輝く太陽。迸るプールの水しぶき。降るような蝉しぐれ。
定期試験も終わりを迎え、ついにみんなの待ち遠しい、


【シーラカンスに伝言 7】


(・・・早く終わればいいのに)

夏休みである。
この頃斉藤が嫌いなのは、休日と夏休みと冬休みだ。プライベートで桂を誘う勇気がない斉藤にとって、学校だけが桂と会える日だったのに。人並みに休日を楽しみにしていた斉藤だったが、こうも変わってしまうものかと思う。まだ8月にもなっていないのに、あと何日、と数えながらカレンダーの数字を羊代わりにして眠っている。
桂は進学予定の3年生だ。つまり受験生。夏休みなどあってないようなものであり、毎日勉強しているのは斉藤も知っていた。
我侭を言って困らせたくはない。けれど折角の夏休み、自分がこうしてぐずぐずしている間に桂に積極的にアプローチしてくるような相手がいたら。だって、自分はインドアにもクーラーの付いた部屋で悶々としているけれど、世間一般的には青春はじける夏休みなのだ。
そんな考えが掠めてしまうとごろんごろんとのたうち回るしかなくなってしまうのであり、

(・・・学校で、勉強してるなんて、ことは、)

かくて斉藤は炎天下の中、自転車のロックを蹴飛ばした。





夏休みの校舎は少しひんやりと風通しがいい。休みの前はあんなに熱気が籠っていると思っていたのに、生徒たちの熱気がそうさせていたのだろうか。人影もまばらな廊下を部活動の生徒がぱたぱたと駆けていくたび、清い影から7月の熱が弾けていく気がする。
図書室に上がって桂の不在を確認したあと、斉藤は続く3年生の教室の前で足を止めた。
いくら桂が教師を最大限利用する派だからといって、夏休みに学校に来ている保証はない。仮に来ていたとしても図書室ならまだしも3年生の教室まで行くなんていくら何でも、

(ストーカーとしか言いようがないZ)

素直に会いたいと言えばいいのだ。ちょっと話すだけでいいのだから、買い物でもお祭りでも理由をつけて誘えばいいのだ。そんなことは斉藤にだって分かってはいるのだが、それができないシャイボーイゆえに、こんな効率の悪いストーカーじみたことをするはめになる。
2年生と3年生は階が違うし、3年生の階に用事などない。さすがに、これは、言い訳のしようがないしどうかと思う。思うがしかし、

「斉藤?」
「!!!!」

見つけるとすれば廊下の先だと思っていたのに。まさか背後から声をかけられるとは思わなかった斉藤は大仰に肩を揺らした。

「珍しいな。お前も学校にいたのか」
『図書室に、寄って、』

嘘は言っていない。
桂は教科室にでも行ってきたのか付箋だらけの教科書とノートを抱えて、この猛暑でも暑苦しさなど欠片も見せない涼やかさで微笑ってみせた。

『ずっと勉強してたんですか』
「ああ。だが今日はそろそろ帰ろうかと思っていたところだ。集中力も切れたし」
『じゃ、じゃあ、』

さっき喉から飛び出た心臓がまだばくばく音を立てている。
こんなことならもっと早く学校に来ていれば良かった。家で悶々としていたあの数週間、実に全くもってこの上なく無駄だった。
久しぶりに桂に会えた高揚と、無駄にしてしまった時間を取り返さなければ、という焦りもあったかもしれない。あるいは、他の誰かが、という詮無い妄想を意外と気にしていたのか、

『息抜きに、出かけませんか』

後で思い返せば、どうしてこんなことができたのか。もしかしたら気付かないうちに校舎に漂う夏の香りにあてられていたのかも。
ちょっと驚いた顔をして、「いいな」と笑った桂に、この恋は自分をすっかり変えてしまうと確信した。



変えてしまうのはいいが、この炎天下、誘ったもののノープランで移動手段は自転車のみ、最寄り駅まで日陰のない道約15分、という状況は変わってくれない。
自転車でどこか、という話になったはいいが、どちらが漕ぐかで揉めに揉めた。

「貴様俺が漕げないとでも思っているのか?こう見えて俺は昔からチャリンコ二人乗りの小太郎と」
『そうじゃないですけど・・・私が誘ったので、ここは』

不服そうな桂を説き伏せては後ろに乗せて、本当は自転車の二人乗りなんてしたことのない斉藤は慎重に一歩目を漕ぎだした。桂に漕がせるわけにはいかないと思って思わず漕ぐなんて言ってしまったけれど、自分が転びでもしたら桂にも怪我をさせてしまうかもしれない。ていうか二人で歩けば良かったんじゃないかなんてでももう今更言えないし・・・、斉藤のやけっぱちの一歩は何とか自転車の車輪を回し、よろよろとしながらも焦げ付くアスファルトの中を進んでいった。

