その日はチャイナが珍しく長い半紙に「女皆是女優」とわけのわからないことを書いていた。
慣れないサイズ感に戸惑っているのか、桂の提案で一字ごとのサイズに半紙に折り目をつけて練習している。しかしいつもの豪快な筆圧が災いしてかうまく収まらないようだ。

「なんだってあんな長ェ紙使ってんでェ」
「ああ、あれ提出用ですからね。寺子屋の」
「・・・ああ、チャイナの夏休みの課題っつってたか」

ツクツクズィーヨズィーヨジィー・・・

いつの間にかアブラゼミの声は消えて、ツクツクホーシが勢力を増してきた。
8月も20日を過ぎて、夏休みはあともう10日もない。



【私の上に月は輝かない】



「ヅラァ、オマエ来なかったら承知しねーアルからな」
「ああ、任せろリーダー。死後も人々を脅かす怨霊どもなぞ俺が天誅を下してくれるわ!」
「あ、生きてるんでやめてください」

結局一朝一夕では上手くいく筈もなく、チャイナは些か不本意な結果となった半紙を結局墨汁でべちゃべちゃに塗りたくってしまった。
ハイ今日はここまで、と桂が少し早く場を切り上げて冷えた麦茶を持ってくる。こうしていると、まるで本当に習字教室の先生のようだ。変装にしてはいいセンいってる、と思う。
今日は準備があるんだろう、何時からだ?と桂がチャイナに尋ねている。かぶき町の夏祭りのことだ。出し物のひとつとして、かぶき町は毎年寺で肝試しをやっているらしい。オバケ役は町民が持ち回りでやっているというが、それがまた万事屋にまわってきたということだ。サザエさん方式の癖に町内当番だけはキッチリ回ってるって銀ちゃんブツクサ言ってたヨ、とチャイナが不穏なことを溢した。

「今回はどうやって落さん落とすか考えて、オマエら呼ぶことにしたって」
「オイイイイそんな可哀相な計画立ててたのアンタら!!なんかしたか!落さんがなんかしたか!!」
「オイ待てチャイナ、俺も勘定に入ってんのかィ」
「そうヨ、ヅラ1人じゃどっちが幽霊だかわかんないし」
「ちょっと待てリーダーそれはどういうことだ」
「ヅラァオマエは深夜ローソク持って鏡見てみるヨロシ」

暢気に桂と出歩くことに不安がないわけではないが。
既に決定事項であるとばかりのチャイナにはどんな異論も通じないだろう。まあ、桂は髪を上げていれば随分印象が変わるし、かぶき町内なら隊士と鉢合わせることも少ないだろうし、幸いウチの隊服はゴキブリよろしく黒いので祭りの場では浮いて目立っているだろう・・・。

潜入捜査ならば、隊内に報告しておかなければならないことは知っている。
多分、迷っているのだ。
「書道の先生」の正体を知ったうえで張り込んでいたいのか、騙されていたいのか。どちらかさっさと決めなければ、最悪の事態になる。
この感覚には覚えがある。ミイラ取りがミイラ、とはイヤな感覚だった。今だってそうだ。
騙されていたいのは、西瓜の種に指を迷わせた男の業だ。そんなふうに桂の変装が見破られないか心配して、隊士たちに自分と一緒にいるところを見られることを懸念して。無意識に脳が繰り出す計算はすべて自分が既に選択を済ませたことを教えている。けれどそれは。
・・・お巡りさんの身の上が、天秤の向こう側に乗っかって、青くさいガキは一丁前にウェルテル気取りだ。あーやだやだ。

そして中途半端な気持ちのまま、結局桂と二人で出て行ってしまったのは、どうにでもなれという夏の若者特有の病状のせいだ。やぶれかぶれともいう。





寺の墓地はうら寂れていて、肝試しにはもってこいだ。寺へ上る長い階段のために下の縁日とは隔絶されていて、祭囃子の華やかな喧騒がはるか下に聞こえる暗闇がいっそう異界感を煽る。
やはりというか何というか、来ているのはカップルと親子連れが多かった。男二人もさることながら、落武者が出てきたので桂のポラロイドカメラでツーショットを撮り、白い手が一本多いといったような完璧な心霊写真で落ち武者の度肝を抜いたりしたせいもあって、大分目立っていたかもしれない。
夜の墓地。ざわざわと不穏に揺れる柳。遠くに聞こえる賑やかな中にも哀愁の漂う竜笛、子供の笑い声。
舞台はなかなかいい割にキャストがイマイチだ。やっぱ落ち武者やるからには脳髄垂らして斬りかかってくるくらいじゃねーと。

そしてやっと、情緒的な古井戸を通りがかったとき、どろどろどろと太鼓らしい音とともに皿を数える女が出てきた。

「いちま〜い、にま〜い、・・・きゅうま〜い、じゅうま〜い、あっ」
「大丈夫だリーダー、次のグループのぶんと併せて18枚数えておけ」

数えた皿を下にやるもんだから無限ループで、これで次のグループがホントに横着で皿を数えてもらえなかったら完全にこのお菊は落語のほうの住人、いや住霊だ。
二枚足りない?いや一枚足りないって2回言うアルかなどとまるで即興のコントをしているような光景を間近で見て、コイツらいっつもこんなことばっかしてんだろうなと思う。馬鹿の極みだ。
そうして、無意識にでもその後に「羨ましい」と出そうになって、無理矢理飲み込んだ。テロリストと仲良くしている光景が羨ましいなんて、いい加減頭が沸いている。
一丁前に惚れているのだ。だけど認めるわけにはいかなかった。今だってそうだ。
面倒臭い問いは立てたくない。ToBeOrNotToBeなんてナンセンスにも程がある。
皿を数えすぎないよう工夫を考えている微笑ましい風景を、苦々しく睨みつけていた。


一周して戻ってきたとき、後続は随分列になっていた。
落ち武者の度肝がとか皿がとかキャストが奔走しているところからすると、もしかしなくても原因はいま後続から非難がましい目を向けられている自分たちだ。まあそんなことは知ったこっちゃない。
一応一周したし、万事屋の旦那への義理もこれで果たしただろう。帰るかと階段を下りようとしたところで、下から一陣ぶわっとすくい上げるような強風が吹きつけた。

足元が危うくなるほどではなかったが、それは桂の髪留めを揺るがせるには十分だった。するりと猫のしっぽのような捉えどころのない艶髪はそれだけで髪留めの拘束から抜け出そうとして、しゅるしゅると面白いほど崩れていく。それを桂が鬱陶しがって髪を解き、また手早く結いなおすまで、桂がすれ違った後続の客たちに対してこちらは騙されるための口実をほとんど失っていた。

「・・・沖田隊長・・・」

緑の髪の女なんて珍しいなとは思っていた。
すれ違いざま、怯えたように女の隣の地味な男が呟いたのが、たぶん今日一番のホーンテッド・シーンだ。

男をちらりと見ることもせずに、下るにしたがって大きくなっていく祭囃子と屋台の灯りに呑まれながら、今無性に前を歩く桂に振り向いてほしかった。



























































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