綺麗な夜景のレストランも、暖かい家族の団欒も、
ツリーもケーキもイルミネーションも、


【シーラカンスに伝言 10】


(この日程には賛否両論あるだろうが、)

今年のクリスマスは模試だ。
塾には通っていなかった桂だったが、模試だけは学校で賄えないので予備校の全国模試を受けていた。今年もこの季節が来たなあと言いながら講師たちが問題用紙を運んできたので、きっと毎年このあたりの時期なのだろう。今年は24,25日が見事に土日。マーク模試だけならば1日で済むが、記述式の模試も連続して行うので土日はきっちり試験漬けだ。
デートや家族サービスの予定がある講師たちには気の毒だが、確かに、一番気もそぞろになる時期に一度受験生の気を引き締めるという意味はあるのだろう。

(・・・俺にとっても良かったな)

街にクリスマスソングが流れ出し、通学路の商店街がツリーを飾り出したあたりで、隣を歩く斉藤がちらちらとこちらを気にしているのは気付いていた。
模試があるんだと告げて、お前も来年はこうなるんだぞ、と笑って言えば、斉藤はシュンとしたようなホッとしたような、どちらともつかない顔をした。あるいは、そういう表情だったと桂が思いたかっただけかもしれない。
どんなことでも相手の表情なぞは自分が見たいと思ったように見える。クリスマスの予定ひとつ話題にするだけでつい考えすぎてしまうのだから、いっそ自分に予定が入っていて良かった。これで当日のことまで心配しなければならないのなら、受験生なんてやっていられなかっただろう。

「じゃ、英語の試験時間は90分。終了は11時・・・」

試験官役の講師の合図で問題を開いたら、クリスマスの夜にサンタクロースを待つ少女に少し不思議な奇跡が起こる、という長文読解問題だった。
気が利いているというか、余計なお世話というか。また苦笑した。


最後の科目で終了の合図が鳴ったとき、もう外が暗かった。
心なしか華やかに装った女子たちが、ぱっと机を片付けて足早に教室を後にする。それを後目にゆっくりと参考答案を鞄に入れて、コートを羽織った。それにしても、肩が凝った。
窓の外は虎落笛。イルミネーションで浮かれる街を、1人震えながら帰ると思えばそれも寂しい。
予備校の玄関を出たら案の定、ビュゥと冷たい平手にやられた。思わず細めた視界の端でオレンジ色のアフロも盛大に揺れている。

「・・・ん!?斉藤!?」
『桂さん、おか』

強風に煽られてスケッチブックがばさばさと翻る。おか、までしか見えなかった。突然「おかげさまで」とか「おかしいですよ」とか言われる謂れもないから、多分「おかえりなさい」なのだと思う。
まさか待っていたのか。この寒空の中?確かにタイムテーブルは玄関に貼ってあるから終了時間は分かるだろうけれど、それに合わせて迎えに?特に何も、約束などしていないのに。

「・・・俺を待ってたのか?」
『はい』

冷静に考えると、ちょっとコワい。
俺が貴様を好きでなかったらドン引きだぞ、と桂は目の前でトナカイのような鼻先をした後輩に呆れたような微笑を返した。そんなことを思っても結局嬉しいのだから、ナントカは盲目とはよく言ったものだった。

「何か俺に用でもあったのか?」
『いえ、そういうわけじゃ』
「LINEに一言くれれば良いだろうが。俺がさっさと帰っていたらどうするつもりだったんだ」
『・・・それはちょっと、こわくて』

いや、こっちの方がよっぽどコワい。
斉藤が何を躊躇ってこんな唐突な行動をしたのか、理解できない桂は知らない。帰りは予定があるからと、前もって断られるのを斉藤が恐れたことを。だからといって会いに行って、予備校の玄関から桂が知らない女の子と親しげに話をしながら出てきたらどうしようかと、予備校の前の横断歩道を信号が変わるごとに行ったり来たりしていたことを。
桂は知らない。青信号の先で桂が1人で出てきたとき、少しだけ寂しそうな目をしていたとき、斉藤が胸の締め付けられるような気持ちになって、たまらず駆け出したことを。
真冬の北風に震えながら、それでもこちらに気付いて初めて目が合ったとき、体温が1度上がったことを、2人ともが知らない。

銀の雪に金の粉でもまぶしたような、光溢れるイルミネーションの駅前を過ぎる帰り道。特段有名なイルミネーションスポットではなかったけれど、やはり心なしか今日は人が多い気がする。綺麗にラッピングされたぬいぐるみを抱えて足早にすれ違う男性を、桂は無意識に目で追っていた。

「・・・冬休みはあまり人に会わないかと思っていたが、そうでもないな」
『昼間は学校に行ってるんですか』
「ああ。教員の仕事納めはまだのようだし、進学の生徒とはこういう模試でも会うしな。年末年始はクラスの連中で二年参りをするというし・・・休みなんだか何なんだか」
『エリザベスは今日もバイト?』
「ああ。ケーキを買って早めに帰ってくると言っていた」

浮かれた夜の街。どこからか響いてくる讃美歌。デパートのクリスマスソング。
こんな夜景の中で、隣を斉藤が歩いているのが不思議だった。いつも彼の背景は学校だったから。あるいは、夕方の通学路。馴染みのない背景の中で、見知った筈の後輩が何だか知らない人のようだ。もう一度イチから知り始めなければならないような緊張感を打ち消すように、殊更学校の話をした。
ちら、と左を見た桂の視界に大きく斉藤の横顔が映る。
伸び盛りの2年生。並ぶと少しだけ桂より高い目線。まだ彼はもう少し背が伸びるのだろう。
寒いのか、マフラーに鼻まで埋めてしまうようにして背中を丸めて歩くから、いつもより近く感じた。

『寒いですね』
「そうだな。お前は特にそうだろうな・・・ハチ公か貴様は」
『似たようなものです』
「・・・どうして、」

赤い指先でノートを見せてきた斉藤に戸惑う。
どうして斉藤が自分に懐くのか桂には分からない。衝撃的な出会いであったわけでもなければ、部活や生徒会など苦楽を共にしたわけでもない。いくらクラスに友達がいないからってこんな風に、ちょっと過剰なまでに懐かれては、もしかして、なんて有り得ないはずの妄想が不意に頭を過る。
まさかだ。男女だってそんなに簡単にうまくはいかないのに、まして同性で。
いつもより近くで見る横顔は整った青年の顔だ。口下手だが、優しい男だ。きっと斉藤の良いところに気づく女子はいるだろうし、可愛い彼女を斉藤は大事にできるだろう。彼女の席に自分がいる姿絵を、どうしても思い描けない。斉藤と、まだいもしない彼女に対する罪悪感で。
問いの向こうの望み薄な期待と、それを打ち消す理性のせいで、どうして、の、その先は継げなかった。

『桂さん?』
「・・・いや、何でもない。コンビニで肉まんでも買っていこうか。寒いしな」

イルミネーションの光にのまれても、踏み出せなかった一息を誤魔化すようにコンビニに入った。いつもの日常を何とかして取り戻したかった。
寒空の下、ほかほかと湯気を立てる肉まんはそれだけで美味しい。乏しい表情のなかでも少し嬉しそうに肉まんを頬張る斉藤を横目に見て、やはりこのくらいの気安さが似合いだと思う。側から見れば、クリスマスに予定のない男子高校生2人。仲の良い先輩と後輩。そうとしか見えないし、そうであった方がいい。きっと。きっとだ。
冷めないうちにとかぶりついた肉まんは、いつもと同じ温度をしていた。
























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