を帰っていった。
それを玄関から出て手刷りに肘をつきながらぼんやりと見送るのに、そんなことは初めてだったから桂が不審がって何度もこちらを振りかえる。それをしっしと手で遣るような真似をして、歩く桂の後ろ姿を追っている。




『銀時、』


夕暮れを過ぎて、雨はまだしとしとと降り続いている。
くるりくるりとこちらを気にする蛇の目の傘は、やがて煙草屋の角を曲がって消えた。


































































人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -