「桂小太郎をォォォ!!討ゥち取りたいかアアア!!!」

うおおおおおおお!!!

「フハハハハ!この俺を倒そうなぞ片腹痛い!全員返り討ちにしてくれるわァァァ!」


【シーラカンスに伝言 9】


秋である!
朝から晩までとにかくウルサイとご近所から絶賛不評の血沸き肉躍る銀魂高校秋の風物詩といえば、何を置いても体育祭だ。暇と体力を持て余した悪タレ共の欲求不満を全てぶつけるスポーツという名の健全な殴り合いであり、ゆえに凄まじい勢いで白熱する。
のだが。

(・・・眠いZzz・・・)

クラスで一応分けられている応援スペースの隅でぼんやりと他の生徒たちの死合を眺めながら、斉藤はうとうとと船を漕いでいた。
去年は、すっかり寝過ごしてそもそも参加していなかった。次の日クラスで物凄く怒られたのを覚えている。クラス替えもあった筈なのに、今年は知らないうちにリレーのメンバーになっていて、流石に寝過ごしたらまずいと必死で起きた。つまり銀魂高校の体育祭は初見なのだが、綱引きは綱が引きちぎれるほど引くし玉投げは最後のほう生徒同士でぶつけ合って最後立ってる奴が多いクラスが勝ちみたいなゲームに変わっているし、正直リレーも自分が思っているリレーなのか怪しいと斉藤は思っている。落とし穴があったりその中に竹槍が仕込まれていたりするかもしれない。

(流石に2年生でそれはないか)

体力差もあるので、基本的に各競技は学年で分かれている。1年生はまだ比較的可愛いもので、2年生は際どく白熱し、3年生は何かもうエグい。
その中でも今年群を抜いてヤバいのは何といっても3年Z組で、

「パン食い競争でワタシに勝とうなんて100万年早いネェェ!!」「他のレーンのパンまで食べちゃダメだよ神楽ちゃん!!!」
「エ?ゴリラ持ってくりゃいいんだろィ、オスでもメスでも変わりねーじゃねェか。ですよね姐御」「誰がゴリラだ。審査員さん、これ失格ですよね。失格って言えコラ」

もうガッツンガッツン荒らしまわっている。
斉藤がつつがなくリレーを終えて帰ってきても、3年生エリアは一向にリレーまで進む予感がしない。
教師も慣れたものなので特に指導があるわけでもないが、Z組の暴虐ぶりは例年に増して3年生の競技を波乱の渦に叩きこんでいるのだった。
しかもZ組には桂がいる。それがまた全学年の猛者たちを武者震いさせてきた。

「おっ斉藤、リレーお疲れさん。速かったな」
「!」
「お前で2人抜かしただろう。やるじゃないか」
『見ててくれたんですか』
「ああ。しかしお前見つけやすいな・・・何故俺は去年このモフモフを見逃して・・・」

それは去年いなかったからです、とは何となく言えず、斉藤は秋風に靡く黒髪と赤いハチマキを所在なさげに眺めた。
学年が違ってもこうして桂が話しかけてくれる。きっと去年斉藤が寝過ごさなくても、去年の桂とこうして話せることはなかっただろう。そう思えばこの半年がいかに得難く、奇跡のような日々だったことか。
そんなことを思う程度には、斉藤だってこの状況が嬉しいのだが、やはりどうにも所在ないのはこの刺さるような周囲の視線、いやむしろ殺気である。自分たちに、というよりは桂に向けられるそれらは本日の主役が桂であることを何より如実に物語っていた。

