新緑は青々しく、遠く山並みまで染めていく。
まだ少し涼やかな風が立ち上る湯気を流して、火照る身体を幾ばくか冷ましていった。
岩場の影で優しい水色をした紫陽花が揺れている。

「良い湯だな」
「そーね・・・」

かぽーーーん・・・

どうしてこうなった。
銀時は今朝からの流れを反芻してみた。今朝は早くから桂が万事屋に押しかけてきて、寝ている銀時をぺしぺしと叩き起こして温泉に行くぞと言ってきたのである。

『オマエと違って忙しいの銀さんは。あのオバQと行ってこいよ』
『オバQじゃないエリザベスだ。俺とてエリザベスと共に行けるならばそうするわ。だが温泉にペットは入れんというから』
『ガワ取りゃ入れんだろ。中身オッサンだけど。もうオッサンと風呂入ってるだけだけど』
『いいじゃん行ってこいヨ銀ちゃん。逃げちゃった名下居さんちのテロテアリーナはワタシたちで見つけておくネ』
『そうですよ銀さん。桂さんとは長い付き合いなんでしょ?たまには水入らずでゆっくりしてきたらどうですか。1泊2日くらい僕らでやっておきますから』

軽く流そうとしていた銀時を意外にも新八と神楽がフォローし、何となく今更行かないとは言いにくい雰囲気だったのだ。いつもだったら一緒に行きたいとか言い出すくせに、今日に限って何だと銀時が不審がる暇もなく「お土産忘れんなヨ!」と神楽に蹴り出されてしまった。

『何なのアイツら張り切っちゃって・・・オイヅラ、もーしょーがねーから行くけど何でまた温泉だよ』
『昨日お登勢殿から割引チケットを頂いたのだ。旧友のマダムがされている温泉宿だそうだが、今日は露天風呂の日だからって』
『エッ?オイ待てババアの知り合いの温泉宿ってまさか・・・』

『ようこそ仙望郷の湯へ〜・・・おやギン、久しぶりじゃないかい』
『おいババア、美人の仲居入れとけっつっただろうが何で入れてねぇ』
『何だ銀時、知り合いか』

嫌な予想は見事に当たり、山奥へ続くバスは真冬の幽霊宿だった温泉郷へ銀時と桂を案内した。幽閉されそうになったりスタンド使いになったりもう来るものかと思っていたが、まさかこんな形でリピート客になろうとは。

『お前は前に来たことがあるのか?』
『あーまあババアに嵌められて・・・気を付けろよあのババアスタンド使いだから。あっもう違うんだっけ』
『おお、見ろ銀時。かなり山深いところだな』

通された客室は首吊り部屋でこそなかったものの相変わらずお札とか貼ってあって、どことなくおどろおどろしい。けれど桂は特段驚くそぶりもなく、窓の外から景色を眺めたり、いそいそと浴衣の準備をしたり、銀時から見るといつもより少しはしゃいでいるようだ。
気付いてみれば、宿は確かに古いし若干寒気もするが、以前よりはどろどろとしていないしこざっぱりしている。初夏の風が柔らかく窓を通って、山の匂いを連れてくる。
いつかのように悪い気はしない。それはこの宿がお岩の本来の願いを取り戻したからだろう。こんなことなら新八や神楽、お妙も連れてくれば良かった。何も心配することなどなかったと、強張っていた身体の力が抜けていく。

『おいヅラ、風呂行こーぜ』

そして今に至る。
忘れていた。確かにこざっぱりして空気の良くなった宿ではあるが、ここはもともと死者のための宿なのだ。そりゃ死んだって一応客同士はプライバシーを守るしそれゆえの客室だけれど、露天風呂なんて共有スペースで出くわす客はやっぱり透けているし何だったら骨である。超コワい。

「今ってオフシーズンなのか?貸し切りとは贅沢な」
「イヤ・・・ヅラ、そこの湯気吸うなよ絶対吸うなよ」

桂には見えていないようだが、今日の露天風呂は割と賑わっている。
あっちこっちからカラカラと骨の鳴る音がするし、時代を超えた会話も聞こえてくる。中には桂に視えていないことを察したらしい幾人かの、『ひゃ〜キレイな兄ちゃんだねぇ。コレで女じゃねぇんだから残念だ』『いやこれで女ならできすぎてらぁ。俺もあと280年若かったらねぇ』なんて無遠慮な談笑も聞こえてきた。ので、睨みつけて散らした。

「おい銀時、何をそんなにコワい顔している。あっトイレ?トイレか?川じゃないんだから湯船ではするなよ」
「するかァァァ!おいヅラ、もう出るぞ」
「まだ入ったばかりだろうがしっかり首まで浸かってあったまりなさい。ほら見ろ花も咲いて良い景色だろうが。なかなかこんな機会ないぞ」
「首まで浸かると息苦しいだろ実際・・・どしたのオマエ、さっきから何か浮かれてんな」
「うん?だってまさか誕生日にお前と温泉旅行だなんて、思ってもいなかったからな」

ぱしゃ、と桂は肩に湯をかけながらはにかんだ。その頬がほんのり紅をさしているようなのは、温泉であたたまったせいかそれとも。
桂に言われて初めて気が付いた。一緒に暮らしていたときもあったし攘夷戦争で移動しながら生活していたりもしたけれど、そういえば桂と「旅行」なんて来たことがない。桂の誕生日だからって別にこちらが誘ったわけでもお祝いしたわけでもないのに、「誕生日に銀時と旅行に来られて嬉しい」なんていじらしい言葉を聞いてしまっては、銀時の胸の中にもぱちぱちとした面映ゆい気持ちが押し寄せてくる。そうだ。幽霊宿だろうが桂にとってはただの温泉だ。折角の良い思い出をこちらが無用にピリピリしていては・・・、

『おい、聞いたか今の』
『聞いた聞いた。あの兄ちゃん誕生日だってよ』
『ヒュ〜あの天パうまくやったねぇ。誕生日に初めての温泉旅行とくらぁ』
『つまり今夜は初めての〜?』
『『ヒュ〜〜〜』』

「うるせェェェエエエ!!余計なお世話だ初めてじゃねーよ!!」
「えっ?お前としたことあったか?温泉旅行」
「そっちじゃねェ!」

前言撤回。ムリ。この宿客層が悪すぎる。
このぶんじゃ部屋に戻ったってプライバシーが守られているか怪しいし、そんなんじゃ迂闊にあんなことやこんなこともできない。見せつけてやるというSッ気も無くはないが、観客がこれでは絶対気が散ってどうにもならない。

「あーもー何でこんなんばっか・・・おいヅラ、来年はフツーのとこにしようぜ」
「ここ普通じゃないのか?俺にはお前が普通じゃないだけに見えるが」
「目に映るものだけが真実とは限らねーんだよ・・・とにかく来年はここ以外だ。露天風呂なんざ沢山あんだから」
「来年・・・来年か。ふふん、そうだな」

来年、と言ったら桂は少し面食らったような顔をして、その後照れたように微笑んだ。
青々しい風が抜けていき、骸骨をカラカラと鳴らす。
相変わらず周りは騒がしいし、折角の温泉なのにくつろぐことなどできやしないが、まあそんなもんだ。楽しみは来年にとっておいて、今年はまあこれでもいい。

『聞いたか今の』
『聞いた聞いた。あの天パしれっと来年の予定入れたぞ』

『『ヒュ〜〜〜』』
「だからウルセェェェエエエ!!!」












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