きゅっと上がった眉尻に、タレ目のくせに気の強そうな眼差しで見つめられて、男心を誘われた。

自分でも信じられないが、誘われたのだ。


【勝手にシンドバッド】


違和感を覚えたのは、松平のとっつぁんの付き合いで、最近贔屓にしてるらしいラウンジに連れてこられたときだった。
新しく入った子なの、よろしくねぇ
と店のママから紹介されて、若い女が俺の隣に腰掛けた。
痛んだ茶髪をくるくる巻いて、つるりとしたワインレッドのドレスを着ていたことだけ覚えている。「〇〇でぇす」と名乗っていたような気がしたが、それは覚えていない。
煙草を取り出したら、知った弁えだと言わんばかりにすっと火を差し出した女の顔をそこで見た。
鳶色の瞳は優しい垂れ目で、けれどきゅっと上がった眉が挑発的だった。
それで口元だけ得意げにつり上げて、その顔が妙に・・・キた。
だからといってその後どうこう、などということはなかったが、特に好みというでもないのにその後はつい飲み過ぎてしまって、珍しいなと近藤さんに言われたのが何故だかいたたまれなかった。


おかしいと自覚したのは、吉原で明け方酔っぱらいの喧嘩を仲裁したときだ。
吉原は自警団がしっかりしていて、警察が出る幕はない。俺が駆り出されたのは、そいつらが攘夷浪士くずれだったからだ。
お巡りさんありがとねェ、と騒ぎになった店の女主人が礼を言う。営業が終わり、結っていた髪を下ろして煙管をくゆらせる妙齢の女の、その長く艶やかな黒髪が羽織に落ちて、俺の視線はそこに釘付けになった。
数秒、妙な間ができて、そのうちに女の笑みが艶かしいものになる。
我にかえって慌てて踵を返したのに、後ろから今度は晩にいらっしゃいなァと言われてしまって、その日の煙草は二箱に増えた。


ヤベェんじゃねぇかと焦ったのは、週末に近所の喫茶店に入ったときだ。
昔ながらの喫茶店は白髪混じりの紳士がマスターをしていて、旨いコーヒーを出してくれる。
その日は人の入りがほとんどなくて、俺はカウンターに肘をついて、奥でマスターがカップやサイフォンの手入れをするのをぼんやりと見ていた。
マスターは元々は武士の家柄で、昔は厳しく育てられたのだという。歳を経てもしゃんと伸びた清々しい背筋をしていて、これがすっ、すっ、と動くのをずっと見ていたいと思った。
・・・ことに気づいて、アレッ?と思った。
イヤイヤイヤない、それはナイ、そりゃ田舎モンが武士まがいのことをしていて、洗練されたその居ずまいを尊敬の眼差しで見ることだってあるさ。イヤでもこれはナイ。なんか今我ながら目線ちょっと熱っぽくなかったか?ホラなんかマスター居心地悪そうにもじもじしだしちゃったじゃねーか!!
・・・冷めたコーヒーを無理やり流し込んで、逃げるように店を出た。


もうダメなんじゃないかと絶望したのは、行きつけの定食屋でオバちゃんと話したときだ。
いつものマヨ丼をかっこんで、あの天パが来ないうちにとさっさと会計済ませて出ようとした。生憎小銭が足りなくて、札を渡してオバちゃんがお釣りを持ってきてくれる。

「よく来てくれるのは嬉しいけどねェ、アンタいっつもアレばっかりで」
「飯なんて好きなモンが食えりゃいいじゃねぇか」
「野菜もしっかり食べなきゃダメでしょッ!モォ〜」

その瞬間、お釣りを乗せてくれたオバちゃんのふっくらとした手を小銭ごと握りしめてしまった。
口うるさいオカンみたいな口調に、何故だか妙にキュンときてしまったのだ。
ポカンとするオバちゃんに、またハッと我にかえって大いに焦り、

「あッああ!!わかった!!!野菜も食べ・・・」

ガラッ

「エ?・・・あ、取り込み中?」

失礼しましった〜なんてわざとらしく引き戸を閉めたニヤけた天パを扉付近で蹴飛ばして、とばされた下品なヤジを完全無視して足早にその場を去った。




全てが収斂したのは、巡回に出たときだった。

「銀時、貴様パチンコなぞして、そんなことで家賃が払えるようにはならんと何度言ったら」
「ウルセーな今日は勝ったんですぅートータルでは稼いでるんですぅー」

ギャンブルで、トータルでは勝ってる、とか言うやつはちゃんと計算すると大体負けている。
じゃらじゃらと喧しいパチンコ屋の前を通りすぎると、ガーッと自動ドアの開く音がして、背後から平日の昼間から自堕落行為に身を落としたほぼニートどもの会話が聞こえてきた。
そのオカンよろしく口をとがらせる口調に後ろから心臓を掴まれたような気になって、衝動的に回れ右をした。その衝動たるや、オバチャンの比ではない。
振り向けばすぐに目に入る、すっと伸びた背筋。
まるであのマスターのような。けれどもっと目が離せなくなる何かをもっている。

「かっ、」
「ちっ、・・・ではな銀時、お登勢殿に迷惑かけるなよ」
「わーぁったっつってんだろ」

ひらり、と天パの片手が翻る、それがまるでレースの開始を告げる旗のように。
たんっ、と桂が跳ねた。艶やかな黒髪が伴って跳ねて散って、糸で吊られているように付いていってしまう。
さらりと首筋を見せて隠して、ちらりちらりと誘う長い黒絹に釘付けになる。吉原の女主人にしたように、数秒じゃとてもきかない。
まさか。これは、まさか。

「かーつらァァアアアア!!!」

叫ばないとどうにかなってしまいそうな、この内側から突き動かされるような情動は。

こちらに気をかけもしないで桂はたん、たんと軽快に駆けていく。
屋根の上に飛びうつるのに難儀しながら付いていって、さあ追い付いたと思ったら、桂は突然振り向いてふっと、笑った。
陶磁器かなんかかと思うほど滑らかそうな白い肌に、桜色の唇を、こう、余裕綽々といった風情で釣り上げて。
きゅっと上がった挑発的な眉に、優しい垂れ目がこちらに突き刺さる。その、吸い込まれそうな黒々とした瞳!

一瞬で呼吸のすべてを奪われた。目も頭も心臓も得体の知れない熱に支配されて、危ないと分かっているのに足が突っ込んで行ってしまった。
微笑みひとつ桂は残して、するっと細い裏路地に降りて行ってしまう。無用心に熱情のまま突っ込んだ俺の足は着地を忘れて、体勢を崩している間に桂はさっさと消えてしまった。

「・・・」

体の熱がひかないまま、桂が消えていった先を呆然と眺めている。オイどーすんだコレ、と頭の隅のちょっとだけ冷静になった部分で考えている。

誘われたなんてもんじゃない。俺の男心は根こそぎ持っていかれてしまった。
生命を凝縮したようなあの瞳にやられてしまった。


「・・・どーすんだよ」


追う理由が増えてしまって。
真面目で誠実な職務意識は、いつか不埒な熱に負けてしまうんじゃないかとか。
思わず目頭を押さえたら、目蓋の裏より黒いあの瞳をまた思い出してしまって、今度こそ絶望した。





(好きにならずにいられない お目にかかれて・・・)



























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