「本日からセンター試験が始まり、全国の実施校では緊張した面持ちの受験生が次々と・・・」

ニュースに耳をつられ、窓の雪催いにそわそわとマフラーを巻く、朝。


【シーラカンスに伝言 11】


教室のドアを開けたら、昨日と何も変わらない風景が広がっていた。
悪ふざけをする男子生徒たち。ちょっと頬を染めて仲の良い男子に声をかける女子。おしゃべりに興じる女子生徒たち。その話題に来年の今日の話は出てこない。
そんなものか、と斉藤は机に鞄を置いた。元々大学進学率だってそんなに高いわけでもないのだし、そんなに興味を引くトピックでもないのだろう。
今どのあたりですか。
もう家を出た?
朝ごはんは食べましたか。緊張してる?桂さんはあんまりしなそうですね。
絶対受かります。頑張ってください。
言いたい言葉は沢山あるけれど、今日は我慢だ。LINEは便利ですぐに言葉を投げかけられるけれど、聞きたいことはすべて自分の知りたいことばかり。知って、自分がほっとしたい。それだけのためのもの。
桂はきっと集中したいだろう。でも優しいから、メッセージにはきっと律儀に付き合ってしまう。
何かしたいけど、何もしないほうがいい。斉藤はぎゅっとスマホを握りしめ、鞄の中に仕舞った。


「じゃー前回の続きからー。前回ってどこまでだっけ」

国語教師の白衣よりも、窓の外にちらつく小雪の白いのが気にかかる。もう桂は試験会場にいるだろう。あと30分で始まると思うと授業どころではない。ここまでくるともう、一人息子を心配するお母さんの気持ちに近いんじゃないか。
何といっても桂だ。開校以来の秀才と誉れ高い、複雑な数学の問題だって手品のようにするすると解いてしまう、あの桂だ。自分が心配するなんてそもそもがおこがましい。
だけど、途中でお腹がいたくなったらどうしよう?会場が寒かったらどうしよう。消しゴム落としたらどうしよう。同じ教室に風邪をひいている生徒がいてうつってしまったらどうしよう・・・。

ガタン!

『先生、お腹が痛いので保健室に行ってきます』
「おー、行ってこい行ってこい」

クラスメイトの視線をまるで無視して教室を出た。ちょっとお腹を押さえるようなフリをして。後ろの引き戸を開けたとき、授業を進めるような教師の口元が少し笑っていたように見えたのは、気のせいかどうか。
2年生の教室を通り抜けて、階段。保健室、をスルーして、下駄箱。
上靴を履き替えて、昇降口の扉を開けたら、1月の風がぴゅぅと啼いた。

「・・・堂々と正門から出て行かれると先生も困るんだけどなー・・・」

擦れた目をする国語教師の呟きを、寒空にまろび出ていく高校生は、知らない。




しゃり、と冷ややかな音を立てて、玉砂利が触れた。
耳の欠けた阿吽の唐獅子が、昼寝をする野良猫のようにちらりと視線を寄越してくる。人のいない昼間の境内は、世間と時間の流れがくっきり切り取られているようだ。
学校の南側、斉藤の家とは反対方面に10分くらい歩いた場所に、小さな神社がある。誰も祀られている神様の名前を知らないが、地元の人が毎年二年参りに来るような。夏祭りをして、秋祭りをして、あと何かあったらとりあえず神頼みにやってくる。
初詣、斉藤もここへ来た。震える指で桂を誘って。エリザベスも付いてきたので、3人(?)でのお参りになったけれど。
白魚のような手で5円玉を投げ入れて、静かに両手を合わせる桂の立ち姿の綺麗だったこと。何をお願いしたんですかと聞いたら、誰かに言ってしまっては願いは叶わんのだぞと大真面目な顔をして言った。
屋台で甘酒を買って、身体を暖めて帰った。屋台が出て賑やかだったあの日と比べて、今は随分参道ががらんとしている。カラスが日を浴びに来るように、砂利を蹴って遊んでいた。
授業を抜け出して、どうしてここへ来たのか分からない。
今頃桂は頑張っている最中で、試験会場に行っても会えるわけじゃない。自分にできることは何もない。でも、いてもたってもいられない。
だからもう神頼みだ。自分の心を落ち着けるには、大きな存在の前で手を合わせるに限る。誰も、祀られている神様の名前を知らないが。

がらん、、、

鐘を鳴らしたら鈍い音がした。あの日の桂の清い立ち姿が浮かぶ。
お前こそ何をお祈りしたんだ、と聞かれ、言いませんと返した。あのときずっと桂と一緒にいられますようにと願った。
話したかった。友達になりたかった。恋人になりたくなった。ずっと一緒にいたくなった。離れていると会いたくなって、頑張っていると心配で。安心させてもらいたくて、こんなふうにそわそわする。全部自分のことばかりで、いい加減嫌になる。
がらん、と、もう一度鐘を鳴らした。

(・・・桂さんが、)

試験がうまくいきますように。お腹が痛くなりませんように。消しゴムを落としたりしませんように。誰かの風邪がうつりませんように。2次試験もうまくいきますように。大学で好きな勉強ができますように。卒業したら好きな仕事をして、好きな人と一緒になれますように。その人が私であってもそうでなくても。

(選んだ道をちゃんと歩いていけますように。)

自分より幸せを心の底から願える誰かに出会ってはじめて、少年少女は大人になるのだ。
自分のことは自分で何とかするからいいのだと、神様にまで意地を張って誰かの幸せを願っていく。きっと桂もそうだったろう。手を合わせて、斉藤はやっと桂と同じ目線に立てた気がした。

ぱん!と、乾いた冬の青空に柏手がひとつ弾けた。


















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