「ん、あいつはまた欠席か。仕方のない奴だな」
「こないだの肝試しからヨ、アイツきっとビビったネ」
「楽しそうに心霊写真に写ってたくせに・・・あっ呪われたかな」
「心霊写真?・・・ギャアアアアこれホンモノじゃないですかァァァ!!!」




【それまではしずかなこころ】


草木も眠る丑三つ時。近藤さんの部屋には一度落とした灯りがまた小さく点けられていた。
部屋の中にいるのは近藤さんと土方さん、それから山崎だ。
何について話しているのか、内容は聞かなくても大体分かっている。柱の影に隠れるようにして聞き耳をたてているのは、気づかれているのかどうか。

「うーん・・・でも桂と一緒になっちゃうことって割とよくあるしな」
「まあな・・・。そんで大体そういう時ァ奴捕まえるどころじゃねェんだ」
「よくあるんですか・・・。でも沖田隊長、ここのところ書道教室に通っているんですよ」
「ほー、アイツが書道たァ。いい心がけじゃねェか、大体アイツの字は読みにくいんだ」

死ね土方。
山崎は先日の一件からこっち、こちらの周辺を調べたらしい。あれから教室には行っていないから、聞き込みでもしたのだろう。山崎の不安げな表情に気づいているのかいないのか、桂の話題が出たにも関わらず近藤さんと土方さんの口調はどこか楽観的だ。自分たちも桂と同席しながら妙なトラブルに一緒になって巻き込まれていることが多いからだろう。


「万事屋のところの新八くん達と一緒らしいんですけど、そこの先生が、その・・・桂のようで」

反応が変わった。
こちらからは見えないが、多分今近藤さんはちょっと驚いた顔をして、土方さんは眉間に皺を寄せただろう。今までの巻き込まれるパターンではなく、自主的に首をつっこんだのだと察したからだ。
短い沈黙のあと、近藤さんが「桂は変装してたんだろ?」と山崎に聞いた。桂が変装をしていれば、こちらがそれに気づかなかったのだと言い訳がたつ。それは同時に隊士としての無能を表すものでもあるから諸刃の剣ではあるのだが、それよりも近藤さんにこんな言い訳を探させてしまったことが情けなかった。

「はい。あのウザったい長髪も上げられてましたし、眼鏡をかけて随分印象が変わっていましたから、気づかないこともありうるとは思います」
「万事屋のガキどもは桂に懐いてるみてェだからな。仕掛側に加担することもあるだろうよ」
「まあ、それじゃ総悟を責めるワケにはいかんよなあ」
「・・・俺だって沖田隊長をホントに疑ってるワケじゃないんです。でも沖田隊長は今まで桂捕縛の最前線にいて、桂のことは変装も含めて見慣れているはずなんですよ。
もし沖田隊長が桂をそれと知ったうえで一緒にいたとすれば、潜入捜査の報告がなされていない以上私通を疑われかねません。そこでは桂の変装はむしろ真選組を欺く私通の証拠になってしまうんですよ」

よく気づいたな、山崎にしては。
だから惚れた腫れたを別にしても、明らかな背信行為にならないように騙されていなけりゃならなかった。捜査報告をしない限りは。
チャイナのあの様子からして自分が気づいていたとは殊更に口外しないだろうから、騙されていたかどうかはこちらの自認ひとつにかかっている。恐らく自分は桂の変装に全く気づかなかった間抜けとして評価をちょっと落とすにとどまるだろう。
けれど内心の背信は何より自分が気づいている。声だけならばまだいい。けれど今回ははっきりとその腕を取れる距離にいたのだ。不穏な動きがあれば直ちに捕縛するつもりだったとはいえ、桂をそれと知ったうえで見逃していたのだから。

(・・・さっさと捜査報告しときゃこんなことにはならなかった)

そう厚くもない紙束の提出を何故躊躇ったのか、あまり自覚したくもないのだが、桂とのやりとりを、また自分の目を通した桂を、自分の手で人に見せる行為に抵抗があったからだ。自分だけの手元に置いておきたいと思う甘ったれた我儘だ。
それから、自分が見た桂は同僚と同じように映っているか。惚れた男の筆になってしまわないか。見る者が見たら、気づいてしまうのではないか。そんな臆病な羞恥心だ。いずれも仕事には似つかわしくもない。

命を懸けて近藤さんの隣を目指しているのに、こんな小さなことで躓くとは思わなかった。近藤さんに刃を向けた同僚も、必要ならば土方も、諸々のことを切り捨てる覚悟はとうにできていると思っていたが、とんだ思いあがりだったようだ。今の自分は、指名手配犯さえ斬れない。


「私通?総悟に限ってそれはない」
「近藤さん、他の隊士たちにどう見えるかって話だ。確かに桂と知って放っておいたんなら、例え泳がせてるにしたって紛らわしい。しかも一月近くいたんだろ、そこに」
「はい」
「でもまァ総悟がどんなつもりでいたかなんざ本人に聞くしかねェからな。アイツだって馬鹿じゃねェんだ、答えは決まってるだろ」
「・・・沖田隊長に二心があるかは結局わからないままになりますが、暫く観察しますか」

山崎がいつになく慎重になっているのは、多分山崎自身があそこに機械娘と来ていたからだ。自分が機械娘に向けている目の奥にあるものと似たようなものを、偶然会った職場の上司の態度に見つけてしまったのだろう。山崎自身が自覚しているかどうかはさておいて。

「そうだな。杞憂だとは思うが一応、」
「いや、やめとけ」
「近藤さん、」
「総悟がどんな奴かは俺たちが一番よく知ってるだろう。俺たちが総悟を信じてやらなくてどうする。
観察なんて、多分アイツはすぐに気づくよ。俺たちからの不信のサインが出てると総悟が知ったら、俺たちは総悟を失っちまう」
「・・・まァな。アイツは組織はともかく、近藤さんを裏切るようなことだけはしねェ。アンタの隣に立ちたくて昼も夜もなく俺の首狙うような奴だよ」

だから観察は必要ない。報告ご苦労だったな山崎。
そう言って近藤さんは山崎を下がらせた。
暫くして土方さんが出て行ってからも、柱の影から動けなかった。
近藤さんに気遣いをさせた。それだけで十分。幼稚な行動を後悔するには十分だ。
情を寄せることは最初から誰にも禁じられてはいない。
けれどやはり桂に近づいてはいけなかった。姿を見たなら斬らなければならなかった。誰かに抗い難く惹かれることがあるのを、自分もその例外ではないことを否定できない。けれど信念と行動を一貫させることはまた別次元の問題だ。
惚れたまんまで斬ればいいなら、それで良かったのに。
迂闊に近づこうとしたせいで、大事なモンに届かなくなるところだった。

近藤さん。桂を見逃してしまっていた。私情極まりない理由で。
近藤さん。アンタの隣ィ行きてェんだ。そのためなら良いことも悪いことも、何だってできると思ってる。



近藤さん。いつでもあの首かっ切ってみせるから、そっと惚れてることだけ許してください。






































































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