「おお、進んでるぞ斉藤!このまま直進して海まで行くか」

もともと海の近い銀魂高校から防波堤までは自転車を飛ばせば10分もない。平日休日を問わず元気いっぱいの学生たちが誰かしらいるものだから、斉藤がわざわざ好んで訪ねることはなかった。桂も子供の頃はいざ知らず、最近はめっきり来ていない。けれどこの炎天下の中、目的地もなく二人で自転車を漕ぐなんて正気の沙汰ではないことをしているのだから、行き付く先は海だろうと思っていた。理由は特にないのだが、理由もなく行きたくなるのが海だ。あとなんか青春っぽい。
後ろに腰掛けて、両足の広げ方でバランスをとってくれる桂のおかげで斉藤が多少ブレても自転車は蝉の大合唱のなかを進んでいく。容赦なく照り付ける日差し。体中の水分が溶け出していやしないかと疑いたくなるほど噴き出す汗。いくら華奢とはいえ健康な男子高校生を乗せてギイギイと軋むタイヤ。重いペダル。上がる息。だがしかし、

「頑張れ斉藤!よし、速いぞ!」

後ろでそんなに嬉しそうな声が聞こえては、恋する男子高生斉藤終、意地を張らないわけにはいかないのだ。よろよろと住宅街を抜けて、潮風がだんだん近づいてくる。最後の難関である坂道で、桂が足でアスファルトを蹴ってくれているのを斉藤は知らぬまま、無邪気な声援を背中で受けて白いシャツを濡らしながら必死にペダルを漕いでいく。数時間前はこんなことになるなんて夢にも思っていなかった。

(こんな、映画みたいな展開、)

熱射照り返すアスファルト。べたべたになったシャツ。通り過ぎて行く女子高生の好奇の視線。
いつもだったら斉藤の嫌いなものばかり揃ってしまったそこに、たった一人桂がいるだけで、観るだけだった青春映画の中に手を引かれていく。

(今絶対汗臭いし桂さんにバレてたらどうしようこんなに息上がって体力ないと思われてたらどうしよう・・・)

熱にのぼせきった頭はもうペダルを漕ぐことだけしか考えられなくなって、右足、左足、重いペダルをぐっと踏んで、

(ていうか桂さんが二人乗りしていた相手って誰!)

潮風と桂の声が流れていくのに煽られるように自転車は進んでいく。もう限界だと思った矢先に桂のひときわ嬉しそうな声がとんで、

「見ろ斉藤!海だ!」

顔を上げたら突然開けた水平線。思わず漕ぐ足が止まったのを見透かしたかのように桂が後ろから降りた。さらりと黒い髪が潮風に靡いて、目がつられた先で青い海が真夏の太陽を浴びて白いきらめきを散らしている。
眼下に広がる砂浜には親子連れが何組か海水浴を楽しんでいた。きゃぁきゃぁと響く笑い声が斉藤の上がる息の隙間から耳に入り込んでくる。どこまでも続く水平線に、白いカモメが輪を描いた。
背中をびっしょり濡らして、はあはあと息をつく斉藤を、桂は楽しそうに見ていた。青い海も、砂浜も、それだけじゃどうしようもない。けれどここにこんなに頑張ってペダルを漕いでくれた後輩がいれば、途端に目の前の景色は記憶の中に焼き付けられる。うだるような熱気と、肩で息をつく彼の呼吸音まで。

「お疲れさん。よく漕いだな」

自販機で冷たい水を買って桂が戻ってみれば、斉藤は荒い呼吸のままぼんやりと青い地平線を眺めている。熱が篭ってしまうだろう斉藤の頭を、潮騒が南風に乗って僅かにかきあげた。

「ん、斉藤、」

汗で髪が張り付いてしまうな、と桂は思って、その白い腕を髪に、

ぱしっ、

「・・・え、」
「!」

額に伸びた桂の手を、斉藤が弾いた。
一呼吸ぶん、止まる空気。珍しく呆けたような桂の表情を見て斉藤ははっと我にかえり、次に慌てた。

『汗、かいてる、から』
「・・・あ、ああ、何だ気にするな。ほら水」
『有難うございます』

桂は一瞬だけ戸惑ったような表情をしたが、すぐにそれをかき消してしまった。それきり何も触れずに、また海の眩しさに目を細める。

「綺麗だな」
『・・・はい』
「帰りは俺が漕ごうか」
『大丈夫です』
「強情な奴め」

しばらく二人して海を眺めていた。
焦げだした夏に戸惑う心を、潮騒に紛らわしてしまうようにして。





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