『そろそろですね』
「ああ。まあ見ていろ、今年も阿鼻叫喚を聞かせてやる」
『・・・気を付けてください』

体育祭で盛り上がるのは何といっても最後、学年ごとに発表される順位付けだ。しかしその後、全学年希望者参加のタイトルマッチリレーが行われる。そこでの優勝者は王者として、次の年の防衛戦を義務付けられるのだ。とはいえ、例年大体優勝するのは3年生で、王者が卒業してしまうため次の年にはまた全員で走るだけになっていた。桂が入学する前年までは。
2年前、1年生だった桂は並みいる俊足を蹴散らして異例の王座についた。その衝撃は銀魂高校の血気盛んな悪タレ共の心を揺らし、桂から王座を奪えるかどうかが去年の体育祭最大の関心事だったといってもいい。
何故ならばこれはただの徒競走ではない。妨害障害飛び道具、下剋上上等のサドンデスマッチだからだ。剣道部の竹刀が呻り、テニス部のラケットが空を舞う。将棋部の目つぶしが襲いかかり、科学部の謎の薬品が靴を溶かす。すなわちこの玉座は銀魂高校最強の冠に等しい。ほとんど戦場となるそのレースでの防衛戦を制した桂は、妬み半分嫉みもう半分で「逃げの小太郎」と異名を獲った。逃げの小太郎が今年も逃げきるのか、玉座の首が落ちるのか。それでこの殺気である。
それと聞いたときは斉藤も驚いた。だって、桂は電波の評判こそ高いがそんなに体力派というか、喧嘩っぱやい印象はなかったし、むしろ秀才の誉れ高くやや大人しい、この悪タレ高校には似つかわしくない生徒だったから。
意外だと、桂に言えば、

『ふ、・・・結局俺のほうが馴染んでしまってな』

と、珍しく少し自嘲したような微笑みで言った。
誰と比べて「俺のほうが」なのか、桂のその微笑を見てしまった後では斉藤は問えなかったが、今頃屋上で寝転がってこの歓声を聞いているであろうその相手に、聞かせてやりたいような死んでも聞かせたくないような、今でも割り切れない気持ちでいる。

ピストルの空砲が青空に抜けた。駆け抜ける声援。遠い影。
そろそろ行くかな、といって立ち去る桂の黒髪が秋風に流れて、人混みにとける。
きっと秋の匂いがするたび、今日の桂の白い背中と、締め付けられる胸の痛みを思い出す。これから先、自分の隣に桂がいてもいなくても。



「かーーーつらァァアア!!!」
「フン、そんなものか貴様ら!軟弱者がァ!」

優勝したのは3年D組だったが、全学年対抗リレーは3年Z組の独壇場だった。
斉藤も噂でこそ聞いてはいたが、確かに野球ボールは頭目掛けて飛んでくるしサッカーボールは足元を掬うし碁石は目を狙ってくる。レースが半分終わったところで、もう走れているのがほとんどZ組のメンツのみだった。教員席の銀八が「だからクラス分けの時点で間違ってるって言ったでしょーが。あんな野生児ばっかで」と教頭に愚痴っている。
その中でも桂はもう、頭ひとつ抜けていた。飛んでくるバスケットボールでダンクをかまして後ろにいた近藤を沈め、降って来た謎の液体をかわして沖田に浴びせ・・・るかと思いきや沖田もかわしたのでその隣にいた土方を真緑色にした。
殺せェェェ!とか、オマエに何万賭けてッと思ってんだ沖田ァ!などと過激な野次の飛び交うなか、最後は持ち前の俊足であの長い黒髪を散らし、

「フハハハハ!俺の勝ちだ!!」

颯爽とゴールテープを切った完璧なシルエットに見惚れた。
割れんばかりの歓声と阿鼻叫喚を浴びて、桂は怯むでもなくグラウンドの王として一位の旗を掲げてみせた。一瞬、目が応援席を彷徨い、斉藤を見つけて見たかとばかり、得意げに微笑む。
その瞬間、斉藤の耳から一切の音が消えた。きっと王子様に見初められる昔話のヒロインはこんな気持ちだろう。震えるような驚きと、痺れるような優越感。
来年、空席になった王座を賭けて走ってみようかと斉藤は思う。桂は笑って話を聞いてくれるだろう。優勝したら、「よくやった!」と大袈裟に頭を撫でてくれるかもしれない。
どうかしている。去年はそもそも出なかった癖に、たった1人のためにこんなに変わってしまうなんて。本当にどうかしている。

ヒーローインタビューをされる桂の声を聴こうとしたら、どっと世界に音が押し戻されてきた。










































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