斉藤終は、そのとき道で酔っぱらいにぶつかられた女を抱き留めたのだそうだ。

「・・・かたじけない」

女は一瞬目を見張ったように見えた。女にしては長身で、よろめいてもしっかりとした足どりで急ぐように歩いていってしまった。流れ落ちる砂のような、さらりとした黒髪を散らして。

女優かと思うほど、美しい女だった。声がくぐもって随分低く聞こえたが、それすら似合うと思ってしまった。

斉藤終は、その女の髪に触れてみたいと思ったのだそうだ。
後ろ姿をいつまでも追いかけてしまっていたのに、暫くしてから気がついた。仕事柄人の顔を覚えるのは不得手ではなかったが、あんなに美しい女を知らないくせに、何故だか懐かしい思いがした。そのくせ、戦場でひどく恐ろしい相手を前にしたような高揚すら感じ・・・


『・・・これが恋なのでしょうかZ』

「「「やめとけアフ狼ォォオオオ!!!」」」


【ラチエン通りのシスター】


その日、万事屋にやってきた桂は珍しく女物の着物を着て、水商売のような濃い化粧をしていた。

「沖田がしつこいのでな、かまっ娘倶楽部が近かったので匿ってもらおうと思ったのだが」

沖田のバズーカはかまっ娘倶楽部の屋根を焼いて、桂は何故か焼かれた屋根の修理代を労働で支払う羽目になったのだという。西郷殿は俺を突き出しはしなかったが、おかげで高くついたとため息をついた。
特に用があるわけではなかったようだが、不本意な格好の愚痴を聞いてほしかったのか、桂は新八の淹れた茶をぐっと飲み干すと思いきり眉をしかめてみせた。それは多分茶の渋みのせいではないだろう。

「しかもこの間なぞは新選組のカスどもが店に来たのだ!なんか三次会とかいって」
「エッ何ソレ罰ゲーム?」
「お前それ西郷殿の前で言ってくれるなよ。沖田がこないだはスミマセンとか言ってたから、あいつの差し金だろうな。最初はおっかなびっくりしていたくせに、次第に慣れて騒ぎだしおって」

腹立ちついでに毒でも盛ってやろうかと考えていたが、「ウチの店潰すような真似したら承知しないわよゴルァ」と西郷に脅され、やむなく諦めたという。賢明な判断だ。
そのとき、桂にはもうひとつ気になることがあったという。

「・・・珍しく斉藤が一緒だった」

新選組隊士の飲み会で斉藤を見かけることは今までになかったそうだ。組に馴染んできたのなら良いことだと思ったが、店にいる間じゅう、桂は斉藤の視線を感じていたという。

「あいつとは以前この格好ですれ違っているのだ。もしや気づかれたか・・・相変わらず油断のならぬ男だ」

・・・多分気付いてないと思うけど。
アフロの桂に一切気付かなかった男だ。しかし桂は斉藤が恐ろしくヒキが強いだけだということを知らずにいる。まあ、知らない方が変な気起こさなくて良いだろうと放っておいているが。
斉藤が桂を監視していた(と桂が感じた)理由は桂の話からはよくわからなかったが、数日後、それは一通の依頼書によって斉藤自身の語るところとなったのだった。

『・・・この狭くて広い江戸で、道で支えただけの女性とまた会えるとは思えませんでしたZ。だから諦めていたのですが、先日誘われて行った飲み会の三次会で見かけたのですZ。』

『彼女はそこのホステスとして働いていましたZ。
私は酒が弱く、またこのような店も初めてで緊張していましたZ。
彼女は私の隣へやってきて、一言二言返事を期待するようでもなく喋ったあと、何も言わずに添っていてくれました。周りの隊士たちと喋りながら、しかし私をいなかったもののようにするでもなく、たまに返事を待たない言葉を私にかけてくれました。人の、殊に女性との距離感が心地よいと思ったのは初めてのことで・・・』

『・・・どうしてもヅラ子さんのことが忘れられないのですZ』



「哀れにも程がある!!」

新八が吼えた。

「はーん、ソレでヅラ子とお近づきになりたいってか。しかしアイツ女なんざ口説けんのかね」
「イヤ女っていうか、男ですけどね」

『万事屋さんがご存知の通り、私は人と喋ることが苦手です。それでも最近は、刃を交わすことこそが私の会話と定め、自分の居場所を見つけつつあったのです。
しかし・・・』





『最近、このコミュニケーション方法は相手がひどく限定されることに気付いてしまったのですZ』

「今更!??」

『コンビニのオバチャンや用務員のおじさんに突然切りかかるわけにはいきません。つまり私は、剣で語る術をもたない彼女にもやはり話しかけることができないのですZ・・・。』

いや、その女に限っては語りかけても大丈夫だけど。
予想通り斉藤の依頼の主旨は、ヅラ子と仲良くなりたいというものだった。一度ならず二度までも、なんでコイツはいちいち変装している桂にピンポイントで惹かれてしまうのだろう。ホモなの?そのうち変装してなくても惚れちゃうんじゃないの?それ組的に大丈夫なの?

「初恋がよりにもよってヅラだなんて・・・アフロかわいそうアル。早く教えてやったほうがいいネ、アイツのバイト先の名前」
「それは同意するけど・・・もしそれでも斉藤さんが諦めなかったらどうするの」
「そしたらいっそアフロけしかけてヅラに告白させるヨ。ヅラが振ればそれで済む話アル」

神楽がそんなことも思い付けないのか、と胡乱な視線を新八に向けた。お子様とはいえさすがにこういうのは男よりも女の方が頭が回る。
初恋がヅラなのはかわいそうなのか否か、については俺は脛に傷があるのでコメントを差し控えるが、一般的には十分可哀想だろう。アレなんか泣けてきた。アフロ、終わったら呑もう。

「銀さん」
「んーそーだなー・・・まァ神楽の案が穏当だろーよ。ヅラが真選組相手にオツキアイするとも思えねー」

桂はいつだって全力で本気だす。非道だろうが冷酷だろうが、目的のためなら極めて合理的な行動をとる。だから一つ心配するとしたら、もし桂が斉藤を本気で邪魔に思っている場合、斉藤の好意を利用して応じるフリをし、始末しようとする可能性があることだ。
しかしいつかのオトモダチ作戦のときも言ったが、桂のほうに情がわけば話は別だ。
桂が情を出す時は、自分で手加減したりなんかしない。自分が全力でいっても必ずしも思い通りにならないように、乱数要素を故意に仕込むような真似をしやがる。ゲームとして相手の力量を図って楽しんでいるのか、あくまで何事にも本気でかかるという自らのスタンスを崩したくないのか。なんでそんなメンドくさいことをするのか知れないが。まあ、ともあれそんな形で、桂の合理的戦略はほつれることがある。
そう思えば桂が斉藤を謀殺しかけた一件で様子を見に来た俺達を殊更煽るようなことを言ったのも、俺達を乱数として使うハラだったのかもしれない。
そうであれば今回も斉藤の生存可能性はぐっと上がるだろう。適当なところで様子を見に行けば、桂からサインを出してくるかもしれないからだ。

「斉藤さん喋れないのに告白なんて、そんなうまくいきますかね」
「・・・大丈夫だ」

たとえサインが出なくても、そんときゃこっちで何とかする。そうなったらもう脈のあるなしはヅラ子のハートじゃなくて自分の心臓だが、まァ恋なんていつも命懸けだから。俺とお前の愛の一本勝負だから。


「・・・ヅラの習性は大体熟知してっから」









(彼氏になりたきゃどう言うの 心からその気持ち・・・)





















































「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -